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レポート

2012/10/16

再発悪性神経膠腫への新たな治療選択肢として期待されるホウ素中性子捕捉療法

満武里奈=日経メディカル別冊

 いまだ有効な治療法が確立されていない再発悪性神経膠腫に対し、新たな放射線治療ホウ素中性子捕捉療法(BNCT:Boron Neutron Capture Therapy)」のフェーズ1試験が、10月から京都大学でスタートした。がん細胞を選択的に破壊し、従来の放射線治療で見られる副作用の軽減が期待されている。


大阪医科大学脳神経外科の川端信司氏

グレード4の5年生存率は10%未満

 神経膠腫グリオーマ)は、脳腫瘍のうち、脳実質内から発生する腫瘍の一つ。日本における脳腫瘍(転移性脳腫瘍を除く)の発生頻度は、人口10万人に対し14人程度とされるが、神経膠腫はこのうちの3分の1を占める最も多い腫瘍だ。

 神経膠腫は、悪性度によって4段階(グレード1〜4)に分けられる。このうち、グレード3とグレード4をあわせて「悪性神経膠腫」と呼ぶ。日本におけるグレード3の年間発生数はおよそ1000人、グレード4(膠芽腫という)は2000人で、グレード4が神経膠腫の3分の1を占める。

 悪性神経膠腫治療の第一選択は、腫瘍を可能な限り外科的に切除し(可及的腫瘍摘出手術)、手術後は補助療法として放射線・化学療法を行う。悪性神経膠腫の特徴について、BNCTの開発に初期から携わった大阪医科大学脳神経外科の川端信司氏は、「腫瘍が浸潤しやすく、第1選択で腫瘍摘出手術を行い、その後補助療法を行っても予後は悪い」という。グレード4の患者の5年生存率は10%に満たないのが現状だ。さらには、再発患者に対する有効な治療法がなく、再発からの生存期間は6〜7カ月程度と短い。

再発悪性神経膠腫への新たな治療法が複数開発中

 そのため、再発悪性神経膠腫に対する有効な治療法を求め、開発が複数進められている。悪性神経膠腫の再発は、その8〜9割が初発病巣から2〜3cm以内の部位で起こるため、「治療成績改善のためには、局所治療法の強化と改良が不可欠と考えられている」(川端氏)。こうした特徴を踏まえ開発されたのが、外科的切除術時に、化学療法剤carmustine(BCNU)が直接放出されるインプラントを腫瘍を摘出した場所に留置する局所化学療法(NPC-08 :Gliadel BCNU Wafer)で、今年9月に製造販売承認を取得した。

 そのほかの治療法としては、免疫療法のWT-1ペプチドがんワクチンがフェーズ1/2試験を終えているほか、血管新生阻害薬の抗VEGF抗体ベバシズマブが2012年9月に再発膠芽腫に対する効能・効果追加を厚生労働省に承認申請している。ベバシズマブの国内フェーズ2試験では、テモゾロミドによる標準化学療法および放射線療法実施後に再発した膠芽腫患者を対象にしており、6カ月時点の無増悪生存率が33.9%、奏効率は27.6%だった。

 また、放射線治療としては、定位的放射線外科治療や定位的分割照射、強度変調放射線治療(IMRT)、陽子線や重粒子線治療といった最先端の放射線照射技術を利用した治療法が検討されている。しかし、初発の際の放射線治療時に、すでに正常細胞に対して耐用線量に近いX線が照射されているため、再発後の放射線治療の際には正常細胞への線量低減が欠かせない。また、再発悪性神経膠腫は、腫瘍が浸潤しやすいことや、腫瘍から数cm離れた脳内部にまで腫瘍が存在するといった特徴があるため、放射線による治療を難しくしている。

ホウ素化合物を取り込んだがん細胞のみを選択的に破壊

 こうした状況の中、有望な放射線治療の一つとして注目されているのがBNCTだ。その特徴は、がん細胞に取り込まれやすい性質を持つホウ素化合物を狙って放射線を照射するというもので、これによりホウ素化合物が取り込まれているがん細胞だけを選択的に放射線で破壊できるということになる。

 一般に腫瘍細胞は、点滴投与したホウ素化合物10Bを正常細胞に比べて高濃度に取り込む性質を持つ(悪性神経膠腫では約3.5倍)。そこに、低速(熱)中性子線を照射すると、ホウ素の核分裂が起き、α粒子とリチウム原子核が放出される。放出されたα粒子線とリチウム原子核は細胞1個分のみの飛距離を持ち(5〜9μm)、エネルギーを放出するため、周辺の正常細胞を傷つけることなく、ホウ素化合物を取り込んだがん細胞のみを選択的に破壊することが可能だ。

ホウ素濃縮技術と院内に設置可能な中性子加速器を開発

 このBNCT技術をがん治療に応用できるようになったのは、ホウ素同位体濃縮技術をもとにしたホウ素化合物の合成と、BNCT用加速器の開発に成功したためだ。開発は、フッ素を中心とした高純度薬品の製造販売を行うステラケミファと子会社のステラファーマ、住友重機械工業、京都大学原子炉実験所が共同で行った。

 治療に使用されるホウ素同位体10Bは、通常、自然界に約20%しか存在しない。そこでステラケミファは、治療で大量使用できるようにするため、このホウ素同位体10Bを濃縮する技術を開発し、大量生産できる体制を整えた。

 また、これまでは熱中性子を発生させるためには原子炉が必要だったため、設置できる場所が限られていた。そこで京都大学と住友重機械工業が共同し、小型中性子発生装置の開発に成功。病院内にも設置可能な大きさ(構想では約5×7mの予定、京都大学原子炉実験所に設置しているシステムは15×18m)の加速器中性子照射システムを世界で初めて作り上げた。
 
 治療システムは、サイクロトロンとビーム輸送系、照射治療系の3つから構成される。まず、陽子加速装置で、水素原子を加速させて陽子ビームを発生させる(図)。発生した陽子ビームは、電磁石を通過し、スキャナ電磁石で照射領域が拡大。ベリリウムターゲットに衝突すると中性子に変換される。発生した速中性子はモデレータを通過する際に減速し、熱外中性子に変わる。熱外中性子は、コリメータで照射する範囲を形成した上で患者の治療部位に照射される。照射された熱外中性子は患者の体内で熱中性子に代わり、ホウ素化合物を取り込んだ細胞に選択的に作用し、ホウ素化合物の核分裂を誘導するという仕組みだ。今回のシステムでは、熱中性子よりもさらにエネルギーの高い熱外中性子を使用している。熱外中性子は、体内で熱中性子に変化するため、線量がより体内深部まで届くようになった。

図 BNCT治療システム

治療時間は1時間

 今年10月には、WHOグレード3、4の再発悪性神経膠腫患者(最大18例)を対象にしたBNCTのフェーズ1試験を京都大学原子炉実験所で開始したばかりだ。照射線量は漸増し、低線量(最低5.5Gy)、中線量、高線量(最大8.5Gy)をそれぞれ3〜6例ずつ検討する。

 BNCTによる治療時間は1時間ほどで、BNCT用ホウ素薬剤を点滴しながら、熱中性子を照射する。その後は、90日間の経過観察を行うことで、安全性と有効性を検討する予定だ。

 治験を行う京都大学原子炉実験所粒子線腫瘍学センター・センター長教授の小野公二氏は、「これまでに再発膠芽腫を対象に行ったBNCTのデータから、治療48時間後に腫瘍が縮小するという、X線治療では経験できないような超早期の腫瘍縮小効果を確認できた」と説明する。これまでの基礎的な検討から、再発神経膠芽腫患者(19人)を対象にBNCTを実施したところ、再発と診断されてからの生存期間中央値がおよそ18カ月という結果が得られており、これから始まる治験に期待がかかるものとなった。

日本から世界初の治療法発信へ

 開発に携わったステラファーマ代表取締役社長の浅野智之氏は、「今回の治験は、未承認の薬剤と未承認の医薬機器を組み合わせた、日本では珍しい、ハードルの高い治験になる。日本から世界初の治療法を発信していきたい」と語っており、5年後の承認申請を目指している。さらに、今回の治験では再発神経膠腫を対象にしているが、今後はほかの部位のがんにも応用していく考えだ。BNCTは、脳腫瘍以外にも頭頸部がんに有効である可能性が報告されており、今後の治験では頭頸部がんも対象にすることを視野に入れている。

 川端氏は、BNCTによる治療について、「非常に強い治療法だが、細胞選択性を持つため、ほかの治療法との併用が可能。また、従来の放射線治療へ上乗せしたり、すでに放射線治療を行った患者に対しても、安全性を確保しながら有効な治療を実施することができる」と期待をかける。

 今後、BNCTが悪性神経膠腫の治療成績に与えるインパクトについて川端氏は、「現在、新規診断の膠芽腫患者の生存期間中央値は15カ月ほどなのでそれを2年に、再発悪性神経膠腫患者については現在7カ月を1年超程度まで延長する成績がすぐに出せると期待している」と語った。

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