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レポート

2012/8/7

血液内科医に聞く、ATL治療に登場した期待の新薬

談話まとめ 今村美都=医療ライター

 ヒトリンパ向性ウイルス1型(HTLV-1)に感染することから発症し、予後が極めて不良といわれる成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)。主に母乳を介してHTLV-1に感染することが原因となって発症するもので、従来は沖縄・九州地区に多く見られる血液がんだった。しかし、近年、人口の移動が活発になり、HTLV-1キャリアは全国で見られるようになっている。例えば、厚生労働省の班研究による調査の結果では、関東地域でのHTLV-1キャリアは1990年には日本の全キャリアの10.8%に過ぎなかったが、2007年には17.7%まで増加しており、一部の地域に特有の疾患ではなくなってきた。

 また、近年、同種造血幹細胞移植の治療成績向上により完解に至る患者も増えてきたが、いまだ治療の困難な難治性のがんとして知られる。このATLに対し、5月29日に、抗体医薬であるモガムリズマブ(製品名ポテリジオ)が発売開始された。希望の光と前評判も高い新薬を中心に、最新のATL治療について、九州で長年ATL治療に取り組んできた血液内科の医師たちに話を聞いた。


今村病院分院院長の宇都宮與氏

単剤でATL患者全体の50%に奏効

 「新薬モガムリズマブは、再発・再燃のATL患者を対象に行われた第II相試験段階で50%の有効性があったと報告されています。ATLに対して単剤でこれほど効果を発揮する薬剤はいままでありませんでした」(ATL治療で全国的に知られる今村病院分院院長の宇都宮與氏)。

 「細かく見ていくと、第II相試験では末梢血にある成人T細胞性白血病リンパ腫細胞に対してほぼ100%効果が得られています。皮膚紅斑や皮下腫瘤などの皮膚病変に関しては患者さんの63%くらいで有効性が確認されています。リンパ節に対する効果が得られるのは約1/4ですので、リンパ節病変が主体の患者さんにはそれだけでは十分とは言えないという結果が出ています。こうした治験の結果を踏まえると、新薬だけでATLがどんどん治るというところまでは簡単にはいかないということが言えますが、リンパ節などの腫瘤病変に関しては、いままでの抗がん剤がある程度効くわけですから、抗がん剤との組み合わせが期待できます」と宇都宮氏は話す。

 「一般的には、抗がん剤治療後に一部、造血幹細胞の移植が可能な人には移植、ある程度高齢でも可能な人にはミニ移植というのがいまのATL治療の流れです。現状で最も有効と考えられる同種造血幹細胞移植の治療成績が全国平均で約3〜4割。しかしながら、潜伏期間が40年以上と長く、高齢で発症することの多いATLでは、移植が適応となる患者さんは限られますし、移植に成功したとしても再発する例が少なくありません。抗がん剤治療はmLSG15という多くの抗がん剤を組み合わせた治療が主流ですが、ATLでは抗がん剤が効きづらいということもよく経験します。ほかにもう治療法がないという患者さんにとって、待ちに待った新薬と言えるでしょう」(宇都宮氏)

ADCC活性の力価を100倍増強するポテリジェント技術

九州がんセンター血液内科部長の鵜池直邦氏

 ATLの発症後の平均余命は半年〜1年以内と言われる中で、治験では再発後の平均生存期間が13.7カ月という結果が得られている。

 世界初のATL治療薬として期待がかかるモガムリズマブについて、九州がんセンター血液内科部長の鵜池直邦氏は、「モガムリズマブは、ATLという疾患を念頭に置き、動物実験を何度も繰り返して効果と安全性を確かめ、人への投与まで短期間で成功した、トランスレーショナルリサーチの典型的モデルのような抗体医薬です。日本で臨床試験を行い、初めて人に投与したというのがこの薬の誇れるところ」と語る。

 このモガムリズマブの開発が成功した背景には、協和発酵キリンが持つポテリジェント技術がある。

 モガムリズマブはATL患者の約90%に発現するとされるCCR4(CCケモカイン受容体4)を標的とした抗体医薬。抗体はY字型をしたたんぱく質の一種で、がん細胞の細胞表面にある標的に結合する。抗体が標的に結合すると、この抗体がマクロファージやナチュラルキラー細胞(NK細胞)を呼び寄せ、がん細胞を殺す作用がある。この作用を、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)と呼ぶ。

 協和発酵キリンのポテリジェント技術は、抗体のY字型の根っこの部分にあるフコースと呼ばれる糖鎖を脱フコース化、つまりフコースをできるだけなくすとADCC活性が高まることを利用した技術。ひと言でいえば、ポテリジェント技術により抗体のADCC活性を100倍くらい高めることができる。

 また、モガムリズマブが有効性を発揮できたもう1つの理由はヒト抗体に成功したこと。がんの治療に使われる抗体医薬は遺伝子組換え技術を使って人為的に製造されている。過去にはマウスの抗体遺伝子を用いて抗体医薬を製造していたが、現在は、ヒト抗体の遺伝子を用いるのが主流となってきている。マウスの抗体はヒトにとっては異物であるため、ヒトに投与するとマウス抗体に対する抗体ができ、何度も投与することが難しくなる。しかし、ヒト型の抗体であれば通常病原菌に対して体内で作られる抗体のようにヒトにとっての“異物”ではなくなる上に、がん細胞に対する結合力が強まりますので、ADCC活性がより高まる。「新薬成功の鍵は、ポテリジェント技術と完全ヒト抗体のふたつにあります」(鵜池氏)。

化学療法や移植との組み合わせに対する評価は今後の課題

 「モガムリズマブは確かにATLの希望の光と言ってよい薬」と評価しつつも、鵜池氏は新薬の投与には十分な配慮と管理が必要と続ける。

 「臨床試験ではmLSG15以外の抗がん剤との併用についての検討は行われていませんし、試験の結果も好印象は受けているものの、まだ経過観察の途中で全てが公表されているわけではありません。移植後の患者さんへの投与も臨床試験では行われていません。移植後は当然ドナーからの正常な細胞があるわけですが、制御性T細胞という免疫を抑える正常な細胞にもCCR4は存在します。つまり、移植後の投与はATL細胞も殺傷する一方、免疫を抑える制御性T細胞をも攻撃し、免疫が上がるために、命に関わるようなGVHDの火付け役となる可能性を秘めているため、非常に慎重になる必要があります。とはいえ、輸注反応(infusion reaction)や皮疹(一例だけ重篤なスティーブンス・ジョンソン症候群が見られた)には注意する必要がありますが、臨床試験では重篤な副作用はほとんど見られませんでした。大きな副作用なく、ある程度安全に使える薬だと言えます」。

 また、宇都宮氏は、「モガムリズマブを投与後、皮膚症状が見られた患者さんのほうが効果が期待できるという傾向が見られます。移植でも命に関わるようなGVHDは困りますが、まったく出ない患者さんの治療成績もよくない。ほどよくGVHDが出た患者さんの予後が最もよいというデータもあります」と語る。

 宇都宮氏によれば、モガムリズマブに関して現場の血液内科の医師たちから最もよく受ける質問が移植との組み合わせについてだという。「移植との考えられる組み合わせ方は3つです。1つは移植後に再発した患者さんへの投与。2つ目は化学療法後移植までの間寛解状態を維持するための投与。3つ目は、移植の前処置としての投与ですが、まずは1つ目の方法から、抗体がどのように作用するか、臨床試験などで慎重にデータを重ねながら、どのタイミングで投与するのかを探っていかなければなりません」(宇都宮氏)。

 ATLの治療薬として異例のスピードで治験から承認販売へと至ったモガムリズマブだが、ATLのほかに末梢性T細胞リンパ腫(PTCL)や皮膚T細胞リンパ腫(CTCL)といった疾患への効果にも期待が寄せられる。鵜池氏は、「とりわけCCR4の発現が4割の患者に見られるPTCL患者の治療に使用されることが考えられます。世界的に見ればATLよりも患者数の多いPTCLにおいて重要な薬となっていくでしょう」と話す。

 また、モガムリズマブ以外にもATLに対する治療薬としてさまざまな開発が進められている。

 「ATLは実際にはより複雑ですが、大きく急性型、リンパ腫型、くすぶり型、慢性型の4つに分けて考えられます。日本ではくすぶり型や慢性型には積極的な治療を行わず、経過観察をします。しかし、世界ではインターフェロンとAZTが標準治療で、効果がみられなかったリンパ腫型を除く、急性型から慢性型、くすぶり型にまで積極的に治療を行っています。日本では、急性型に関しては抗がん剤の治療成績のほうがよいため、急性型を省いた慢性型とくすぶり型において検証するため、インターフェロンとAZTの有効性を評価する臨床試験が始まりつつあります。ほかにも多発性骨髄腫に有効とされるレナリドマイドやベルケイドといった薬剤の臨床試験が進行中です。モガムリズマブを始め、闘える武器がたくさんあれば、個々の患者さんの病状に応じた、長期生存できる最善の治療への道が広がります」(宇都宮氏)。

‘夢の治療薬’と過剰な期待をせず、‘育薬’が大切

 このように様々な治療薬の臨床試験が進行中のATLだが、モガムリズマブがATL治療における大きなインパクトであることは間違いない。しかしながら、ATLの治療に関わる現場の医師たちからは患者や患者家族の過度な期待を懸念する声もある。「これ以上打つ手がないという中で新薬へ過剰な期待をしてしまう思いはよく理解できますが、抗がん剤との組み合わせや移植との関係、どのタイミングでどの量を投与していくのか、まだ十分に分かっていないことが多くある。モガムリズマブが一番力を発揮できる使い方を探すよう、‘育薬’していくことが大切です。」(宇都宮氏)

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