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レポート

2010/1/19

人工尿道括約筋の埋め込み術が日本で再開


東北大の荒井陽一氏。「重度尿失禁は前立腺手術の後遺症として生じることが多いので、医師として何とかしたい」。
 前立腺全摘術の増加とともに、後遺症の尿失禁に悩む患者が増え続けている。海外で重度尿失禁の標準治療として普及している人工尿道括約筋の埋め込み術が、日本で新機器の承認で2年ぶりに再開された。

「男性の重度尿失禁治療のゴールドスタンダードは人工尿道括約筋の埋め込み術。海外では教科書にすら書かれているのに、日本では普及が遅れている」と語るのは、東北大泌尿器科教授の荒井陽一氏。

重度尿失禁の唯一の治療法
 人工尿道括約筋はシリコン樹脂でできた医療機器(写真1)。尿道に巻き付けたカフを尿道括約筋の代わりとして用い、手動でカフを弛緩させて排尿を制御する(図1)。

写真1 人工尿道括約筋

電子部品を利用せず、手動で駆動する(提供:AMS社)。
 米国では30年以上前から、この機器の埋め込み術による尿失禁治療が行われており、前立腺全摘術後患者の約3%が手術を受けているというデータもある。また、欧州やアジア諸国などにも普及している。世界で唯一の供給会社で同機器を開発した、米国のアメリカン・メディカル・システムズ社(AMS社)によると、これまでに治療を受けた患者は、全世界で13万人に上る。

 人工尿道括約筋の治療対象となるのは、尿道括約筋の機能低下から尿失禁となった男性患者だ。尿失禁の手術としては、ほかに尿道を恥骨側に人工のテープで吊り上げるスリング術がある。スリング術は女性の尿失禁では重度でも効果が確認されている。一方、「男性の場合、中等度であればスリング術で対応できる可能性があるが、重度の場合には難しい」(荒井氏)。

図1 人工尿道括約筋による排尿制御
カフ、コントロールポンプ、圧力調整バルーンからなり、すべて体内に埋め込まれる。尿意を感じた際に、陰嚢内に埋め込んだコントロールポンプを皮膚の上から押して、排尿する。

新機器の承認で治療が再開
 実は、人工尿道括約筋埋め込み術の国内の歴史は比較的古い。AMS社の人工尿道括約筋の旧モデルは1990年に薬事承認され、93年から先進医療の認可を受けていた。しかし、日本人向けに改良した新モデルを薬事承認申請したこともあり、2007年から約2年間、国内供給が停止していた。昨年9月に、新モデルの薬事承認が下り、国内供給が再開。「新モデルの承認を待っていた患者が多数存在する」(荒井氏)。

図2 人口尿道括約筋を術後不具合なく継続できている割合
 人工尿道括約筋の埋め込み術は全身麻酔下で行うが、「手術の所要時間は1〜2時間。入院期間も1週間弱」(荒井氏)と、患者への負担は少ない。また、感染や機器の初期不良さえなければ、「20年でも継続利用できる」(荒井氏)。実際、荒井氏らの国内調査からも、10年間継続利用している患者の割合が7割を超えるというデータが出ている(図2)。

 患者の満足度も高い。治療後患者へのアンケートから「社会生活に支障がない」と回答した割合は91.4%に達していた。ただし、完全に尿失禁が治癒した患者の割合は46.6%。荒井氏は、「失禁が残っても、1日に1枚のパットで対応できる程度の軽度であるため、満足度が高いのだろう」と分析する。

増え続ける尿失禁患者
 荒井氏らは、国内における尿失禁の現状を把握するため、08年に全国的な実態調査を、日本泌尿器科学会が認定している泌尿器科教育施設1202施設を対象に行った(回収率56.7%)。その結果、オムツを必要とするような中等度から重度の男性尿失禁患者は日本全体で2235人、07年1年間の新規患者数は358人と推計された。

 中等度から重度尿失禁の原因として過半数(59.1%)を占めるのは、前立腺癌による前立腺全摘術。続いて神経因性膀胱が23%、前立腺肥大症手術が1割程度を占めていた。

 一方、泌尿器科学会の別の調査では、04年1年間の前立腺全摘術は1万5580件。PSA検診の普及とともに前立腺癌患者数は増加を続けており、「現在では、年間2万件は全摘術が行われているだろう」と荒井氏は推測する。

 通常、前立腺全摘術後の患者のほぼ全員が尿失禁を生じるといわれている。ただし、時間の経過とともに失禁は改善され、ほとんどの患者は治癒する。また、骨盤底筋体操や尿道コラーゲン注入、抗コリン薬やβ刺激薬などの薬物療法が効果を示す患者もいる。

 ただし、「全摘術後患者のうち1〜3%程度に、体操や薬物療法などの治療が無効な尿失禁が生じてしまう」(荒井氏)のが現状だ。そのような尿失禁患者は尿道括約筋が機能せず、膀胱に尿をためることがほとんどできない。そのため、オムツに依存した生活となり、「ほとんどの患者が家に引きこもってしまう」(荒井氏)。このような患者にとって、人工尿道括約筋の埋め込み術は唯一の治療法となる。

学会が保険適用を要望
 ただし、同治療法は現時点では先進医療。埋め込み手術と機器の費用約170万円は患者の全額自己負担となる。先進医療の枠組みでは、手術を希望するすべての患者が治療を受けることは難しそうだ。

 また、先進医療として埋め込み術の施設認定を受けている医療機関は、原三信病院(福岡市博多区)、東北大病院、北大病院、北里大病院の4施設に限られる(09年12月18日現在)。

 荒井氏は、「早急に保険適用されるよう働きかけたい」と力を込める。荒井氏を中心に、日本泌尿器科学会は人工尿道括約筋認可推進委員会を設け、学会として保険適用を国に求める活動を開始している。

(小板橋 律子=日経メディカル)

※日経メディカル2010年1月号トレンドビュー「尿失禁に人工尿道括約筋」を一部改変


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