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今話題の新しいがん免疫療法ってどんなもの?

2016/3/25

第6回

がん免疫療法には治療を一変させる力がある

慶應義塾大学医学部先端医科学研究所長の河上裕氏に聞く

小崎丈太郎=日経メディカルCancer Review編集長

 これまで、がんの免疫療法の多くは期待された治療効果を見ることなく、消えていくケースが多かった。しかし、免疫チェックポイント阻害薬が登場し、がん免疫療法を取り巻く状況は一変した。がん免疫療法の最新動向を、長年この分野の研究に携わってきた慶應義塾大学医学部先端医科学研究所長の河上裕氏に聞いた。


──これからがん治療はどうなっていくでしょうか。

(写真:清水 真帆呂)

河上 現在、がん治療薬として、数多くの分子標的治療薬が登場しています。分子標的治療薬は標的となる遺伝子変異を持つ患者さんには非常によく効きます。しかし、課題として、残念ながら、治療を開始してから1〜2年で抵抗性が出てしまう場合が多いことです。

 一方で免疫チェックポイント阻害薬は、効く人には持続的に効くのですが、効果が認められるまでに少し時間が掛かります。そこで、がん細胞が多く進行が速い症例では、初期の治療効果が高い分子標的治療薬との併用が期待されます。Science誌は2015年に注目すべき研究として、「異なる治療を併用する複合がん免疫療法」を挙げています(図1)。

図1(画像をクリックすると拡大します)

──化学療法剤や分子標的治療薬と免疫チェックポイント阻害薬を併用するということですね。

河上 どのような症例に、どのような組み合わせがよいか、今後もっと研究する必要があります。複合免疫療法では、がん細胞を体の中でうまく破壊して抗腫瘍免疫を作動させる薬剤、がんワクチン、抗原提示樹状細胞やT細胞の機能を増強させる薬剤、免疫抑制を解除させる薬剤などを個々のがんに応じた適切な組み合わせで併用することが重要と考えられます。またPD-1/PD-L1経路は腫瘍組織でT細胞ががん細胞を排除する過程の最終段階で抑制的に働いているので、以前はがんワクチンを中心に検討されていた複合免疫療法も、最近ではPD-1/PD-L1阻害と併用する複合免疫療法が多数検討され始めています(図2)。

図2(画像をクリックすると拡大します)

河上 PD-1/PD-L1阻害は、治療前に抗腫瘍CD8+T細胞が腫瘍に浸潤していないと効きません。腫瘍浸潤T細胞(TIL)には個人差が大きく、私たちはその原因を研究していますが、それが分かるとTILがないために抗PD-1抗体が効かない症例を効く状態に変えることができるかもしれません。最近、抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体の併用では、悪性黒色腫のフロントライン治療で奏効率61%、完全寛解22%という強力な治療効果が報告されています。T細胞活性化のネガティブフィードバック機構の遮断作用と免疫抑制性の制御性T細胞(Treg)を除去する作用を持つ抗CTLA-4抗体は、抗腫瘍T細胞誘導を促進して、TILが少ない症例でも抗PD-1抗体が効くように変えた可能性があります。

編集部注

腫瘍浸潤T細胞(TIL)
 がん組織にはがん細胞を殺傷しようとT細胞ががん組織に存在する(浸潤していると言う)ことがある。これを腫瘍浸潤T細胞と言う。ただし、腫瘍浸潤T細胞が機能しないようにがん細胞が免疫チェックポイント分子を悪用している場合がある。免疫チェックポイント阻害薬はこの悪用を防ぎ、T細胞の攻撃性を回復させる。

制御性T細胞(Treg)
 リンパ球の中にはがん細胞を排除する作用を持つT細胞のほかに、体内の免疫系が異常に活性化することを防ぐ作用を持つT細胞も存在する。これを制御性T細胞と呼ぶ。攻撃性を持つT細胞と元々の由来は同じだが、異なった刺激を受けて免疫を抑制する作用を獲得する。

河上 悪性黒色腫では米国シカゴ大学のグループが、βカテニン経路の活性化が、TILが少ない原因となることを報告しています。私たちもβカテニン経路が抗腫瘍T細胞誘導の抑制に関わること、βカテニン阻害剤の併用が有用である可能性を2012年に報告しており、今後の臨床試験が期待されます。悪性黒色腫では、私たちは2006年に報告していますが、BRAF阻害薬も複数の機序で抗腫瘍T細胞を増強する可能性があり、併用薬として期待しています。

 また、化学療法剤では、シクロホスファミドやゲムシタビンが免疫抑制作用を持つTregや骨髄由来抑制細胞(MDSC)を減らす可能性があります。膵がんには抗PD-1抗体は効きませんが、がんワクチンやシクロホスファミドの併用でTILを増やすことができ、PD-1/PD-L1阻害が効くようになる可能性が報告され、現在、米国で併用の臨床試験が進行中です。また多発性骨髄腫も抗PD-1抗体が効きませんが、最近、NY-ESO-1抗原特異的T細胞を用いた養子免疫療法が効く可能性が報告されています。

変異が多いがんには効きやすい

──最近になって、がん細胞のDNA突然変異が多いがんほど免疫チェックポイント阻害薬が効くとの報告があります。

河上 今まで、抗PD-1抗体治療のバイオマーカーとして、がん細胞や腫瘍浸潤免疫細胞でのPD-L1の発現、CD8+T細胞腫瘍浸潤度などが報告されていますが、悪性黒色腫の抗CTLA-4抗体治療や肺がんの抗PD-1抗体治療では、治療前のがん細胞のDNA突然変異が多いほど、さらにそこから予測される突然変異由来T細胞エピトープ(抗体認識部位)の存在が、治療後の良好な予後と強い相関を示すことが報告されています。

編集部注

突然変異由来T細胞エピトープ
 遺伝子変異が起こったことでがん細胞には正常な細胞で発現している蛋白質とは少し異なる蛋白質が発現していることがある。あるいは、正常な細胞では発現していない蛋白質が発現するようになる。これらの正常な細胞にはない蛋白質のうち、T細胞ががん細胞を認識するための目印になるもの。

河上 面白いことに、変異抗原は全て患者により異なり、共通抗原ではないこと、また良いT細胞エピトープになるのは癌の発症・進展に直接的な役割を果たすドライバー変異ではなくパッセンジャー変異由来であることが示唆されていますが、それには理由があると思います。DNAミスマッチ修復(MMR)機構が機能していない大腸癌ではDNA突然変異が多い。私たちは変異抗原に対する免疫反応が起こること、そのため免疫療法が効きやすい可能性を2003年に報告していましたが、抗PD-1抗体投与の奏効率が61%。対照的にMMR正常大腸癌では奏効率がゼロと、やはりDNA突然変異数、その原因となるMMR異常が抗PD-1抗体の治療効果予測因子になることも、今年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で報告されました。

──がんは進行するにつれて遺伝子変異の多様性が増加するといわれています。がん治療にとって、大変魅力的な知見ですね。

河上 確かにそうなのですが、DNA変異が多ければよいとは思いません。DNA変異由来の抗原に対するT細胞が誘導されて、またそのT細胞が癌細胞を排除するためには、やはり多くのがん細胞に同じ変異がある必要がある、すなわちがん形成過程の初期に生じた変異であることが重要ではないかと、私は考えています。単純に化学療法剤で突然変異数を増やせば効くようになるとは思いません。

──T細胞誘導を十分に起こす変異でないとバイオマーカーにはならないということですね。

河上 最近、究極の個別化癌免疫療法として、がん細胞の全エクソンシーケンスで得た突然変異情報やそこから得られるT細胞エピトープを利用して、患者ごとに異なる、免疫を誘導できる変異抗原を同定して、それをワクチンとして用いたり、それを認識するT細胞を体外で増やして養子免疫療法に利用することが、ドイツや米国で開始されています。胆道がんなど、一部で効果が見られたとの症例報告もあります。

──がん免疫療法もビッグデータとパーソナルメディシンの時代を迎えたということですね。

河上 米国ではオバマ大統領が個々人の違いを考慮して予防や治療を行うprecision medicineを進めていますが、米国立癌研究所(NCI)だけでなく、最近ではインターネットのGoogle社もがん患者のネットワーク構築とビッグデータ解析により、がん免疫療法の発展に貢献できないかとの会議を開催しています。がん免疫療法は、がん研究やがん治療の在り方を根本的に変える口火を切ったといえます。

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