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2008/5/27

先輩患者からのアドバイス 「あなたは一人ではないよ」

 
 そら豆の会、三川一夫さん  
 
 2002年に早期の腎細胞がんと診断される。病院を選択する余裕もなく、手術を受け、左側の腎臓を全摘。当時、腎がんの治療とケアに関する情報がほとんど入手できなかった体験から掲示板を開設。日本で唯一の腎がん掲示板として多くの患者が活用する。2007年には<そら豆の会>という交流会に発展。

 人間ドックの精密検査を受けたら、いきなり告知。「これは腫瘍です。腎臓の場合はほとんど悪性ですから、すぐに切りましょう」という話になりました。病院を選択する余裕なんてありません。本やインターネットで腎がんについて調べましたが、学術論文のような情報しかない。

 後で知ったのですが、腎がんは生検(がんと疑われる組織を採取し、顕微鏡でがん細胞を直接調べる検査)ができないので、手術してみなければ悪性かどうかわからない。従って第一選択は手術が原則――。当時は、こんな情報すら手に入らず、医師にいわれるまま治療を受けるしかなかったのです。

 私のがんは、幸いにも腎細胞がんの初期(pT1a期)で、一番たちのよいものでした。ただ、当初は腹腔鏡下手術による部分切除という計画でしたが、がんが切除しにくい場所にあったため、術中に開腹手術に切り替わり、左側の腎臓を全摘しました。

 術後の補助療法としては、インターフェロンやインターロイキン2を注射する免疫療法がありますが、医師からそれほど効果がないといわれたので、副作用のことも考えて受けるのはやめました。

 腎がんの場合、発病から10〜20年経っても再発する可能性があるため、定期検診が欠かせません。私も発病から5年間は3か月に1回検診に通い、現在も半年に1回の割合で受診しています。

告知後の気持ちを落ち着かせてくれる先輩患者の体験
 私の家系は、いわゆる“がん家系”で、がんで亡くなった身内もいましたから、「もし、自分ががんになったら」ということは考えていました。ある意味、覚悟のようなものもあったわけですが、それでも告知を受けたときは不安で、どのように解決していけばいいのかわかりませんでした。

 この先、自分がどうなるのかわからないということが一番不安だったのです。

 本やインターネットでいろいろ調べましたが、どこを探しても自分のほしい情報は見つからない。たとえば、片方の腎臓がなくなることに対して、患者さんは誰もが不安に思っています。しかし、実際に生活してみると、水分をこまめに十分に摂るといったことに気をつけていれば、食事制限もありませんし、特に心配するようなことは起こりません。私の場合も、そういったことが事前にわかっていれば、ずいぶん告知後の気持ちが落ち着いたのではないかと思います。

 それで、闘病記を書こうと思いました。情報がないのなら、自分で発信しようと――。私のように困っている患者さんはきっといるはずだから、私一人の経験でも役に立つはずだと考えたのです。ホームページ「闘病の森」を立ち上げ、そこに闘病記を書き始めると、さらに積極的に活動したいと思うようになり、2002年12月末に「腎細胞がんの掲示板」を作りました。すぐに大きな反響があり、全国のいろいろな人が自分の体験を書き込んでくれるようになりました。

 たとえば、手術に関する書き込みも「術後3日間はつらいけれど、4日目から楽になる」、「手術の傷跡がこすれて痛いときは、腹巻をするとよい」など、患者ならではの情報がたくさん集まってきました。掲示板を始めて6年になりますが、今でも200人くらいの腎がんの患者さんやその家族が書き込みを続けてくれています。私たちはがんになっても、社会生活を営んでいかなければなりません。この掲示板には、病気とうまく折り合いをつけるための患者の知恵と経験が蓄積されていると思います。

納得できる治療を選択するために腎がんをよく知る
 やがて、掲示板で知り合った患者さんたちがわざわざ私の自宅まで訪ねて来てくれるようになり、その人たちから「交流会を持とう」という要望が出てきました。腎がんは患者数が多いがんではないため、私たち患者は孤独になりがちです。経験者がいる、仲間がいるということがわかるだけでも精神的な支えや闘病の大きな力になります。

そら豆の会の交流会風景(三川氏提供)
そら豆の会の交流会風景(三川氏提供)

 名古屋在住の“メダカさん”というハンドルネームの男性は、腎がんが転移している患者さんですが、生きることにとても前向きな人です。大変な状況におかれている彼は、常に治療の選択を迫られていました。そうした経験から「自分の病気をよく知っておかなければ、納得のいく治療選択はできない。いつどうなるかわからないからこそ、元気なうちに勉強しておこう」と、掲示板の仲間に呼びかけてくれたのです。

 こうして2007年10月に発足したのが<そら豆の会>という腎がん患者の交流会です。3時間の会合のうち、1時間半はメダカさんが講師になり、病態や最新の治療法について患者同士で学び合います。残りの1時間半は交流会で、お互いの悩みを打ち明けたり、闘病生活の情報交換などを行ったりしています。

 現在、「そら豆の会」は、東京、名古屋、大阪の幹事が持ち回りで2か月に1回開催しています。毎回、15〜25人の患者さんやその家族が集まり、年齢層も20〜70代と幅広いのが特徴です。ホームページや掲示板だけではインターネットにアクセスできない患者さんに情報を届けられないため、いずれ「そら豆の会」を患者会として発展させていきたいと考えているところです。

署名活動に参加することも患者さんへの情報提供に
 2006年12月には、私たちの掲示板にGIST( gastrointestinal stromal tumor:消化管間質腫瘍)患者さんからの呼びかけがあり、仲間とともに分子標的薬「スーテント」の早期承認を求める署名活動も行いました。

 署名活動に参加した理由は2つあります。腎がんは、抗がん剤の治療効果がほとんど期待できないため、手術以外の治療法としては免疫療法しかなかったからです。分子標的薬がすでに欧米で使われているのなら、日本でも早く承認されるべきだと思いました。また、私たちが署名活動を行うことによって、腎がんの患者さんに新しい選択肢があることを知ってもらいたいという気持ちも強かったですね。とにかく闘病を助ける情報なら何でも患者さんのもとに届けたかった――。

 おかげさまで分子標的薬「スーテント」は、今年4月に製造販売承認が許可されました。申請からわずか1年半弱での早期承認でした。

生きることに前向きになるには患者視点の情報が大切
 みなさんも同じだと思いますが、私はがんになったことで自分の人生をしっかり見つめられるようになりました。元気なときには意識しなかった「死」に対しても、身近に感じるようになり、同時に「かぎりのある命ならば、充実した生活を送りたい」と願う気持ちがどんどん強くなっていきました。

 そして、自分が生きている間に何ができるのだろうということを真剣に考えた結果、教員をしていた私は56歳で早期退職を決意し、不登校の子どもためのフリースペース主宰者という道を選びました。腎がんの発病が転機となり、その後の人生も大きく変わったわけですが、今では家族も「顔色がよくなったし、気持ちも明るくなれて本当によかったね」と喜んでくれています。そして、家族の絆が強くなりました。

 こんなふうに患者が生きることに対して前向きな気持ちになれるためには、やはり情報が大切です。それも患者を励ましてくれるのは生活に密着した情報だと思います。がんに関するさまざまな情報が入手できるようになりましたが、"患者視点の情報"はまだまだ十分ではないと感じています。

 何でもいいから情報がほしい――。これが患者さんや家族の偽らざる気持ちでしょう。これからも掲示板や交流会を通して、患者さんが安心して暮らせるための情報提供に努めていきたいと思っています。そして、腎がんの患者さんや家族には「あなたは一人ではないよ」というメッセージを送りたい。困ったり悩んだりしていることがあれば、ぜひ一度、<そら豆の会>のホームページを覗いてみてください。

(まとめ:渡辺 千鶴)

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