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こんなとき、このエキスパートのもとへ

2012/4/24

こんなとき、このエキスパートのもとへ 第9回

がん看護専門看護師●患者に最も近い医療者

福原麻希=医療ジャーナリスト

 そこで、奥出さんはAさんの外来診察日になると外来化学療法室に出向き、声をかけることを繰り返した。だが、Aさんは無表情のままで、奥出さんは1回目も2回目もほとんど話ができなかった。

 それでも堕胎のリミットの時期が近づくにつれて、奥出さんはもう一度、Aさんの「本当の気持ち」を確かめた方がいいのではと考え、外来時、面談室に来るよう誘ってみた。

 その日、Aさんががん治療センターに寄ったので、臨床心理士の西尾さんとともにゆっくり話を聞いたところ、「堕胎やがんの治療の説明は受けていた。でも、今後の治療計画や病気の経過・予後についてはあまり詳しく知らされていなかった」とわかった。

 そこで、奥出さんは「今後予想される病状の経過など、すべてを知った上で堕胎するかどうか決めたほうがいい」「人生における重要な選択をするときは、良いことも悪いことも必要な情報を知ってから、本人が治療法を選択するべき」と考え、あらためて医師と患者・家族の面談を設定した。

 医師から説明を聞いたAさんは堕胎について躊躇した。だが、あらかじめ決まっていた通り入院。その晩、「やっぱり、子供を産みたい」と思い直し、産科医に伝えて、翌日退院した。

 心配した奥出さんは5日後の外来時、再び、「診察後、面談室に来ませんか」と誘った。面談室で奥出さんと向き合ったAさんは「流産の経験があったので、妊娠したことはとてもうれしかった」「子供をあきらめるぐらいなら自殺しようと思った」という。

 奥出さんと話し終えた後、Aさんは「産むためには、まず病気を治そう」と気持ちが前向きに変わったという。そこで、妊娠中でも治療ができるCAF療法(*2)を受けることになった。副作用の吐き気や口内炎、脱毛にも耐えた。

 だが、がんは進行し続けた。

 ある日、乳腺科医から「強い抗がん剤の治療を早く始めたほうがよい」と提案があり、病院横断的な「キャンサーボード」というカンファレンス(症例会議)が開かれた。その後も、乳腺外科・がん治療センター・産科・小児科・医療安全のメンバーは何度も話し合った。

 その結果、「早産として29週目に帝王切開し、赤ちゃんはNICUの保育器で育てる。直後に強い抗がん剤の治療を始める」と治療方針が決まった。

AさんとおばあさんがNICU(新生児特定集中治療室)で娘さんの顔を見にきたときの様子、小さな手をさわる二人。

 出産日に生まれたのは、1284グラムの女児だった。

 「オギャーと赤ちゃんが生まれたとき、Aさんはまだ意識が朦朧としていました。でも、Aさんは赤ちゃんの顔を見て、少しの間、抱きしめていました」と奥出さんは思い出す。

 医師が母子の写真を撮ってくれたという。

 出産3日後からは、治療に専念するためパクリタキセル注射薬(商品名:アブラキサン)の治療が始まった。現在はがんの転移による腕と手のリンパ浮腫を抱えながら、外来通院している。赤ちゃんは順調に体重が増加し、心肺機能にも問題がなかったため、2ヵ月半後に無事、退院した。

 Aさんは、これまでのことをこう振り返る。

 「セカンドオピニオンを受けたとき、『やっぱり、出産はダメか』と思い、医師に『赤ちゃんを生みたいです』とは、とても言えませんでした。でも奥出さんが何度も声をかけてくれて」

 いま、Aさんは「あのとき、出産をあきらめないで本当によかったです」と微笑む。

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