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レポート

2018/1/15

分子標的治療の現状は? 日本癌治療学会学術集会より その1

5種類の分子標的薬がある乳癌、今後はさらに増える見込み

八倉巻尚子=医学ライター

 癌細胞の増殖や転移にかかわる特定の分子の機能を阻害する分子標的薬が癌の治療に導入されてから、15年以上が経過した。今ではさまざまな癌で標準治療の手段として使用されているが、癌の種類によってその位置づけは大きく異なる。標的となる分子が次々と見つかって治療薬の開発が進み、さらなる生存期間の延長を目指す癌もあれば、そうはいかずに分子標的薬よりも新たな免疫療法に期待を寄せる癌もある。

 10月20日から22日まで横浜市で開催された日本癌治療学会学術集会では「分子標的治療で変わった癌治療」と題したシンポジウムが開催された(司会:熊本大学消化器外科教授の馬場秀夫氏、岡山大学呼吸器・乳腺内分泌外科教授の豊岡伸一氏)。このシンポジウムから、乳癌、肺癌、大腸癌、胃癌、腎細胞癌、婦人科癌それぞれにおける分子標的治療の動向と最近注目の免疫療法の開発状況について、6回シリーズで紹介する。
第1回目は乳癌。


 「現時点では5種類の利用できる分子標的薬があり、これからもっと増えるだろう」と、京都大学附属病院乳腺外科教授の戸井雅和氏は述べ、乳癌に対する分子標的治療の現状を解説した。

 乳癌では癌の性格による分類、すなわち腫瘍細胞の特徴をもとにしたサブタイプ分類が10年ほど前に導入された。「エストロゲン受容体(ER)陽性HER2陰性」が乳癌全体の70%を占め、「ER陽性HER2陽性」が8%、「ER陰性HER2陰性」が14%、「ER陰性HER2陽性」が8%といわれる。治療方針はこのサブタイプ別に異なる。

 HER2は細胞の増殖に関係する蛋白質で、この蛋白質が過剰に発現したHER2陽性乳癌の予後はかつては不良だった。しかしHER2に対する分子標的薬の登場で生存期間は大きく改善した。最初に登場したトラスツズマブは、HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌を適応に2001年に日本で承認された。進行乳癌を対象としたHER2に対する分子標的薬はトラスツズマブのほか、HER2の阻害の仕方が異なるラパチニブ、ペルツズマブ、そしてトラスツズマブと細胞毒性を持つエムタンシンを結合させた抗体薬物複合体のトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)の4剤がある。
 
 HER2に対する分子標的薬は手術後の再発抑制を目的とした術後補助療法薬としても使用されている。トラスツズマブによる術後補助療法の有効性はいくつもの臨床試験で確認されており、日本では2008年に術後補助療法への適応拡大でトラスツズマブは承認された。最近の報告では、化学療法の後にトラスツズマブを投与した試験(HERA試験)における11年間の追跡結果で、術後1年間あるいは2年間トラスツズマブを投与すると、投与しなかった群に比べて死亡リスクを23-24%低下させたことが示された。

 こうした臨床試験の結果を踏まえ、米国NCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインでは、HER2陽性乳癌への術後補助療法として、ER陽性・陰性とステージ(病期)別に治療法が推奨されている。ER陽性の場合、T1a(腫瘍径5mm以下)・N0(リンパ節転移なし)では再発リスクが低いため、ホルモン薬単独で「化学療法は推奨されていない」。しかしT1aでリンパ節微小転移がある、あるいはT1b(腫瘍径6-10mm)・N0ではホルモン薬単独か化学療法+トラスツズマブが推奨されている。一方、ER陰性の場合は、T1a・N0でも化学療法+トラスツズマブが治療選択肢となる。またT1c(腫瘍径11-20mm)・N0ではER陽性・陰性ともに化学療法+トラスツズマブが推奨されている。

 なお通常、化学療法としてアントラサイクリン系製剤とタキサン系製剤が使われるが、HER2陽性、N0の乳癌に対しては、パクリタキセル週1回投与+トラスツズマブも有用であり、特にER陰性、T1b患者には「毒性が少ないため、患者さんの立場から考えると重要な選択肢である」と戸井氏は説明する。

 腫瘍径が20mm以上、リンパ節転移数4個以上では予後は不良であり、より効果の高い新たな治療薬が必要だった。これに対し、日本で2013年に承認されたペルツズマブと、トラスツズマブ+化学療法の併用療法は、トラスツズマブ+化学療法よりも、浸潤癌のない生存期間(IDFS)を有意に延長することが国際共同臨床試験(APHINITY)で最近示されている。なおペルツズマブは日本ではHER2陽性の手術不能または再発乳癌を適応に承認されており、現在は術後補助療法には使われない。

 HER2陽性乳癌の術後補助療法に関する今後の課題として、1つは化学療法と併用する場合のトラスツズマブの投与期間がある。3カ月投与と1年投与で生存期間に差がないとする臨床試験もあり、「再検討する必要が出てきている」と戸井氏。またトラスツズマブと化学療法による術後補助療法を行った患者で、新たな作用機序の薬剤である不可逆的pan-HERチロシンキナーゼ阻害薬neratinibの1年間投与の有効性が臨床試験(ExteNET)で示されたことから、neratinibの使用も今後の大きな課題とした。

 さらにHER2陽性進行乳癌に対しては、日本発の新薬DS8201の開発が注目されている。DS8201は抗HER2抗体とトポイソメラーゼI阻害薬を結合させた抗体薬物複合体(ADC)で、すでに臨床試験へと進んでいる。「非常にユニークで、T-DM1の前治療を受けた患者でも効果を示し、将来的には有望ではないかと言われている」。また、抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体などの新たな免疫療法も期待されるが、これに関しては「有用性とリスクのバランスやコストを真剣に討論するときが来ている」とも戸井氏は話した。

 ER陽性HER2陰性の進行乳癌に対しては、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6阻害薬やPI3K阻害薬、mTOR阻害薬といった、癌の増殖に関係するさまざまな分子を標的とした薬剤が開発されている。このうち「CDK4/6阻害薬は最も関心が高いもの」(戸井氏)で、現在のところパルボシクリブ、ribociclib、abemaciclibの3剤がある。それぞれのCDK4/6阻害薬が臨床試験で、ホルモン薬との併用でホルモン薬単独に比べて長い無増悪生存期間(PFS)を示した。

 昨年出された米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインでは、ER陽性HER2陰性の進行癌に対する最初の治療(1次治療)と次の2次治療においてCDK4/6阻害薬が推奨されており、「我が国でもパルボシクリブが承認されたので、今後は治療にCDK4/6阻害薬が組み込まれるだろう」と戸井氏。現在20以上の臨床試験が進行中で、術後補助療法としてCDK4/6阻害薬とホルモン薬を併用する試験や、ER陽性HER2陽性乳癌ではトラスツズマブを追加する試験なども行われている。

 またホルモン受容体のERとプロゲステロン受容体が共に陰性でHER2陰性の「トリプルネガティブ」乳癌の治療は、これまで化学療法のみだったが、病理学的な分類や遺伝子の特徴による分類が進み、癌抑制遺伝子のBRCA1、BRCA 2遺伝子に変異がある乳癌ではPARP(ポリADP-リボースポリメラーゼ)阻害薬という新しい分子標的薬の有用性が報告されている。さらにトリプルネガティブ乳癌では免疫療法も期待されている。

 最後に戸井氏は、乳癌治療に伴う遺伝子の変化、すなわち乳癌のクローン性(clonality)の変化について言及した。乳癌診断後からホルモン薬、化学療法、分子標的薬といった各種薬剤を使用する中で、最初は比較的homogenous(均一)であった癌が、死亡したときにはクローン性が大きく異なることが知られている。「多様性の強いダイナミックで変化しやすいものを相手にしていることがわかってきた。近い将来それらをモニタリングしながら治療することになるだろう」と話した。そして「女性の11人に1人が乳癌を罹患する中で、毒性や費用も含めて、治療の負担をいかに減らすかということが、分子標的薬の時代の課題ではないか」と述べた。

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