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がん診療の現場から

2018/7/10

「ブラックペアン」論争に思うこと

虎の門病院臨床腫瘍科 部長 高野利実

 「ブラックペアン」(TBS)は、とても見応えのある、面白いドラマでした。二宮和也さんはじめ、個性的な役者さんたちが、心臓外科を舞台に、ドラマチックな医療と、ドロドロした人間模様を展開し、ドラマとしての完成度も高く、家族みんなで楽しめました。

 医療を受けるのも行うのも「人間」であり、一人ひとりの価値観(と欲望)があり、命(とお金と地位)をめぐって、それらが激しく交錯するのが医療(と医学界)なのだということを、改めて感じました。「人間の人間による人間のための医療(Human-Based Medicine;HBM)」の複雑さがよく描かれていたともいえます。

 ただ、このドラマをめぐっては、医療現場からは、多くの不満の声が上がりました。「こんなことは実際の医療現場ではありえない!」というのです。確かに、見ていて、「これはないよな」と思う場面は、たくさんありました。家族に、「本当はこうなんだよ」と解説せずにはいられないこともありました。

 特に、実際とかけはなれていたのは、「治験」と「治験コーディネーター」です。治験というのは、まだ承認されていない新しい薬や、新しい医療機器の安全性と有効性を確かめるために、患者さんの理解と協力を得て行う臨床試験のことです。その結果に基づいて、薬や医療機器が承認されるかどうかが厳しく審査されるため、治験は、厳密なルールのもと、高い倫理性と正確性を追求しながら行われなければなりません。

 そして、治験を適切に実施するために欠かせない存在が「治験コーディネーター」です。治験に関する情報を患者さんに正確に説明し、不安を感じる患者さんに寄り添ってサポートし、治験実施計画書に沿って治験が実施されるように細かい調整を行い、病院内外の関係者と密接に連携して、治験が適切に行われるようにコーディネートしていきます。当院や当科にも多数の治験コーディネーター(または臨床研究コーディネーター)が所属していますが、数多くの治験に参加し、将来の患者さんのために役立つデータを出していくために、日々尽力しています。新薬・新治療開発のためになくてはならない存在です。

 ドラマ「ブラックペアン」では、加藤綾子さんが「治験コーディネーター」役で華麗に登場し、患者さんに医療機器の治験に参加してもらうために、「負担軽減費」と称して、300万円の小切手を手渡したり、医師を接待して協力を求めたり、治験に協力した医師に多額の現金を手渡したりしました。これらは、ドラマ的には面白い演出ですが、現実としては、「ありえない」話です。この場面が放映された直後、多くの医療従事者が不満の声を上げたわけです。そして、治験コーディネーターの認定も行っている日本臨床薬理学会は、TBS社長あてに、「あまりにも現実と乖離した描写を避けて頂くよう希望する」と、公式の抗議文を出しました。

 声を上げた医療従事者の気持ちはよく理解できますし、専門家が、一般の方にわかりやすく解説するのはとても素晴らしいことですが、公的な学会が、ドラマの内容に対して公式に抗議するというのは、少しやりすぎかな、という気もしました。

 ドラマは、あくまでもフィクションです。フィクションであるという断り書きも明示され、視聴者は、フィクションと認識してドラマを楽しんでいます。現実と乖離した描写がダメだとすると、「気づいたら男女の体が入れ替わっていたという話」や、「机の引き出しがタイムマシンになっているような話」など、多くの名作はダメ出しされることになってしまいますが、そもそも、ドラマというのは、真実を正確に伝えるためのものではありませんので、「現実と乖離している」という点で批判するのは、あまり適切ではありません。

 学園ドラマを教師が見たり、法廷ドラマを弁護士が見たり、刑事ドラマを警察官が見たりしたら、「これは違う」と思う場面はたくさんあるでしょう。専門外のわれわれが納得してしまっている場面でも、実際とかけ離れていることはたくさんあるでしょう。フィクションなのだから、そんなものです。ドラマにリアリティーを求めるよりも、純粋にフィクションの世界を楽しめばいいのではないかと思います。「ブラックペアン」の原作者は、医師の海堂尊さんですが、問題となっている場面の多くは、脚色・演出によって加えられたようです。専門家が原作を書いていても、「正しさ」より「面白さ」が追求され、脚色・演出されるということです。

 現実と乖離した描写がなされてしまうことよりも、その描写を真実だと誤解してしまう視聴者が多いということが問題なのかもしれません。テレビなどのメディアにもっと正しく情報を伝えてほしいという願いは、私も持っていますが、メディアにそれを求めるのは難しいのではないかとも思っています。フィクションであることが前提のドラマはもとより、事実を伝えるべき報道番組でも、「真実を正しく伝える」ことが最重視されているわけではないからです。多くのメディアが重視しているのは、「わかりやすく」「センセーショナルに」「白黒はっきり切り分ける」ということです。刺激的で面白い内容の方が、視聴率が上がり、書籍もよく売れます。

 世の中の情報は、「真実を正しく伝える」という価値観で流されているわけではないということを理解した上で、情報の受け手であるわれわれは、情報の波にうまく乗る必要があります。メディアに真実を求めるよりは、国民一人ひとりが、玉石混淆の情報から、正しい情報を見極める力を身につけ、自分自身で考えていく方が、真実への近道である気がします。

 その際に、国民の道案内役になるべき存在が、専門家です。医療に関しては、医療従事者がその役割を担います。もちろん、専門家だって玉石混淆ですので、注意は必要ですが、かかりつけの医師などの身近な医療従事者と意見交換してみたり、学会のホームページの情報やガイドラインを見てみたりすることで、情報の信頼度がある程度見えてくるように思います。

 そういう意味で、今回の「ブラックペアン」をめぐって、医療従事者や学会が声を上げたこと自体は素晴らしいことでした。ただ、メディア批判が前面に出てしまうと、なかなか国民の共感は得られない(専門家は悪玉としてやり玉に挙げられることが多い)という現実もあるので、もう少し生産的な議論になるような工夫が必要だったように思います。

 事実とかけ離れていたとはいえ、世の中ではあまり知られていなかった「治験コーディネーター」という存在が脚光を浴びたのは、歓迎すべきことです。批判的なコメントでネガティブなイメージだけ残してしまうのではなく、このチャンスをうまく活かして、治験や治験コーディネーターについて正しく知ってもらい、日本における新しい医療の開発が適切に進められるような方向性を探るべきでしょう。

 このドラマの反響は、診察室でも感じられました。特に、治験に参加している患者さんは、鋭く反応しました。

 「『ブラックペアン』見ましたよ。私のもらっている『負担軽減費』って、ゼロの数が3つくらい少ないんですけど・・・」

 治験についてよく理解してくれている患者さんの冗談めかした発言でしたが、この患者さんとも、治験について、日本の現状について、メディアのあり方について、いつも以上に深く議論することができました。「ブラックペアン」のおかげです。患者さんに新たに治験の説明をするときにも、「ブラックペアン」を引き合いに出して、「あのドラマ、実際の治験ではありえないんですけどね。本当の治験では・・・」とお話しすると、理解度が増すように思いました。

 というわけで、このドラマを作ってくれたTBSには感謝しております。続編も期待していますが、私から公式にご要望したいことが一つあります。

腫瘍内科医のドラマを作ってほしい!

 腫瘍内科医は、心臓外科医に比べると地味な医者で、あまりキャラが立たないかもしれませんが、診察室や病棟で、がんと向き合う患者さんたちとともに繰り広げられるやりとりは、十分にドラマチックです。がんという病気のイメージが過剰になる中で、自分らしく生きているがんの患者さんの日々を描くこと自体にも意味があると思っています。ここ10年くらい、このアイディアをあちこちで持ち掛け、拙著「がんとともに、自分らしく生きる」は、ドラマの原作になることも意識して書いたのですが、なかなか実現には至りません。現実離れしたくらい演出・脚色して構いませんので、関係者の方、よろしくお願いいたします!


高野 利実(たかの としみ)氏
虎の門病院臨床腫瘍科 部長

1998年東京大学医学部卒。国立がんセンター中央病院等で研修後、2005年に東京共済病院腫瘍内科を開設。2008年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。2010年には虎の門病院臨床腫瘍科部長として赴任し、3カ所目の「腫瘍内科」を立ち上げた。
「HBM(人間の人間による人間のための医療)」を掲げ、悪性腫瘍一般の薬物療法と緩和ケアに取り組んでいる。日本における腫瘍内科の普及と発展を目指すとともに、西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員会委員長として、全国規模の臨床試験に取り組んでいる。
著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(2016年、きずな出版)がある。

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