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2010/2/16

乳がん患者43人の「語り」をウェブ上で公開

同じ病気と向き合う人の助けに

 昨年12月、NPO法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」のウェブサイトに、乳がん患者43人が自らの闘病体験を語った映像や音声が公開された。この公開を記念したフォーラムが1月31日、東京・田町の女性と仕事の未来館で開催。医療従事者や研究者、医学生、看護学生らとともに、がん患者や家族も多数参加し、患者の「語り」に託す思いが話し合われた。



400を超える語りの映像クリップを公開
 患者の「語り」は、同じような状況に置かれた人々が病気と向き合うときの大きな助けになるとして、近年、ヨーロッパやオセアニア各国を中心に体系的に集積する動きがみられる。病気の体験者が健康や医療に対して何を感じ、何を求めているのかを広く知ることによって、よりよい医療の提供に役立てようとするこうした試みは、NBM(Narrative Based Medicine:当事者や体験者の語りに基づく医療)と呼ばれ、EBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づく医療)と車の両輪のようにも例えられている。

 日本でも、2007年から厚生労働省の「がん患者の語りデータベース」研究班(研究代表者:大阪府立大学看護学部講師・和田恵美子氏)によって、乳がんと前立腺がんの分野で「語り」のデータベース化が進められてきた。モデルとなっているのは、2001年に英国オックスフォード大学の研究者たちが立ち上げたDIPEx(Database of Individual Patient Experiences)と呼ばれる患者体験のデータベースだ。

 フォーラムの前半では、和田氏が理事を務めるNPO法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン(以下、ディペックス・ジャパン)」の事務局長で、同研究班のメンバーとして今回のプロジェクトをともに進めてきた佐藤(佐久間)りか氏が、乳がんの語りのウェブサイトを中心に研究班の活動を紹介した。

 研究班では、データベースの構築にあたり、オックスフォード大学の手法を採用。専門の訓練を受けたインタビュアーが、がん体験者の自宅に出向き、病気にまつわるエピソードを自由に語ってもらい、その様子を録画した。収録は1回で2〜4時間かけて行われたという。


写真1 フォーラム会場の様子。参加者190人のうち約3分の1は、がん患者や家族関係者だった。
 語りを収集する際には多様性を重視。病気の進行度をはじめ、治療法や生活環境、家族構成など、さまざまな背景を持つがん体験者に、患者団体や医療機関などを通じて協力を依頼した。その結果、乳がんでは20代〜80代の50人、前立腺がんでは50代〜80代の49人と幅広い年齢層の協力を得られ、地域も北海道から沖縄まで全国に広がった。

 こうして集めた一人ひとりの体験者の語りは、インタビュアーがていねいに分析し、乳がんの場合は体験者43人分のインタビューから400を超える映像クリップを編集。それらの映像クリップは、利用者が関心のある項目から自由に閲覧できるよう「診断時の年齢」と「トピック(発見、治療、再発・転移、生活)」別に整理されて公開されている。佐藤氏は「もっと使いやすくなるようトピックの項目を追加・拡充し、キーワード索引も付ける予定です」と話した。

 乳がんの残り7人分の語りは、分析と編集が終わり次第、順次公開される。また、前立腺がん体験者の「語り」は、3月から一部の公開が始まり、本格的な公開は5〜6月になる予定。2009年度から3年計画で「認知症本人と家族介護者の語りのデータベース」プロジェクトもスタートしている。

語ることによって体験者本人も癒される
 フォーラムには、50人以上のがん患者や家族が各地から来場し、この取り組みに対する患者や家族の関心の高さをうかがわせた。後半のパネルディスカッションにはインタビューに協力したがん体験者も登壇し、データベースへの期待や要望を語った。

 乳がんのインタビューに協力した三好綾氏は、27歳のときに若年性乳がんを発症。同世代の患者に出会えず、孤独を感じながら闘病を続けた当時の状況を振り返り「このサイトには同じ患者だからこそ分かり合えるリアリティのある言葉がぎっしりと詰まっています。私は一人ではないという安心感を得られるので、告知されたばかりの患者さんにぜひ見てほしい」と呼び掛けた。

 患者の家族や医療従事者に対しても、「ウェブサイトを通じて多くのがん患者の体験を知ることで『患者の心』を理解し、患者に寄り添うための材料にしてほしい」と語った三好氏は、同時に、「体験を語ることによって自分自身が癒されたり、闘病生活や家族関係を見つめ直す機会になったりしたことに驚いた」と、協力する体験者にとっても意外な効果があることに触れた。


写真2 パネルディスカッションには乳がんと前立腺がんの協力者も登壇し「患者の語り」に対する思いを述べた。
 一方、前立腺がんの体験者である武内務氏は、「標準治療を受けられず苦労の末にたどり着いた放射線治療の経験を、同じ状況に置かれている患者に伝えたい」との思いからインタビューに協力した。その一方で、武内氏は30年前に実父ががんを患ったときにモルヒネを使わせず後悔した思いや、実母に自分のがんを告白できなかった体験も持っていた。「語り」のインタビューを受けた際、こうしたがんにまつわるさまざまな思いが十分に語れず、治療体験が中心になってしまったという。

 武内氏は自身のインタビュー経験を踏まえ、「それぞれのがんの物語には、病名の分類だけでは抜け落ちてしまうような経験も多いと思います。こうしたモジュール化しにくい体験を今後どのように扱っていくのか、検討すべき課題の一つして考えてほしい」と要望した。

 また、会場の参加者からは「インターネットにアクセスできない人も閲覧できるように、保健所や図書館など公共施設と連携してはどうか」といった提案も寄せられた。

医療関係者への教育的効果も期待
 パネルディスカッションでは、東北大学大学院医学系研究科教授の佐藤冨美子氏が「患者の語り」を看護基礎教育に活用した経験を発表。この取り組みに対し、会場のさまざまな立場の人から賛同の声が上がった。

 さらに「医学生や看護学生だけでなく、医師や看護師をはじめ医療従事者の生涯教育にも利用してほしい」との意見も出た。研究班では、患者へのアドボカシー(患者の味方となってその権利や利益を守るために活動すること)だけでなく、医療関係者への教育的効果も期待できることから、語りの映像クリップを用いた教材開発にも着手している。

 ただ、研究班としての活動は2009年度で終了するため、データベースの管理や運営、教材開発などはディペックス・ジャパンに引き継がれる。「患者の語る体験や知恵が臨床に真に生かされ、医療を変える一つの原動力となるためには、この組織が多くの市民や医療関係者のチャリティーによって支えられる公共団体として発展していかなければなりません」とディペックス・ジャパン理事長の別府宏圀氏は今後の課題について語った。

 ディペックス・ジャパンでは、同団体の目的に賛同し、この活動を支援してくれる会員やボランティア、インタビューに協力してくれる体験者を募集している。詳細はディペックス・ジャパンのウェブサイト「参加する・支援する」まで。

(渡辺千鶴=医療ライター)

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