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レポート

2016/10/28

効率よく照射でき長期的合併症も少ないと期待

小児がんに対し陽子線治療が保険適用に

森下紀代美=医学ライター

 がんの粒子線治療のうち、小児がんに対する陽子線治療が2016年4月から保険適用となった。陽子線治療は先進医療に指定されており、約300万円の自己負担が必要だったが、小児がんでは患者の負担が大幅に軽くなる。国内の民間医療機関では初めて陽子線治療を導入した脳神経疾患研究所附属南東北がん陽子線治療センター長の菊池泰裕氏に、陽子線治療の現状と展望を聞いた。


脳神経疾患研究所附属南東北がん陽子線治療センターの菊池泰裕センター長

光子線よりもがん組織に効率的に照射できる
 がんの治療に利用される放射線には、光子線(従来のX線やガンマ線など)と粒子線(陽子線や重粒子線など)がある。従来の光子線治療は、体表面近くで放射線量が最大となるため、がん組織に到達する前の正常組織に大きく影響してしまい、がん組織に対しては効果が減弱してしまうという欠点があった。これに対し、「陽子線には、体内に入るとある深さのところで放射線量が最大となる“ブラッグピーク”と呼ばれる特性がある。陽子線治療ではこのピークをがん組織に合わせて照射するため、周囲の正常組織への影響を低く抑えることが可能」と菊池氏は説明する(図)。

 陽子線治療に向いていると考えられるのは、脳腫瘍、頭頸部(鼻、口、喉、上下の顎、耳)がん、食道がん、非小細胞肺がん、肝がん、膵がん、前立腺がんなどの原発性がんと、直腸がん術後の骨盤内の局所再発や少数個の転移(肝、肺、リンパ節)である。実際に治療できるかどうかは、がんの大きさや進行の状態、患者の体力も併せて考慮し、判断される。

 頭頸部がんは脳や脊髄に近い位置にあるため、正常組織への影響が抑えられ、手術による外見の変化も避けることができる陽子線治療の意義は大きい。また舌がんでは、腫瘍が大きくリンパ節転移があると、手術で舌を広範囲に摘出する必要があるが、術後に食物や水分の摂取が困難になったり会話ができなくなったりする機能的障害が発生し課題となっていた。放射線治療ではこうした機能的障害や外見変化を回避できる利点があり、陽子線治療では特にこの利点が顕著になると考えられている。

 一方、陽子線治療は胃や小腸、大腸のがんには実施できない。胃や腸はいつも動いていて正確に照射することが難しいうえに、粘膜が薄いため放射線の照射により潰瘍ができやすく、穿孔の危険性もあるためだ。胃や腸と近接している部位にがんがある場合も、陽子線治療が困難な場合がある。

図 X線と粒子線の照射の違い

二次がんなどの長期的な合併症も抑えられる
 陽子線は重粒子線と比べると、腫瘍に対する効果が劇的に高いわけではない。生物学的な効果は、陽子線がX線の1.1倍、重粒子線が3倍とされる。菊池氏は「重粒子線治療は腫瘍に対して強力な効果を発揮する分、副作用も比較的強いとされている。陽子線治療はそこまで強力な治療ではない点が利点となり、小児がんへの保険適用につながったのではないか」と話す。欧米や韓国では既に、公費負担で小児がんに対する陽子線治療が行われている。

そもそも小児がんを何歳までのがんと定義するか判断は難しいが、20歳未満として統計をまとめた「がん診療連携拠点病院院内がん登録 2013年全国集計報告書」(国立がん研究センターがん対策情報センター)によると、2013年の小児がんの登録患者数は3547人と成人と比べると少ない。保険適用となった背景には、患者数の少なさと長期的にみれば高額な治療コストに見合う利益が得られると考えられたことがありそうだ。

 従来の光子線治療では長期的な合併症も問題になっていた。小児は放射線に対する感受性が成人よりも高く、照射により身体の成長や機能に悪影響が生じる可能性がある。照射を受けた部位からの発生が多いとされる二次がんは、将来的に生じうる長期的な合併症の一つだ。

 陽子線は従来の光子線よりもがん組織に限局して照射でき、正常組織への影響が少ないことから、長期的な合併症が生じる可能性は低いと考えられている。日本で陽子線治療を受けた20歳未満の小児がん患者343人を対象とした観察研究では、二次がんが発生したのは7人で、照射を受けた部位から二次がんが発生したのは1人のみだったことが報告されている(M. Mizumoto, et al. Cancer Medicine 2016 Jul; 5: 1519-25)。

 南東北がん陽子線治療センターでは、保険適用となる前から小児がんに対する陽子線治療に取り組んできた。2008年の開設から2016年7月末までに同センターで陽子線治療を行った患者は成人を含めて計3555人で、全国から患者が訪れている。小児がんの患者は年間10人前後であるが、保険適用となった2016年4月から9月までに7人が陽子線治療を受けており、今後増加することが予想される。

 現在、先進医療として陽子線治療を行っている施設は全国で11施設(厚生労働省ホームページ[9月9日版])。菊池氏によると、保険適用となる前から小児がんに陽子線治療を行っていた施設は、国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)、筑波大学附属病院、静岡県立静岡がんセンター、民間医療機関では同センターなどに限られていたが、今後は導入する施設が増加していくとみられる。

陽子線を用いた動注化学放射線療法など独自の取り組みも
 南東北がん陽子線治療センターでは、独自の取り組みも行っている。その一つが動注化学放射線療法である。対象となるのは、進行した舌がんなどの口腔がんや上顎がんで、浅側頭動脈と呼ばれるこめかみの動脈や後頭部の動脈から細い管を挿入し、腫瘍の近くに抗がん剤を高濃度で注入しながら陽子線を照射するという方法だ。

 また、陽子線治療後に照射部位を確認するためのPET-CTも導入している。通常の放射線治療では、治療予定の部位にきちんと放射線が照射されているかどうかを判断する方法は、治療終了後の定期的な経過観察で、腫瘍の大きさの変化などから判定する以外にない。同センターでは、がんの部位により異なるものの、約30回行われる陽子線治療のうち、1回目の治療後にPET-CTを撮影し、陽子線が目的とするがん病巣に治療計画通りに照射されているかを確認している。これは世界初の試みだという。

小児がんに保険適用となった陽子線治療は、成人の各種がんへの適用が次に期待される。患者数が多く、医療財政の面からすぐには難しいだろうが、菊池氏は「陽子線治療がX線治療よりも明らかに優れている疾患を見つけていきたい」と話す。2016年秋には切除不能で経皮的ラジオ波焼灼療法(RFA)などの局所療法に不適な肝細胞がん患者を対象に、陽子線治療の有効性を評価する多施設共同臨床試験が開始となる。南東北がん陽子線治療センターを含む国内の陽子線治療施設11施設が参加予定だ。

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