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レポート

2010/4/20

“お涙頂戴もの”ではない、元気になるがんの物語

舞台公演『沈まない夕陽』が患者支援団体とのコラボで実現

 がん患者支援団体の「NPO法人キャンサーネットジャパン」(以下、CNJ)と若手演劇人の集団である「劇団漂流船」のコラボレートによる舞台公演『沈まない夕陽』が、3月25日から28日までの4日間、東京・笹塚ファクトリーで上演された。人情味あふれるストーリーには、がん患者が直面する問題をはじめ、家族や地域のきずな、人が助け合うことの大切さなど、さまざまなメッセージが織り込まれた。



がんがテーマでも観客が元気になれるハッピーエンドに

写真1 『沈まない夕陽』の上演ポスター
 物語の主人公はプロボクサーの妻とその家族――。卵巣がんに侵された妻は、真実をひたすら周囲に隠し続けている。治療費を捻出(ねんしゅつ)するために、夫がボクシングを辞め、安定した仕事に就くことを恐れているからだ。頑として治療を受け付けない妻に担当医が紹介したのは、ある患者支援団体だった。

 その患者支援団体のサポートの下、治療に伴う経済的な問題を解決した妻は、手術を受け、卵巣がんを克服する。そして夫も、応援してくれる家族や町の人々の熱い思いを背にリングに上がり、敗れはしたものの、人の絆や助け合いの大切さを実感するというハッピーエンド・ストーリーだ。

 「がんをテーマにしたフィクションは、最後に患者が亡くなり、とかく“お涙頂戴もの”になってしまうが、観客が元気になれるような物語にしたかった。この点に関しては、劇団漂流船の主宰者で脚本と演出を担当した井田國彦さんと意見が一致した」と、CNJ事務局長の柳澤昭浩氏は振り返る。

 柳澤氏と井田氏の出会いは、約1年前にさかのぼる。CNJが製作した子宮頸がん啓発のDVDの演出を、井田氏が手掛けたことが縁になった。「少しでも理解した上で演じてほしい」と、20代の若い俳優に子宮頸がんの原因や予防の重要性について熱心に語り掛ける柳澤氏の姿に、井田氏が心を動かされた。

 「知ることで変わることがある――。そして、それを伝える力がエンターテイメントにはある」と確信し、これまでもメッセージ性のある作品を作り続けてきた井田氏は、柳澤氏にがんの支援をテーマにした演劇の上演を提案した。こうして、井田氏が脚本を書き、CNJが医学や医療制度にかかわる部分を監修し、劇団漂流船の若い俳優たちが演じるというコラボレートが実現した。

高額療養費などについて俳優が説明する一幕も

写真2 オープニングとエンディングでは、激しいリズムに乗って俳優たちがダンスを披露し、エンターテイメント性も十分(中央:主人公の娘、左:看護師、右:商店街の人)(photo:古川裕也)


写真3 がんと闘う決意をした妻の思いに応え、夫は再びリングに上がった(photo:古川裕也)
 舞台の中では、「高額療養費」や「限度額(適用)認定証」といった専門用語がポンポン飛び出し、患者支援団体のスタッフを演じる俳優が、その制度について説明する一幕も。費用や就労など、治療以外にもがん患者が直面する問題があることを、多くの人に伝えたいという柳澤氏の思いを井田氏が汲み取り、脚本に反映させた。

 さらに井田氏や若い俳優たちは、舞台を作り上げていく上で、リアリティーを出すことにも徹底的にこだわった。患者や医師、看護師、患者支援団体のスタッフを演じる俳優は、がんに関するさまざまな資料を読み込み、自分の役作りに生かした。また、公演が幕を明けてからも、柳澤氏の意見を参考にしながら現実と違和感がある部分を修正していった。

 劇団の舞台にかける情熱に触れ、柳澤氏は「彼らの迫力に圧倒された。俳優の中には、親や兄弟姉妹をがんで亡くした人もいると聞いて“がんのことをもっと知ってほしい”という気持ちは、僕ら患者支援団体と変わらないという一体感を共有できた」と話す。

 井田氏も「演劇人は自分の好きなことだけをやっている人種と見られがちで、一般社会に対する引け目がある。しかし、今回の舞台を通して、若い劇団員たちは“自分が演じることが社会貢献につながる”という大きな手応えを感じたようだ」と振り返る。

演劇とのコラボレートに啓発活動の新たな可能性を見出す

写真4 医療監修に協力したCNJの柳澤昭浩氏(左端)と藤原麻子氏(右から2番目)。井田國彦氏(右端)が脚本、竹本孝之氏(左から2番目)が音楽を担当した。
 この両者の思いは、観客にも十分に伝わったようだ。公演終了後、劇団漂流船には「勇気が出た」、「がんは治る病気だと再認識した」、「こんなに物事がうまくいくはずがないと思いながらも感動した」など、さまざまな感想が寄せられた。

 観客のこんな反応に、井田氏は「現実にありえないことでも平然とやってのけられるのが演劇の良いところ。“こんな世の中になればいいな”と人々が願っている形を見せることが、前向きのエネルギーを生んだり、現実を変えるきっかけになったりするのだと思う。人間関係が希薄な社会で、助け合いの大切さをテーマにした、この作品は非常にベタな物語だが、人々がそういうものを強く求めていることを改めて認識した」と語る。

 一方、柳澤氏は、がんの啓発活動において演劇とのコラボレートに新たな可能性を見出している。「僕たちが普段働き掛けている層とは明らかに異なる層の人々に、がんの情報を正しく伝えることができた。がんに対する誤解や偏見をなくすためには一般の意識も変えることが必要で、その手段の1つとして演劇の効果は大きい」と期待する。

 劇団漂流船の劇団員たちも「がんの啓発活動には積極的に協力していきたい」と意欲を見せる。井田氏によれば、『沈まない夕陽』の舞台セットは、地方公演もできるように2トントラックに積み込めるサイズであらかじめ製作したのだという。

 柳澤氏は、『沈まない夕陽』の再演に向け、助成金の申請やスポンサーの募集、受け入れ先探しなどの検討を始めた。「患者支援団体が単体で主催者となるのは資金的に難しいが、地域を巻き込めば上演も可能だと思う。とても良い作品に仕上がっているので、一般の人々への啓発活動のツールとして活用してもらえるとうれしい」と呼びかける。

 柳澤氏からこの話を聞いた患者支援団体の運営者の中には「自分の地域でも上演したい」と、自治体に働き掛ける動きも出ているそうだ。患者支援団体と演劇集団――。がんの啓発活動において、全く異なる分野の協働作業が今後どのように発展し、実を結んでいくのか楽しみである。

(渡辺千鶴=医療ライター)

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