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日本医療政策機構 がん政策情報センター寄稿

2010/6/3

《日本医療政策機構がん政策情報センター寄稿 Vol.5》

全国に広がるがん条例制定の動き(下)

がん条例が、あなたの地域のがん医療を変える

 全国でがん条例制定の動きが広がっている。では、がん条例が制定されると、どのような効果があるのか。その一例として、全国初のがん条例として制定された「島根県がん対策推進条例」などが、どのような波及をもたらしたかを見てみよう。そして、これまでの条例や現在策定中の条例から、「良いがん条例」の条件とは何かを考えてみたい。

(日本医療政策機構 がん政策情報センター 天野慎介、埴岡健一)



天野慎介(あまの しんすけ)
NPO法人 日本医療政策機構 市民医療協議会

2000年に血液がんである悪性リンパ腫を発症。01年よりがん患者の支援活動に関わり、06年よりNPO法人グループ・ネクサス理事長。09年より日本医療政策機構 市民医療協議会 プログラムマネジャー。


埴岡健一(はにおか けんいち)
NPO法人 日本医療政策機構 理事

日経ビジネス記者、ニューヨーク支局長、副編集長などを経て、1999年骨髄移植推進財団事務局長。08年より日本医療政策機構市民医療協議会共同議長、がん政策情報センター長。厚労省がん対策推進協議会委員ほか。
 その進んだがん対策を学ぼうと、島根県には全国各地から行政担当者などが見学に訪れる。しかし、つい数年前まで島根県は、がん対策にそれほど取り組んでいない県の一つにすぎなかった。その島根県を大きく変化させたのは、がん対策推進条例の制定だった。そして、その条例のきっかけを作ったのは、がん患者やその家族たちだ。

 2006年2月、がん患者の支援やがん対策の向上のための活動を行っていた、がん患者の納賀良一さんは、同じく患者の三成一琅さん(故人)、患者の家族である佐藤愛子さんたちとともに、がん条例制定などを盛り込んだ要望書を、県庁のがん対策を担当する部署の部長宛に提出した。4カ月が経ち、やっと来た県庁からの回答は「条例を作ることはできない」という、けんもほろろなもの。特にがん対策に積極的に取り組んでいるわけでもなく、行政が議会に提案するかたちでの条例を制定するつもりもなかったのだ。

 しかし、患者たちの思いに議員が動いた。県庁の回答を知った島根県議会議員の佐々木雄三さんらが、がん条例制定に向けて直ちに動き、9月には全議員からの提案として県議会にがん条例案を提出、同月に可決された。

 佐々木さんは、佐藤愛子さんの夫である佐藤均さん(故人)らの活動に心を動かされ、以前より患者たちの活動を支援していた。均さんは生前、およそ2万6000筆の署名を集め、がん専門医の育成を求める請願書を県議会に提出するなど、島根県や国のがん対策の推進に大きな足跡を残したがん患者だった。

 がん条例の制定を受けて、行政の姿勢はがらりと変わった。「条例は、行政が積極的にがん対策に関わる起爆剤となった」と、島根県庁がん対策担当者の小豆澤伸司さんは振り返る。第一にがん対策の予算の大幅増額。財政難であることは島根県も例外ではないが、がん対策の予算確保が比較的優先されるようになり、07年度にはおよそ8億7000万円を確保し、都道府県がん対策予算額(人口比)が全国1位となった。

 がん対策予算の使い道にも知恵を絞っている。09年度には「ふるさと納税の基金を活用したがん関連図書の整備」「景気対策として各県に交付された予算を活用したがん相談支援センターにおける職員の雇用」など、他県に見られない独自施策を打ち出した。

 予算が増える中で、医療現場にもその恩恵が及ぶ。07年度に、放射線治療の一つである強度変調放射線治療(IMRT)のための機器を、県立中央病院と島根大学医学部付属病院に設置。10年度予算でも「県独自のがん拠点病院制度の創設」「がん専門・認定看護師の緊急育成事業」「地域がん登録事業」など、医療機関を対象とした新規予算項目が並ぶ。

 また、07年2月に「がん撲滅対策推進条例」を制定した、同じ島根県の出雲市では、07年度の市予算で2900万円を確保し、島根大学医学部付属病院に腫瘍学講座を設置している。

 島根県では、県議会の提案で07年7月に「がん対策募金」を設置。同募金には県知事も発起人に名を連ね、まずは地元財界企業が大口の寄付を行った。さらに、地域の青果卸商が、バナナを1袋買うと6円が募金に寄付される「バナナ募金」を行うなど、その熱気は民間にも広まっている。募金キャンペーンの街頭活動には、患者、政治家、行政担当者、医療関係者、民間など多くの人が集まって同じハッピを着て市民に協力を呼び掛けた。こうした活動の結果、その募金額は10年3月までにおよそ6億7000万円に上り、地元のがん拠点病院に放射線装置購入の資金として分配された。

 さらに患者主導で条例が制定された結果、患者の支援にも良い効果があった。「条例には患者会の活動支援を定めた条文が盛り込まれており、これが患者会の活動を後押しした」と、納賀さんはその意義を語る。

 条例の制定後には、患者や家族が交流と情報交換を行う場である「がんサロン」に関して、「サロン同士と行政担当者の定期的な意見交換会」「がんサロンリーダー養成のための研修会」などの施策が始まった。また、「患者と医療者とが対等な立場で相互理解を深めるがん患者塾の開催」も、行われた。小豆澤さんは、「患者や家族の声を受けてできた条例なので、患者や家族の声を聞きながら事業を展開している」と解説する。

 がん条例、がん対策募金、がんサロン――。マスコミにとっても、格好の取材テーマだ。実際、新聞記事データベースで「島根県」「がん条例」を含む記事を検索すると、100件以上が見付かる。島根県では、良い循環が起こり、図1のような波及効果が生まれたといえる。

図1 がん条例制定をきっかけに、地域のがん対策が進む 島根県だけではない。後に続いた他の条例制定県でも、条例によって好影響がもたらされている。

 高知県で07年3月に制定された「高知県がん対策推進条例」には、「相談窓口の整備等のがん患者及びその家族又は遺族に対する相談支援等を推進するために必要な施策を講ずる」との条文が盛り込まれた。これを受けて高知県は新たな予算を確保し、患者による患者のための無料相談窓口「がん相談センターこうち」が07年10月に誕生した。

 この窓口の運営は、高知がん患者会「一喜会」に委託されている。「がん条例がなければ、相談窓口の設置などのがん対策で、行政は動かなかっただろう」と、同会の会長である安岡佑莉子さんは振り返る。ただし「条例ができただけでは行政は動かない可能性もあるので、しっかりと見守る必要もある」と付け加える。

 奈良県では、がん対策の08年度予算は9600万円だったのに対し、条例が制定された09年度はおよそ1億7000万円に増額。奈良県は、「がん対策推進基本計画」を全都道府県の中で最後に策定するなど、がん対策の遅れが指摘されてきたが、条例制定によりがん対策が進もうとしている。

がん条例のススメ
 これら各地の事例から、「良いがん条例」の条件とは何かを考えたい。

 第1の条件は、先行する県の条例を参考にして、幅広い施策を盛り込んでいることだろう。実際、09年以降に条例を制定した県では、多岐にわたるがん施策を条文に入れる傾向が見られ、条文数も増えている。

 第2の条件としては、創意工夫により、これまでにない条項を加えること。例えば、愛媛県や徳島県のがん条例では、医療機関の連携による在宅医療の推進を定めた条項が盛り込まれた。奈良県は、「奈良県がんと向き合う日」を定め、県全体でがん対策に取り組むという新しい条項がある。

 第3に、「地域のニーズと特性に対応できている」ことも大切だろう。血液がんが多い長崎県の「血液がんに対する治療法である骨髄バンク事業への支援」の条項のように、地域に多いがん種への対策を盛り込んでいる例や、沖縄県のがん条例案のように離島対策や、地域に多いがん種への研究を盛り込んでいる例が挙げられる。

 第4は、条例を作った後の実行性を担保する工夫だ。愛媛県は、各施策の見直しを条項に入れたり、「PDCA(計画、実行、評価、改善)サイクルの導入」を明記するなど、がん施策を向上させ続ける仕組みを条例に組み込んでいる。

 第5は、条例を作る際に「良いプロセス」を意識していることだろう。愛媛県や沖縄県などは、制定の段階から「六位一体」で、さまざまな当事者を巻き込み、条例ができた後にともにがん対策を推進し続けられるようにしている。

 がん条例は、地域のがん対策向上のための手段と通過点に過ぎず、それ自体が目的ではない。がん条例制定後も、県民や関係者が一丸となってがん対策に取り組むためには、がん条例制定後を見据えた「県民総ぐるみのがん条例の策定プロセス」が必要といえるかもしれない。

 がん条例の効果と、良いがん条例の条件を考えてきた。では、あなたが住んでいる地域には、がん条例があるだろうか。そして、「条例があったらいいな」と考えたとき、具体的に何をすれば実現する可能性が高まるのだろうか。表1に各地のがん患者関係者が行ってきた取り組みの例をまとめてみた。あなたにもできることがあるかもしれない。

表1 がん条例制定に向けて、あなたができること

※参考URL
・各地のがん対策条例
http://ganseisaku.net/practices/archives/law/gan_local.html
・がん政策サミット2009秋
http://ganseisaku.net/impact/events/gan_summit/gan_summit_2009_autumn/
・市民と議員の条例づくり交流会議参加レポート
http://ganseisaku.net/practices/reports/domestic/gan_others/gan_20100208.html
・日本列島がん対策・現地レポート(島根県)
http://cancernavi.nikkeibp.co.jp/report/0717_01.html
・日本列島がん対策・現地レポート(高知県)
http://cancernavi.nikkeibp.co.jp/report/0821_01.html

※本稿における見解は、組織としてのものではなく、あくまで筆者個人の考えです。

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