A がん薬物療法の目的
B がん薬物療法の役割
1.術前化学療法
2.術後化学療法
3.化学放射線療法
4.延命、症状緩和
C がん薬物療法の原則
D 化学療法の理論的背景
1.細胞増殖モデル
2.薬物療法理論
E 分子標的治療の理論
1.抗体医薬
2.シグナル伝達阻害薬
3.プロテアソーム阻害薬
文献


どのような薬物療法を行うかは、そのがん種、がんの進行状態、患者の状態、治療目的などを総合して判断される。そのうえで、腫瘍内科医は治療により期待しうる効果とそれに伴うリスク、毒性を明確に患者に伝えたうえで治療を行う。治療目的が治癒、延命、症状緩和なのかによって患者の治療に対する取り組み、姿勢、生き方が変わってくるため、正確な判断が求められる。

がん薬物療法を行うにあたり、その治療目的を明確にする必要がある。

治せる可能性のあるがんであれば治癒を目的として治療を行う。治せないがんであれば、がんとの共存(延命)を目指し、また、がんに伴う痛みや呼吸苦といった症状を緩和しQOLを改善する治療を行う。

がん種により薬物療法の有効性が異なる(表1)。

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A群に示すがんであれば、抗がん剤単独で治癒が期待できるため、がん薬物療法が絶対適応となる。その際、比較的高度な副作用が出現しても許容されることが多い。

B群に示すがんであれば、抗がん剤単独で治癒することは難しいが、延命が十分に期待できる。この群のがんにおいては、再発予防目的の術後化学療法や、放射線療法や手術との集学的治療が行われることが多い。

C群に示すがんにおいては、抗がん剤単独で治癒は得られない。延命効果は得られるがB群ほどは期待できない。特に再発がんとなった際には、抗がん剤治療のみでなく症状緩和、QOL改善も重要な治療目標となる。

D群であれば、抗がん剤の有効性は低く、延命効果も不十分であるため、積極的に抗がん剤をすすめない、もしくは臨床試験において化学療法を行う。

1.術前化学療法

手術不能な局所進行がんに対しダウンステージングを行うことで切除可能にする、もしくは切除可能ではあるが腫瘍径の大きながんに対し縮小手術を行うことで機能温存をはかるために行う。さらに、美容性の確保(特に乳がんにおける乳房温存術)、腫瘍に対する薬物療法の感受性評価、初期の微小浸潤を根絶する目的もある。

術前化学療法の有効性が示されているがん種は、咽頭がん、食道がん、乳がん、胚細胞腫瘍、卵巣がん、骨肉腫、頭頸部がん、膀胱がん、肛門がんである。

2.術後化学療法

手術後に微小転移を根絶し、治癒率向上、再発の予防を目的とする。対象となるのは化学療法が有効であり再発のリスクの高いがんである。術後なるべく早期に開始し、一定期間化学療法を行う。

術後化学療法の有効性が示されているのは、乳がん、食道がん、胃がん、大腸がん、子宮体がん、卵巣がん、非小細胞肺がん、膵がんである。

3.化学放射線療法

おもに局所進行期のがんに用いられる。放射線による局所制御効果と抗がん剤による全身への微小遠隔転移根絶効果がある。さらに、抗がん剤のなかには放射線の感受性を高める作用を有するものもある。また、化学放射線療法は手術に比べ臓器や組織の形態や機能を温存することができる。

化学放射線療法の有効性が示されているのは、食道がん、非ホジキンリンパ腫、小細胞肺がん、子宮頸がん、頭頸部がん、肛門管がんである。

4.延命、症状緩和

多くの進行固形がんにおいて、抗がん剤のみで治癒を目指すことは困難である。その際の治療の目標は、延命、症状緩和である。

がん薬物療法を行ううえで、以下の原則を守る。
・そのがんに対する標準治療またはそれに準ずる治療として確立した治療を行う。
・performance status(PS)、栄養状態が良好な患者に行う。
・適切な臓器機能(骨髄、腎、肝、心肺機能など)を有している。
・インフォームドコンセントが得られている。
・定められた投与量、投与間隔をできる限り守り、有害事象に応じて適宜投与量や間隔を調整する。

全身状態の評価として、Eastern Cooperative Oncology Group(ECOG)のPS評価(表2)が広く用いられている。化学療法を行うことのできる適応はPS 0-2である。

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抗がん剤の投与量設定は、副作用が許容範囲内でかつより高い抗腫瘍効果を示す量が理想的である。しかしながら、一般薬に比べ抗がん剤は治療域と副作用域が近接しているために、高い投与量では副作用の発現頻度が高くなり、時に致命的となる(図1)。したがって、投与量を厳重に確認することが重要である。

1.細胞増殖モデル

腫瘍細胞増殖・治療モデルとして、1970年代にSkipper modelが提唱された[2]。腫瘍細胞は、すべての細胞が一定速度で分裂している場合、腫瘍の容積は指数関数的に増加し、ある限界に達した段階で生物は死亡するとした(図2)。抗がん剤が腫瘍細胞を死滅させる時、腫瘍細胞は一定の割合で死んでいき、それはlogarithm(log)で示される。すなわち、存在するがん細胞の数にかかわらず対数的に一定の割合が死滅する(図3)というものである(log kill hypothesis)。たとえば、90%の腫瘍細胞が死滅する場合1 log(10-1)の減少といい、99%の腫瘍細胞が死滅する場合2 log(10-2)の減少と表現する。1回の治療でこれらの割合で死滅するなら、治療回数が多いほど、または治療前の腫瘍細胞が少ないほど根絶の可能性が高いと想定される。この理論は術後化学療法や大量化学療法の理論的根拠となっているが、実際は腫瘍細胞によって薬剤感受性が異なるため、増殖パターンはより複雑である。そこで、Gompertzian growth pattern modelが提唱された[3]。それは、実際の腫瘍の多くは、その中に分裂増殖している細胞と分裂していない細胞が混在し、または増殖に伴い血流の乏しい部分は壊死に陥るなどして、腫瘍が増大するにつれて次第に増殖のスピードが落ちるS字形の増殖パターンを示すというものである(図4)。

2.薬物療法理論

1)Norton-Simon理論

NortonとSimonはこのGompertzian modelから、「小さな腫瘍は栄養分や酸素が十分に供給されるため、増殖している細胞数が多く、大きくなるにつれてこれらの供給が十分でなくなるので増殖する細胞は少なくなる。そして増殖のスピードの速い細胞ほど抗がん剤の感受性が高く死滅するスピードも速い。ゆえに、Gompertzian growth patternでは腫瘍が小さいほど死滅させやすい」という考えを示した。この理論から、抗がん剤の投与間隔を詰めて(density)治療することにより、サイクル間に再増悪する細胞数をより効果的に減少させることができると考えられた[4](図5)。これがdose-dense chemotherapyの理論である。このdose-dense chemotherapyの理論は、乳がん、卵巣がんにおいて有効性が示されている。

また、ヘテロながん細胞集団を根絶する際には、縮小しやすい増殖速度の速い細胞集団のみでなく、緩徐に増殖するがん細胞集団も根絶する必要がある。そこで、まずある薬剤で増殖速度の速いがん細胞を根絶し、次に薬剤を遂次的に変更し、緩徐に増殖するがん細胞を根絶するという、sequential chemotherapy(逐次化学療法)の理論が作られた(図6)。

2)Goldie-Coldman理論

これは、がん細胞は時間の経過とともに自然に薬剤耐性を獲得し増殖するという仮説である(図7)。

この仮説から、交叉耐性のない有効な薬剤をできるだけ多く同時に使えば、薬剤耐性を引き起こす前に治癒できる、とする多剤併用療法の理論が組み立てられた(図8)。この理論は悪性リンパ腫などのがんで実用されているが、実際には多剤を同時に投与することによる毒性が強く、一般化されていない。

感受性のある薬剤を数多く同時期に投与することが困難である場合、薬剤を二分し交互に投与することにより治療効果を期待するalternating chemotherapyが組み立てられた(図9)。Ewing肉腫におけるVDC/IE療法、Burkittリンパ腫に用いられるCODOX-M/IVAC療法、絨毛がんに用いられるEMA/CO療法などが実用化されている。その他のがん種ではホジキンリンパ腫、乳がん、小細胞肺がんなどで試みられたが、効果を挙げているものはない。乳がんにおいてドセタキセルとCMF療法(シクロホスファミド+メトトレキサート+フルオロウラシル)のalternating chemotherapyとsequential chemotherapyの第III相臨床比較試験が行われ、sequential chemotherapyのほうが生存率が上回っていた[5]。

分子標的治療薬は、腫瘍細胞内の様々な分子に特異的に作用することにより抗がん作用を発揮する薬剤である(図10)[6]。分子生物学的研究の進歩により、がんに特異的に発現する標的が明らかになりつつあり、現在多くの分子標的治療薬が開発されつつある。

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当初、分子標的治療薬は従来の抗がん剤と異なり、がん細胞の増殖を抑制するのみで副作用も少ないと考えられた。しかし、実際には肺毒性、消化器毒性、肝毒性、皮膚毒性などの臓器障害が出現している。分子標的治療薬が必ずしも腫瘍細胞のみに特異的ではなく、正常細胞にも存在していることによるものと考えられる。

おもな分子標的薬を以下に示す。

1.抗体医薬

がん細胞表面に発現されている遺伝子産物に結合し、作用を発揮する。代表的なものに、リツキシマブ(標的:CD20)、ベバシズマブ(VEGF)、トラスツズマブ(HER2)、セツキシマブ(EGFR)、パニツムマブ(EGFR)などがある。また、抗体医薬に放射性同位元素や毒物を結合させたものもあり、それを免疫複合体(immunoconjugate)という。急性骨髄性白血病に用いられるCD33抗体であるゲムツズマブなどが該当する。

2.シグナル伝達阻害薬

がん細胞表面に存在する受容体から、PI3k/Akt/mTOR経路、Ras/BRAF/MEK経路など、様々なシグナル伝達系が作用し、がんの増殖に寄与している。そのようながん細胞の特定の分子の活性部位に結合し阻害することにより、細胞増殖を抑制する。代表的なものに、ゲフィチニブ(標的:EGFR)、エルロチニブ(EGFR)、ラパチニブ(HER2)、イマチニブ(bcr-abl)などがある。

3.プロテアソーム阻害薬

細胞内での蛋白分解を行うプロテアソームを阻害することにより、不要な蛋白が増加し作用を発揮する。代表的なものに、多発性骨髄腫に用いられるボルテゾミブがある。

1. 国立がん研究センター内科レジデント編. がん診療レジデントマニュアル 第5版. 医学書院. 2010 p21.

2. Matsumoto K, et al. The safety and efficacy of the weekly dosing of irinotecan for platinum- and taxanes-resistant epithelial ovarian cancer. Gynecol Oncol 2006; 100(2): 412-6. [PubMed]

3. Pfisterer J, et al. Gemcitabine plus carboplatin compared with carboplatin in patients with platinum-sensitive recurrent ovarian cancer: an intergroup trial of the AGO-OVAR, the NCIC CTG, and the EORTC GCG. J Clin Oncol 2006; 24(29): 4699-707. [PubMed]

4. Young RC, et al. Adjuvant therapy in stage I and stage II epithelial ovarian cancer. Results of two prospective randomized trials. N Engl J Med 1990; 322(15): 1021-7. [PubMed]

5. Bonadonna G, et al. Sequential or alternating doxorubicin and CMF regimens in breast cancer with more than three positive nodes. Ten-year results. JAMA 1995; 273(7): 542-7. [PubMed]

6. Taylor BS, et al. Advances in sarcoma genomics and new therapeutic targets. Nat Rev Cancer 2011; 11(8): 541-57. [PubMed]