このページの本文へ

がんナビ

がんナビについて

がん患者さんとその家族のために、がんの治療や患者さんの日々の生活をナビゲートします。

がん種から情報を探す

  • 乳がん
  • 肝がん
  • 大腸がん
  • 腎がん
  • 胃がん
  • 肺がん
  • 食道がん
  • 前立腺がん
  • 子宮頸がん
  • 膵がん
  • 卵巣がん
  • その他のがん

Report レポート

レポート一覧へ

新着一覧へ

がん患者のための臨床試験の話

2017/8/28

がん患者のための臨床試験の話 Vol.5

臨床試験・治験は誰のためのものなのか? 患者の語りから考える

福島安紀=医療ライター

 がんや認知症の患者の体験談の動画や音声をインターネットで配信している、認定NPO法人健康と病いの語りディペックス・ジャパンが、7月15日、東京大学構内で公開シンポジウム「臨床試験・治験は誰のためのものなのか? 患者の語りから考える」を開いた。データのねつ造など不正な臨床試験の発覚が相次ぐ中で、どうしたら被験者を守りながら未来の患者を救うことができるのか、患者・市民の代表、生命倫理の専門家、医師、研究者、医療ジャーナリストが議論した。


被験者経験者など40人の声を集めた「臨床試験・治験の語り」データベース
 公開シンポジウムでは最初に、ディペックス・ジャパンが「健康と病いの語りデータベース」の中で、「臨床試験・治験の語り」として配信している語りの一部が、トリガー(引き金、きっかけ)フィルムとして上映された。

 ディペックス・ジャパンは、病気や医療に関わる当事者の経験を広く社会で共有し、「患者主体の医療」確立のために活用することを目指して設立された非営利団体。現在、認知症、乳がん、前立腺がん、大腸がん検診、臨床試験・治験の語りといった5テーマの当事者の語りのデータベースを公開している。「臨床試験・治験の語り」は、東京大学医科学研究所教授(公共政策研究分野)の武藤香織氏との協働プロジェクトとして作成された。臨床試験・治験に参加した人、断った人など40人のインタビューを、「知ったきっかけと情報源」「参加した理由」「参加できなかった理由/参加しなかった理由」など、22のトピック別に見ることができる。

 「臨床試験・治験は人体実験か?」と題し、同シンポで上映されたトリガーフィルムは、ディペックス・ジャパン事務局が「モルモット」「マウス」「実験」「研究材料」を含む語りを抽出して編集したもの。英国では、臨床現場の改善運動に同じような当事者の体験のトリガーフィルムの視聴を取り入れ、「Experience based Co-design(EBCD、当事者の経験に基づいたシステムの協働設計)」と呼ばれる試みが行われているという。

 トリガーフィルムでは、インタビューに答えた人の多くが、臨床試験・治験は未知のリスクを伴う実験的な要素を持つものだと理解していることが紹介された。しかしながら、臨床試験・治験には、科学的な検証を可能にするために、被験者の選定・除外基準やランダム化(無作為化)割付、盲検化、プラセボ(偽薬、がんの臨床試験の場合は標準治療と比べることも多い)の使用など、臨床試験・治験特有の手続きがある。「世の中の役に立つ」と前向きにとらえる声も多い一方で、「実験材料になるのは怖い」「プラセボを入れる必要性がどうしても分からなかったし納得がいかなかった」「治験の条件に合わず枠から外され、それまでの行動を否定されたようで悲しかった」という語りがあるなど、臨床試験・治験特有のルールや手続きを患者が理解するのは難しい面があることが、トリガーフィルムで示された。

 ディペックス・ジャパン事務局長の佐藤りか氏は、「インタビューに応じた人たちは、自分たちが誘われたり参加したりしたものが、一般の診療とは異なるものであることを理解している人たちですが、現実には、一般診療と臨床試験・治験の区別がつかない人も少なくありません。臨床試験・治験は、将来の患者のために現在の患者の体を『手段』として用いて行う実験である、という事実を被験者も医療者も共有しながら、被験者を守り、未来の患者を救うことにつながるような臨床試験・治験のあり方を考えていくことが必要ではないでしょうか」と訴えた。

日常医療では不自然なことをしてまで達成すべき臨床試験なのか判断を
 トリガーフィルムの上映を受け、国立がん研究センター社会と健康研究センター生命倫理研究室長の田代志門氏は、「患者が『被験者』になるとき 研究倫理が必要とされる理由」と題して講演。医療現場には、診療ルートと研究ルートの2つのルートがあり、医療者・患者関係と研究者・被験者の関係は違うものであると解説した。

 研究の場合、目的は研究者の側にあり、被験者はその目的を達成するために存在するため、厳しい手続きが課せられ、新しい治療とプラセボを比べるランダム化比較試験のように、日常医療では不自然な方法が選択される。ただ、難しいのは、主治医であり研究者、患者であり被験者と現実には2つの立場が重なることだ。

 田代氏は、「研究の場合、自分の治療にも役立つかもしれないが、世のため人のためにやっているということを、お互いに率直に話し合って目的を共有することが大事です。同時に、日常医療では不自然なことをしてまで、膨大な費用をかけてまで達成すべき目的かどうかという判断が重要です」と話した。

 また、江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授の隈本邦彦氏は、「適切かつ公正な臨床試験とは〜ディオバン事件から見えてきたもの」と題した講演の中で、ディオバン事件で不正に関与した医師の法的責任が、まったく追及されなかった例を挙げて、日本には臨床試験不正を直接禁じた法律がないという問題点があると指摘した。

 「もし臨床試験・治験が、誰かの金儲けや野心のために行われ、そのことが被験者に正しく伝えられていないとすると、それは適切かつ公正な臨床試験とは言えず、人体実験と言われても仕方がありません。ましてや臨床試験不正は論外です。来年、臨床研究法が施行され、一部の臨床試験に法の網がかけられますが、実際に監視するのは各地に作られる認定臨床研究審査委員会。忙しい先生たちが非常勤で委員を務める委員会が、ディオバン事件のような巧妙で壮大な不正を本当に見抜けるのか、我々は監視し続けなければいけません」と問題提起した。

  • 1
  • 2
この記事を友達に伝える印刷用ページ