このページの本文へ

がんナビ

がんナビについて

がん患者さんとその家族のために、がんの治療や患者さんの日々の生活をナビゲートします。

がん種から情報を探す

  • 乳がん
  • 肝がん
  • 大腸がん
  • 腎がん
  • 胃がん
  • 肺がん
  • 食道がん
  • 前立腺がん
  • 子宮頸がん
  • 膵がん
  • 卵巣がん
  • その他のがん

Report レポート

レポート一覧へ

新着一覧へ

レポート

2010/5/25

「がん緩和ケアは、がんと診断されたときから始まるもの」

先端医療振興財団臨床研究情報センター長 福島雅典氏

 がんの緩和ケアが非常に立ち遅れているといわれる日本。なぜ立ち遅れてしまったのか。今後、がん緩和ケアをいかに普及させるべきなのだろうか。先端医療振興財団臨床研究情報センター長で京都大学名誉教授の福島雅典氏に聞いた。



――日本ではなぜ、がんの緩和ケアが遅れているのでしょうか。


福島雅典氏
 日本では、多くの人は「がんというのは末期で苦しむ」と考えているでしょう。これは緩和ケアが遅れているからなのです。

 世界保健機関(WHO)は、緩和ケアを「生命(人生)を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、 心理・社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと処置を行うことによって、 苦しみを予防したり和らげることで、QOL(人生の質、生活の質)を改善するアプローチ」と定義しています。

 つまり緩和ケアは、がんと診断が付いた時点から始まるものであって、末期になったから緩和ケアを必要とする、という認識が間違いなのです。本当は、適切な治療をすれば、基本的にはがんで苦しむことはないのです。

 がんという病気に関する認識がなぜ日本でこんなに遅れているかというと、ずばり日本の大学教育の後進性だと思います。日本ではがんの治療は外科が中心で、胃がんなら消化器、肺がんなら呼吸器と臓器別に治療が行われています。しかし本来、がんは“全身病”であり、臓器別に診る病気ではないのです。つまり、「全身病としてのがん」を理解している医師が極めて少ないことが、日本の緩和ケアの遅れの最大の原因です。

 巷間流布されるがん情報の中には、根拠が不確かな、ときに健康を損なうような情報があることも事実です。また、科学は日進月歩で進歩します。がんを制圧するためには、正しい知識が不可欠であり、正しい知識というのは最新の科学の成果を意味します。日本では、最新の科学の成果をきちんと国民に伝える体制整備が遅れている。だから緩和ケアが遅れたのです。

――緩和ケア先進国といわれる米国では、どのように情報が提供されているのでしょうか。

 米国では、国立がん研究所(NCI)が中心になって、がんに関する様々な研究を行っています。1980年代に「NCIに莫大な予算を投入したけれども、患者に還元されてない」と議会で問題になり、それに応える形でNCIは研究成果をすべてデータベース化したのです。それが大規模包括的がん情報データベース「PDQ」(Physician Data Query)です(注1)。

 PDQは、世界のがん研究の成果を、トップクラスの専門家が吟味し、信頼に足り、がん医療に大きく貢献すると判断した最新の情報を、厳選して登録・公開しています。つまり、PDQにある情報が、現在、人類が持ち得るがんに関する知識のすべてだといっても過言ではありません。

 当初はファクスで、24時間の態勢で全世界どこでも誰でも情報を取り寄せられるようになっていましたが、1995年からインターネットでアクセスできるようになりました。また、もともとは、がん医療の専門家が治療方針を決定するために活用していましたが、熱心な患者・家族からのアクセス件数が増加したことから、患者・家族向けのサイトも設けられました。

 このようにして、米国政府は国の責任で、がん医療の専門家のみならず、広く正しい知識を全世界に無償で提供しているのです。

――昨年出版された「患者・家族のためのがん緩和マニュアル」は、このPDQの情報を書籍としたものですね。

 はい。私は当初から、この世界で最も信頼できる最新情報を、日本国内の医療関係者、患者さんやそのご家族に伝えなければ、そのためには日本語に翻訳しなければ、と思っていました。

 しかし、それにはお金がかかります。そこで厚生労働省や政治家や研究者トップに働きかけてきました。1994年には、当時、厚生大臣だった橋本龍太郎氏を招いて、彼の前でファクスで情報を取り寄せたこともありますよ。でも、なかなかすぐに実現するのは難しくて、ようやく2005年にNCIから正式なライセンスを得て、先端医療振興財団臨床研究情報センターの「がん情報サイト」で完全日本語訳を配信できるようになったのです。

 NCIは英語とスペイン語で情報を提供していますが、それ以外の言語で正式な完全翻訳があるのは、当センターが配信する日本語だけです。PDQは毎週更新されますので、常にキャッチアップしないといけない。その翻訳技術を持っているのは、私たちだけなのです。

 こうして「がん情報サイト」でPDQの日本語版を配信していますが、インターネットに慣れていない患者さんやご家族もいらっしゃいますし、書籍としてまとめて読みたい、という声もいただきましたので、昨年、書籍を出版したというわけです。

 この本は安直なハウツー本ではなく、教科書として読んでいただきたいと思います。もちろん、栄養については日本の食生活と合っていない部分もありますし、宗教的な背景も違います。また医療保険や医療制度が違うので、例えば緩和ケアの移行に関して、つまり病院から自宅、あるいはホスピスへの移行計画などは、日本の実情に沿わないでしょう。しかし、あえてそれらも取り上げました。なぜなら、科学的に裏付けされたPDQの情報を基本知識として、日本にとって足りない点、変えるべき点、またむしろ日本の制度の方がよい点を考え、議論し、そして科学的に検証しようという姿勢が大切だと思うからです。一言一句をむだにせず、深く学んでいただきたいと思っています。

――同書では、「霊性」「人生最後の数日間から数時間」といったスピリチュアルケアも取り上げていますね。

 ええ。疼痛や吐き気などの身体的ケア、うつ病や睡眠障害などの精神的ケアに加えて、スピリチュアルケアを取り上げています。身体的・精神的ケアについて触れている教科書は既にいくつかありますが、スピリチュアルケアについてはよい教科書がありませんでした。

 スピリチュアリティー(Spirituality)を「霊性」と訳しています。日本では、「霊性」というと幽霊の「霊」を思い浮かべて怖いというイメージを持つ人が少なくないと思います。しかし本来、「霊」というのは、「精神を導く何物か」であり、精神のベクトルを決めるものなのです。

 日本人は無宗教だ、とよく言われますが、それは誤り。「死んだらどのお墓に入るのか」と聞いたら、ほとんどの日本人は、お墓やお寺が決まっているでしょう。本当の意味の無宗教であれば、死を前にしたとき霊的により強い不安を感じることでしょう。日本人におけるスピリチュアリティーを考えるとき、内なる(ほとんど無意識下にまで落ち込んでいる、と指摘したいのですが)、非常に敬虔な宗教心をとらえておくべきなのです。

 最新の脳科学はさまざまな脳の働きを画像として示すことができるようになってきましたから、今後、死のプロセスにおいて、脳がどのように変化するかを画像で表現できるようになるでしょう。もっといろいろなことが分かるようになってくると思います。スピリチュアリティーは今後、科学として解明されていくでしょう。

――最後に、がん患者にメッセージをお願いします。

 日本では2006年にがん対策基本法が成立し、2007年に施行されましたが、がん対策基本法を作る原動力になったのは患者団体です。これは日本の歴史の中でも画期的なことでした。そして、ようやく緩和ケアの必要性が広く認識されるようになってきましたが、これから日本で普及させるためには、患者側からの働き掛けが不可欠です。

 がん医療はもとより、医療は“お任せ”ではすみません。患者さん自身が勉強して、家族が勉強して、医師と「対話」しながら治療に取り組んでほしい。緩和ケアについて知っているのと知らないのとでは、全然対処が違ってくるはずですから。

※注1:「PDQ」は、米国国立がん研究所(NCI)の登録商標です。

(聞き手:佐原加奈子)

がんナビでは、「患者・家族のためのがん緩和マニュアル」から一部の章を、連載としてお届けします。

この記事を友達に伝える印刷用ページ