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レポート

2010/5/24

臨床試験に参加した患者、辞退した患者の本音とは

「同意」の裏に横たわる様々な思い

 英国ではオックスフォード大学の研究者によって「DIPEx(Database of Individual Patient Experiences)」と呼ばれる患者の語りデータベースがウェブ上で公開されており、そこには臨床試験についての語りも収録されている。この体験者の語りから臨床試験のあり方、さらには患者参画の可能性を考えようと、日本版・患者の語りデータベースを運営するNPO法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」が英国から関係者を招き、4月10日、東京大学薬学部総合研究棟で公開シンポジウムを開催した。



臨床試験への参加動機で1番多かったのは「個人的利益」

写真1 ルイーズ・ロコック氏は「臨床試験の協力者に患者の語りサイトを紹介し、参加の決断をする際の参考にしてもらうこともできる」と、その活用法を提示した。
 第1部では、オックスフォード大学健康体験リサーチグループ副ディレクターのルイーズ・ロコック氏(写真1)による講演「臨床試験の個人的な体験〜質的研究とウェブサイトのための新しい社会資源」が行われた。

 ロコック氏は、DIPExの臨床試験分野の責任者として、42人の患者にインタビュー調査を行った人物。講演では、ビデオクリップに収められた患者の語りを通して、これまでほとんど表に出てこなかった臨床試験にまつわる患者の体験や思いを紹介した。中でも同氏が印象的な出来事として挙げたのが、臨床試験に参加した患者の動機だ。

 過去の質的研究から、患者の参加動機は「医学の発展や他人の役に立ちたい」というものが多いことが知られていたが、今回のインタビューでは、そのような動機は少数だった。むしろ多かったのは、「新しい治療を受けられる」「丁寧に診てもらえる」「最後の手段なので、何でも試したい」など、個人的な利益だったという。

 このような患者の声を受け、ロコック氏は「臨床試験のリーフレットには、参加によって患者が得られる利益について、医学の発展に貢献することや他人の助けになることばかり記載されているが、個人的な利益についても触れてもよいのではないか」と提案した。

 インタビュー調査は、臨床試験に参加しなかった患者や臨床試験を途中で中止した患者にも行われたので、参加を見合わせた人たちの理由も明らかになった。ロコック氏は「副作用への不安がある」「自己注射など介入の負担が大きい」「臨床試験の担当者が承諾もなしに自分の情報をかかりつけ医に話した」などの理由のほか、「患者向けリーフレットの内容が難しすぎる」、「他国で既に科学的に証明されている薬剤の効果を再確認するためにプラセボを服用することに納得できなかった」といった語りがあったことも紹介した。「試験への参加を見合わせる理由一つとっても、そこにはさまざまな患者の体験や思いが横たわっている」とロコック氏は強調した。

参加者の多くが結果のフィードバックを望んでいる
 さらに、ロコック氏は、臨床試験に対する患者の理解度について医療者側に誤解があることも指摘した。

 医療者は、患者が臨床試験の同意書にサインした時点で、その内容について十分に理解し、納得した上で参加することを同意していると思いがちだ。しかし、ロコック氏のインタビューでは、「ほとんどの人は何を目的とした試験なのかを説明できたが、理解の程度には差があり、比較試験であることを分かっていなかったり、自分には特別な薬が試されていると思い込んだりしている人もいた」という。

 また、「医師を信頼して臨床試験の治療を任せたい」という患者もいて、そこには「情報を全部知りたくない」という複雑な感情が絡んでいることがうかがえた。その半面、ほとんどの患者が「臨床試験の結果がどうなったのかを知りたい」と望んでいることも分かった。

 こうした患者の実態を踏まえた上で、ロコック氏は、臨床試験を実施する側には患者の理解を深める努力がさらに必要であり、もっと積極的に結果をフィードバックすることによって臨床試験に協力してくれる患者が増える可能性があることも示唆した。

患者にとってその臨床試験が本当に必要か?

写真2 パネルディスカッションでは、患者の立場の参加者から、臨床試験そのもののあり方についても様々な質問や意見が寄せられた。
 第2部のパネルディスカッションでは、東京大学大学院特任教授の津谷喜一郎氏を座長に、厚生労働省治験推進室長の佐藤岳幸氏、乳がん患者団体「イデアフォー」世話人の中澤幾子氏、ディペックス・ジャパン理事長の別府宏圀氏をパネリストに、日本における臨床試験への患者参画の可能性と課題について話し合われた(写真2)。

 まず、佐藤氏が日本の治験をめぐる状況を解説。1998年に「医薬品の臨床試験の実施基準」(新GCP)が全面施行されて以来、治験の空洞化が続いていたが、国は2007年に「新たな治験活性化5カ年計画」を策定し、治験の推進に乗り出している。佐藤氏は、「国民に治験について正しく理解してもらわないと先に進めない。そのためには情報公開と啓発活動に力を入れる必要がある。特に、臨床試験の結果を参加者にどう伝えるかが今後の大きな課題になる」と話した。

 これに対し、患者の立場から発言した中澤氏も「社会全体が臨床試験を理解しない限り、誤解の上に成り立った臨床試験が続く」と、同様の懸念を示した。同時に「一般の人に正しい知識を伝える際には、被験者になるよう誘導するような伝え方ではなく、公平な立場での情報提供であってほしい」と強く求めた。

 イデアフォーでは以前、乳がん患者を対象とした術後化学療法の比較試験の中止を求めたことがある。そのときの経験を踏まえ、中澤氏は「患者にとって、その臨床試験が本当に必要なものかどうかを検討するには、計画の最初の段階から患者が参画することが大事だ」と指摘した。そして、「患者が参画できるシステムでなければ、患者主体の臨床試験は実現できない」と、行政関係者に訴えた。

 別府氏は「科学や医学は人類共有の財産であり、透明性や公平性が大切だ」と、特に利益相反の観点から、エンドユーザーである患者が臨床試験のあらゆる段階に参画することの重要性を強調した。そして、「患者や医療消費者(筆者注:将来患者になる可能性のある一般の人で、他分野の専門家を含むこともある)が主体的に関わるためには、患者・医療消費者の立場に身を置きながら、自然科学や医学、社会学、倫理学といった様々な知識をもとに医療専門家と対等に議論できる人材(Lay Person)を育成していかなければならない」と示唆した。

臨床試験も患者と協働しながら進めていく時代に
 討論の中では、患者参画に共通する諸問題――代表性(どのような人に参画してもらうのか)や透明性(誰もが納得できる患者代表の選び方)、専門性(患者・医療消費者に求められる専門性とは何か)についても熱い議論が交わされ、臨床試験に患者が参画するには、患者参画の仕組みそのものを検討しなければならないことも再認識された。

 この公開シンポジウムには、臨床試験を実施する研究者や医療関係者が多く参加しており、フロアからは「研究計画やリサーチクエスチョンだけでなく、倫理審査委員会にも患者の声を反映させることで、よりよい臨床試験を実施できるのではないか」「漢方薬など伝統医薬に対する患者の語りも臨床に役立つと思う」といった意見も寄せられた。

 英国の事例ではあるものの、臨床試験に対する患者の語りに実際に触れることによって、「これからは臨床試験も患者と協働しながら進めていかなければならない」という新たな認識が参加者の間では生まれたようにも感じた。公開シンポジウムを主催した、健康と病いの語りディペックス・ジャパン事務局長の佐藤(佐久間)りか氏は「ゆくゆくは日本でも臨床試験に対する患者の語りデータベースを構築したい」と話している。

(渡辺千鶴=医療ライター)

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