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レポート

2010/4/12

子宮頸がん国際会議レポート(2)

どうすれば公費助成制度を導入できるか、他国に学ぶ

 昨年12月から、日本でも子宮頸がんを予防するHPVワクチンの接種が始まった。だが、高額な費用の全額を個人が負担しなければならないため、家庭の経済的負担は重く、ワクチン接種普及の大きな壁となっている。一方、世界の先進国では、2007年からHPVワクチンの接種費用を公費で助成する国が増え、現在その数は26カ国に上る。これらの国では、どのように決定されたのか。今年2月、モナコ公国で開催された世界最大の子宮頸がんの学会「EUROGIN」で、数カ国の専門家に聞いた。



世界初の公費助成国・オーストラリアでも議論は沸騰
 世界で最初に政府による公費助成プログラムを導入した国は、オーストラリアだ。2006年11月、政府がHPVワクチンを推奨する通知を出し、翌年(2007年)4月から優先接種年齢の12〜13歳女子に加え、13〜18歳の女子にHPVワクチンを学校で無償接種するとした。さらに、19歳〜26歳までの女性は、かかりつけ医の下で、やはり無料で受けられるようにした。

 つまり、12歳から26歳の女性全員が個人負担なく接種を受けられる体制を作ったことになり、これは現在、公費助成している国々の中でも、大変手厚いといえる。ただし、それらのプログラムは09年末に終了し、現在では12〜13歳の中学生だけを対象に、学校で無償接種している。

 オーストラリアでHPVワクチンが積極的に政策導入された背景には、同国のクイーンズランド大学教授のイアン・フレイザー氏(Ian Frazer M.D.)がワクチンの開発に貢献したことが大きいといえるだろう。フレイザー氏は、2006年、第1号HPVワクチンを自分の娘に接種する模様を全豪に向けてテレビ中継し、同年の「オーストラリアン・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれた。


マリアン・ピッツ氏
 だが、そんなオーストラリアでさえ、ワクチンの公費助成導入には時間がかかったという。メルボルン市にあるトローブ大学教授で、「性と健康と社会についてのオーストラリア研究センター」のディレクターでもあるマリアン・ピッツ氏(Pitts Marian,MD)は、「公費助成プログラムを成功させるポイントは、政府の最高機関による決定だ」と言う。

 ピッツ氏によると、最初にワクチンの公的助成を薬事ライセンス委員会に求めたところ、「あまりにも金額が高すぎる」と却下され、管轄の保健高齢化省大臣からも反対意見が出されたという。ところが、この事態を知った国民が抗議。「特に女性のグループが熱心に動きました。その結果、最終的に首相は、世論に突き動かされるような形で決定を下したのです」とピッツ氏は振り返る。

 とは言え、すべての国民がワクチン導入に賛成したわけではない。当然、反対意見を表明する人もいた。オーストラリアでは、あらゆるワクチンプログラムに反対するグループと、宗教やモラルの観点から反対するグループの2つが存在するという。「前者は、ワクチンのネガティブ情報をすべて公開するよう求めました。とてもエネルギッシュに活動しています。後者は、ワクチン接種の普及が性行動を早めることを懸念すると主張しました。ところが私たちの調査の結果、ほとんどの家庭では、そのような性のふるまいではなく、ワクチンの効果と安全性について心配していたことが分かったのです」とピッツ氏は言う。この調査結果も、公費助成プログラムの導入の一助になった。

スペインでも反対意見を抑え込み公費助成を導入
 ヨーロッパの例も紹介しよう。スペインは欧州の中でも比較的早い時期、2007年10月から国費助成による接種を始めた。接種勧奨年齢は11〜14歳としているが、何歳に接種するか、2種類のワクチン(*1)のどちらを使うかといった具体的なワクチン接種プログラムは、地方(州)自治体が決定している。例えば、スペインの首都マドリードでは14歳の女子を対象にかかりつけ医が接種している。第二都市のバルセロナでは12歳の女子に対して学校で接種を実施している。

 婦人腫瘍学の医師で、細胞診断学にも詳しく、スペイン政府の医学・医療分野の顧問を務めるハビエル・コルテス・ボルドイ氏(Javier Cortes Bordoy,MD)に、どのように公費助成を導入したか、その経緯を話してもらった。


ハビエル・コルテス・ボルドイ氏
 スペインでも、オーストラリア同様、かなり議論が交わされたという。「スペインでも日本でも、どの国であっても、またそれが10年後、15年後の医療費を減らすための投資であると分かっていても、今できれば高額な予算は計上したくないのが本音でしょう。でも、ワクチンは2種類とも、既に医療経済学的な費用対効果が立証されていましたから、『たとえ、初期コストがかかっても、十分、金額に見合う』と政府に訴えました」。

 WHOも「子宮頸がんとその他のHPV感染症は世界の健康問題。ワクチンは最も効果的な手段である」と発表している。「各国はこの事実を重く受け止め、公衆衛生の政策として取り入れなければなりません」とボルドイ氏は言う。

 スペインでも反対意見は出たという。特に、「薬には頼らない」という自然主義派が強く反対した。医師からも異議が唱えられた。これに対して、ボルドイ氏は説明する。

 「ワクチンだけでなく、新しい薬を導入するときは、毎回、議論になります。スペインでは、以前、ポリオ、風疹、麻疹(はしか)などをワクチン接種のプログラムに組み込む際にも大きな議論になりましたが、今回の子宮頸がんはそのとき以上でした。HPVワクチンは、接種を受けたからといって、ポリオなどの感染症のように、すぐ結果が表れないからです」

 ボルドイ氏は「スペインでは、子宮頸がんの検診に、毎年1億4700万ユーロ(1ユーロは約130円)をかけている。細胞の異形成や前がん病変を見付けることは、その後の子宮頸がん発症を予防する大きな鍵であることが証明されているからだ」ともいう。ボルドイ氏らは、HPVワクチンの有効性を証明した多数の研究によるエビデンスと、ワクチンが世界120カ国の医療機関で使われており安全性が確認されていることを示し、国を説得した。

 さらにスペインでは、ワクチンの優先接種対象でない女子はどうするのかについて、何度も話し合いが行われたという。オーストラリア、アメリカ、カナダでは、優先接種年齢の女子以外も、13、14歳から25、26歳までは公費接種の対象とした。だが、スペインやドイツはこのシステムを取り入れていない。「ヨーロッパでも国ごとに解決策は異なります。例えば、優先接種年齢ではない女性には、全額は難しくてもフランスのように費用の約6割を助成している国もあります。でも、スペインでは、そういったシステムは導入できませんでした」とボルドイ氏は残念そうに語った。

 このようにインタビューしてみると、どの国でもスムーズにワクチンの公費助成が決まったわけではないことが分かった。公費助成導入国の共通点、それは「国のリーダーの決断力にある」と言える。

*1)2種類のワクチン
現在、世界で発売されているワクチンには、子宮頸がんを発症させるHPV16・18に対して予防効果が見られる2価ワクチンと、HPV16・18に加えて良性の尖形コンジローマを発症させるHPV6・11にも予防効果が見られる4価ワクチンがある。

日本の経済的な医療費削減効果は約190億円
 日本では、35自治体が公費助成の実施を決定している(4月7日現在)が、国費導入の動きはない。

 どうして日本では、政府は一歩前に踏み出せないのか。

日本国内における予防接種には、(1)定期接種(予防接種法に基づき、接種の努力義務が課せられている。対象年齢の接種費用が公費助成によって無償)、(2)任意接種(希望者が受ける。全額個人負担)があり、現時点でHPVワクチンは任意接種とされている。 まず、第1に医療費の財源が乏しいことが挙げられる。だが、ボルドイ氏がスペイン政府を動かしたワクチンの費用対効果は、既に日本でも立証されている。自治医科大学付属さいたま医療センター産婦人科教授の今野良氏らが研究し、2008年に発表した。

 今野氏らが用いたのは、優先接種年齢の12歳女子ほぼ全員の58万9000人(2006年総務省の人口推計年報による)にワクチンを接種し、全員が子宮頸がんを含む病気にかかって95歳までに死亡するという数学的モデル。その数式に当てはめ、接種しない場合の「子宮頸がんなどの治療に要した費用(前がん状態、および、がんで診断された場合の検査・治療などの費用)」と「間接的費用(病気にかかることによって生じる労働損失、死亡損失、社会経済的な影響などの費用)」について試算し比較した。

 その結果、優先接種年齢の12歳女子58万9000人にワクチンを接種した場合は、子宮頸がんなどの治療に要する費用が約170億円(約34%)節約され、さらに、間接的費用は約230億円(約73%)抑えられることが示された。合計で約400億円の医療費削減になる。一方、ワクチンの3回接種分費用を3万6000円と仮定した場合、約210億円の支出が必要になる。つまり、400億円から210億円を引いて、約190億円の医療費削減が期待されると推計された。現在の接種費用は、この試算時よりも高額だが、それでも費用対効果は認められるだろう。

 今野氏らは、経済的な効果に加えて、子宮頸がんの発生者数および死亡者数をどれだけ減らすかも試算している。それによると、発生者数は約73.1%(5087人→1370人へ)、死亡者数も約73.2%(1774人→476人へ)抑えることが示された(「日本人女性における子宮頸がん予防ワクチンの費用効果分析」、産婦人科治療、2008年)。

ワクチンの「無過失補償・免責制度」の導入検討も必要
 日本でHPVワクチン公費助成を導入するためには、歴史的な課題をクリアするシステム作りも急務である。日本では、かつて予防接種ワクチンの副作用による集団訴訟があり、最高裁判所の判決で国が敗訴した。このため、いまでもワクチン行政に慎重にならざるをえないのだろう。どんなにワクチンの安全性が高いとエビデンスが出ていても、未知のまれなる副反応について、完全に否定できるわけではない。

 この点について、前内閣府特命大臣付、元厚生労働省大臣室政策官の村重直子氏は、日本の医療システムの課題をこう指摘する。「欧米では誰でも多くのデータベースにアクセスできますが、日本では薬やワクチン、医療機器に関するデータベースが公開されていません。これでは、継続的にワクチンの副作用をモニタリングしながらリスクとベネフィットを判断することができない。とても公費助成には踏み切れないことでしょう」。さらに、村重氏は健康被害に対する日本の補償制度についても不備があると言う(下囲み参照)。

 日本にHPVワクチンの公費助成制度を導入するためには、これらの課題についても、国民を交えて議論していく必要がある。

※ワクチンによる健康被害に対する日本の補償制度の問題点

 日本の予防接種法で定期接種に認定されているワクチンについては、健康被害があった場合の補償制度が整っている。だが、HPVワクチンのような任意の接種はそれに該当しない。

 任意接種の場合、ワクチンメーカーからの拠出金を財源とする「医薬品副作用被害救済制度」(医薬品医療機器総合機構)の適用となるが、この制度は定期接種の場合や訴訟した場合と比べて補償額に差がありすぎるとの指摘がある。

 「現状では、誰かの過失の有無や、定期接種か否かという制度の違いによって、被害者が受け取る補償額が異なる。これでは不公平感が残り、納得できないだろう。そもそも、補償金というのは、被害の程度に応じて金額を決定する方が公平ではないでしょうか」と前内閣府特命大臣付、元厚生労働省大臣室政策官の村重直子氏は語る。

 このような問題は、かつて諸外国でも起っていた。アメリカでは国民が議論した結果、「無過失補償・免責制度」を導入することになった。この制度では、被害者に「補償金を受け取らず、国やメーカー、医療者の責任を追及するために訴訟を起こす」、あるいは「被害者は補償金を受け取る。その代わり、訴訟は起こさない(「免責」として責任を問わない)」という選択権がある。国やメーカーではなく、患者の視点に立って支え合う制度だ。裁判よりも手続きの費用が安く早いため、この制度を導入した国では、ほとんど訴訟が起こらなくなったという。


(福原麻希=医療ジャーナリスト)

《訂正》
2010.4.13に以下を訂正しました。
・ボルドイ氏のコメント中で「細胞の異型性」とありましたが、正しくは「細胞の異形成」でした。訂正いたします。

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