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レポート

2018/5/1

第19回肺がん医療向上委員会セミナー

高齢の肺がん患者に抗がん剤治療は有効か

治療しすぎ・手控えすぎをいかに避けるかが重要

森下紀代美=医学ライター

 高齢化が急速に進む日本では、高齢のがん患者が増加している。肺がんだけをみても、罹患している約12万人のうち、47.5%が75歳以上の後期高齢者だ(2013年、国立がん研究センター がん情報サービスより)。

 高齢者のがん治療で大きな課題となるのが、身体・生理機能に個人差が大きく、年齢だけでは評価できないことだ。若い年代と比べると、高齢者では効果が得られなかったり、副作用が強く出たりと、反応は一様ではない。

 4月に東京で開催された日本肺癌学会の第19回肺がん医療向上委員会セミナーでは、高齢者の肺がん治療について、島根大学医学部内科学講座呼吸器・臨床腫瘍学講師の津端由佳里氏が、「抗がん剤は有効か?無効か?」「抗がん剤を投与する?投与しない?」の2つのテーマで講演した。なお、この講演では75歳以上を高齢者と定義している。

注目される高齢者のがん治療

 2017年4月、進行がんの高齢者への治療効果について、国立がん研究センターの予備調査の結果が報告された。2007〜2008年に同センター中央病院を受診した患者を対象として、がんの種類ごとに抗がん剤治療と緩和治療を受ける患者に分け、生存期間を高齢者と非高齢者で比較したもの。高齢者では、臨床的、統計的に意味のある結果は得られなかったとした。

 この調査では、IV期の肺がん患者205人のうち、75歳未満(186人)では明らかに抗がん剤治療で生存期間が延長した。一方、75歳以上(19人)では大きな差はなく、国立がん研究センターのプレスリリースには「被験者数が極端に少ないため、これらを評価することは困難であり、より大規模な調査が求められる」と記載された。

 しかし、この結果は、ウェブニュースなどで「高齢者では抗がん剤の効果に疑問」「延命効果なし」といった見出しで報道されることとなった。津端氏は「この調査では差がなかったという言葉だけが独り歩きしてしまったが、それだけ高齢のがん患者さんのデータが注目されているということ」と話した。

分子標的薬は有効、細胞障害性抗がん剤にも期待

 まず、「高齢の肺がん患者に抗がん剤は有効か?無効か?」。

 肺がんの診療では、まず悪性かどうかと、悪性なら病期を診断し、次に組織学的分類(扁平上皮癌か非扁平上皮癌か)を行う。その後、さまざまな遺伝子変異を調べて効果のある薬剤があるかどうか、さらに免疫チェックポイント阻害薬が効くタイプかどうかを判断し、治療に入る。

 日本肺癌学会「肺癌診療ガイドライン 2017年版」の 「IV期非小細胞肺癌薬物療法」の解説には、「75歳以上」という記載が2カ所ある。1つは、遺伝子変異(EGFR遺伝子変異、ALK遺伝子転座、ROS 1遺伝子転座、BRAF遺伝子変異)を持つ患者に対する治療の項で、「75歳以上の遺伝子変異陽性例に対する最適な1次治療は何か?」との質問に対し、それぞれの遺伝子を標的とするキナーゼ阻害薬(TKI)を投与することが強く推奨されている。

 この推奨の背景には、日本ではEGFR遺伝子変異陽性(以下、EGFR変異陽性)の肺がん患者が多く、キナーゼ阻害薬の効果について多数のデータが得られていることがある。1つは75歳以上のEGFR変異陽性の肺がん患者にゲフィチニブを投与した臨床試験で、奏効率(腫瘍が縮小または消滅した割合)は74%、腫瘍が大きくならなかった人も含めた割合は90%、無増悪生存期間中央値(半分の人で効かなくなるまでの期間)は12.3カ月となり、若年者と同等の有効性と安全性が確認された(M. Maemondo, et al. J Thorac Oncol. 2012)。またEGFR陽性肺がん患者103人にエルロチニブを投与した臨床試験でも、75歳超と75歳以下で同等の有効性が示されている(K. Goto, et al. Lung Cancer 2013)。 

 これらの臨床試験の結果から、遺伝子変異陽性肺がんでは、75歳以上でもキナーゼ阻害薬を投与することが推奨されている。EGFR以外の遺伝子変異については75歳以上のデータはないものの、キナーゼ阻害薬の有害事象は細胞障害性抗がん剤よりも一般的に軽いことなどから、75歳以上でもキナーゼ阻害薬の投与が推奨されている。

 もう1つの「75歳以上」の記載は、遺伝子変異が陰性または不明で、免疫に関係するPD-L1の発現しているがん細胞が50%未満の患者に対する治療の部分にある。これに該当するのは、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が使えない患者、最初は通常の細胞障害性抗がん剤を使う患者である。

 質問の「遺伝子変異陰性、PD-L1<50%、もしくは不明のPS 0-1、75歳以上に対する最適なレジメンは何か?」に対し、第3世代細胞障害性抗がん剤単剤は強い推奨、プラチナ製剤のカルボプラチンを使う併用療法は弱い推奨(提案)とされている。

 推奨の背景には、日本で高齢者を対象に行われた臨床試験で、第3世代細胞障害性抗がん剤のドセタキセルが良好な成績を示したことがある(S. Kudoh, et al. J Clin Oncol 2006)。カルボプラチン併用療法については海外のデータであり、日本での単剤のデータと効果に大きな差がなく、治療関連死が4.4%と高かったことから、提案レベルにとどまった。

 このようなデータがあるにも関わらず、高齢者ではなぜ、抗がん剤の「有効か無効か」が問題になるのだろうか。津端氏によると、2つの理由があるという。

 1つは、臨床試験の対象者に占める高齢者の数が少ないことである。2017年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)での報告によると、米食品医薬品局(FDA)がサポートした肺がんの臨床試験は年間42件、患者は27032人だった。このうち75歳以上の患者の割合はわずか9%で、肺がん患者の37%が75歳以上という米国の実状を反映しているとはいえないことが明らかになった(H. Singh, et al. ASCO2017)。津端氏は「この9%のデータを利用して日常診療を行っていくことは、非常に危険ではないか」と指摘した。

 もう1つは、高齢者は暦年齢だけでは身体・生理機能が評価できないことである。老化は諸臓器の機能低下としても表され、70歳以降は心肺機能や腎機能の低下が顕著となるが、個人差が大きい。また加齢に伴ってがん以外の疾患(合併症)も増加し、75歳以上になると約半数が3つ以上の合併症を持つとの報告もある(K. Barnett, et al. Lancet 2012)。がんだけでなく、これらの合併症についても考えながら治療を行う必要がある。

 その一方で、日本では元気な高齢者が多いのも事実であり、日本人女性の75歳の平均余命は15.6年とされている。「がんという命に関わるような病気をしなければ、15年生きる可能性があることになる。がんという病気にどのように対応するのか、しっかり患者さんと話をする必要がある」と津端氏は話した。

治療しすぎ・手控えすぎをいかに避けるか

 次のテーマは「高齢の肺がん患者に抗がん剤を投与する?投与しない?」。

 がん診療では、高齢者を3つに区分している。若年者と同じ治療が可能と考えられる「fit」、緩和医療のみを行うことが適切と考えられる「frail」、fitとfrailの中間で、若年者と同じ治療を行うと副作用が発現しやすいと考えられる「vulnerable」である。fitの患者に緩和医療のみでは治療を手控えることになり、frailの患者に若年者と同じ治療を行えば、副作用で命を縮めてしまう可能性もある。津端氏は「目の前の患者さんがどこに区分されるかを検討することが大切で、治療しすぎ・手控えすぎをいかに避けるかが重要になる」と説明した。

 米国のNCCNガイドラインには、高齢のがん患者の治療方針を決定する方法として、まず予後を予測し、十分な予後があり、治療で利益が得られると考えられる場合、認知・身体機能を評価し、患者の治療目標や価値観が明確であると判断できれば、化学療法のリスクを評価すると記載されている。

 認知・身体機能や化学療法のリスクを評価するためには、高齢者機能評価を行うことが重要と考えられており、これには日常生活動作(食事や着替え、移動など)と手段的日常生活動作(電話をかける、買い物に行くなど、より高次な日常生活動作)が保たれているかを評価するもの、認知症の有無を評価するものなど、多くの方法がある。欧州における検討では、高齢のがん患者に高齢者機能評価を行った結果、39%で初期治療が変更され、約3分の2は強度の弱い治療となった(M. E. Hamaker, et al. Acta Oncologica 2014)。

 ただし、高齢者機能評価を行うためには時間や手間がかかる。そこで島根大学では、電子カルテの中に複数の機能評価を組み込み、数分で点数が計算できるシステムを採用している。75歳以上のがん患者を対象とし、治療の決定に役立てている。


 日本臨床腫瘍学会(JSMO)は「高齢者のがん薬物治療ガイドライン」を作成中で、今年中に刊行される予定だ。また日本がんサポーティブケア学会(JASCC)の高齢者のがん治療部会は、実地臨床に即したQ&A集を作成している。日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の高齢者研究小委員会は、高齢者を対象とする臨床試験を行う場合のポリシーを発表している。

 また、今後の検討課題の1つに、免疫チェックポイント阻害薬がある。高齢の肺がん患者での検討が少なく、また医療費の問題も避けて通ることができない。

 講演の最後、津端氏は「医療費の問題は社会全体で真剣に取り組むべきだと思うが、一定の年齢以上の患者さんには抗がん剤は投与しない、借金を残すだけだという意見には違和感がある。しっかりと薬を使うことは、有効で安全性の高い薬を研究・開発し、次世代に贈ることにもつながる」と述べた。

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