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レポート

2009/10/20

傷の長さが5分の1

肝がん患者を助ける生体肝移植ドナーの負担を減らす腹腔鏡補助下肝切除

 肝細胞がんの治療法の一つである生体肝移植において、肝臓を提供するドナーは健康な人だ。そのため「できるだけドナーの負担が軽い手術を安全に提供したい」と話す岩手医科大学医学部外科教授の若林剛氏らは、通常行われる開腹手術に比べて手術の傷が小さく、出血量や手術時間などの面でも負担が少ない「腹腔鏡補助下肝切除術」でドナーの手術を行っている。現在まで合併症は1例も発生しておらず、ドナーの満足度も高いという。




出典:「わが国における肝移植」肝移植症例登録報告、日本肝移植研究会、2006年から改変
 生体肝移植が行われるようになって約20年が経過、移植数は年々増加し、2005年末までに累計3783例を数えた(図)。対象となる疾患には、胆道閉鎖症や原発性胆汁性肝硬変などに並び、肝細胞がんがある。肝細胞がんに対する生体肝移植は、2001年末までの累計が119例(初回移植)で全体(1789例)の約7%だったが、2005年末時点では652例と全体の約17%を占めるまでに増えた。肝細胞がんの治療において、生体肝移植が重要な選択肢の一つとして位置付けられる現状を反映した数値といえるだろう。

ドナーの1割強に合併症あり
 移植医療には、移植を受ける患者「レシピエント」と臓器の提供者「ドナー」が存在する。「健康なのに手術を受けなくてはならないドナーの肝切除術は、最も安全性が確保されるべきで、合併症をなくす努力を続ける必要があります」と若林氏。しかし、慎重に手術が行われても、生体肝移植ドナーの約12%に術後合併症が起こると報告されている。手術部位の感染や胆汁の漏れといった局所に発生するものから、まれではあるが肝臓が機能しなくなって命に関わることもある肝不全まで、さまざまな合併症が起こりうる。


出典:「術後経過期間別に見た術後の症状を経験するドナーの割合」生体肝移植ドナーに関する調査報告書<概要版>、日本肝移植研究会ドナー調査委員会、2005年
 日本肝移植研究会が2004年にドナーを対象に行ったアンケート調査では、手術痕(傷)に関連する症状が多く持続していることがわかった。回答があった1480例に発生した症状は、術後3カ月までは「傷のひきつれや感覚の麻痺」が50%で最も多く、「疲れやすい」「腹部の膨満感・違和感」「傷のケロイド」が続いた。術後1年以上経過しても「傷のひきつれや感覚の麻痺」「疲れやすい」「傷のケロイド」はそれぞれ15%以上と多かった(表)。

腹腔鏡下と開腹の“いいとこ取り”
 これまでに肝細胞がんなど170例以上に腹腔鏡下で肝切除術を行ってきた若林氏らは「腹腔鏡補助下肝切除術」という方法を開発しており、これをドナーの負担を軽くするために応用できると考えた。

 この手術は腹腔鏡下で行う前半部分と、小さく腹部を切開して行う後半部分からなる。まず腹腔鏡下で行う前半では、後腹膜に靭帯で固定されている肝臓をはがす「授動」と呼ぶ操作を行う。通常の開腹手術では、術者や助手が手を入れて授動を行うため、そのスペースの確保に腹部を50〜60cmも切開しなくてはならない。しかし、腹腔鏡下で授動を行う場合は、腹腔内で操作する鉗子を出し入れするための筒(トラカール)を挿入する穴を4〜5箇所に開けるだけでよい。さらに、腹腔鏡下の手術は、大画面で高画質の画像を見ながら操作するので、肉眼で行うよりもち密な操作が可能になるという。


写真1:岩手医科大学医学部外科教授の若林剛氏

 後半では、右の肋骨の下を10〜12cm切開する(写真2)。ここから入れたテープで肝臓を手元まで引き上げ、術者の手で、ラジオ波を使って止血しながら動脈、門脈、静脈、胆管を切り離してから、肝臓を切り離して取り出す。これをレシピエントに移植する。

 若林氏らは2007年からこの方法を採用し、現在までに10数例以上に行ってきたが合併症は1例も発生していない。手術中の出血量は開腹手術よりも少なく、手術時間もやや短縮されて6〜7時間ですむ。若林氏はこれらの理由について「腹腔鏡でち密な手術が可能となったことで出血量が減少し、傷の長さが4分の1から5分の1になったことで縫合の時間が短縮できたため」と説明した。術後3、4日目のドナーの回復度は開腹手術よりも明らかに高く、手術から退院までは平均7日間と、開腹手術の場合の約2週間に比べて短い。ドナーの満足度も高いという。


写真2:2本のトラカールの間に10〜12cmの小さな切開を加える(提供:若林剛氏)

 腹腔鏡下手術の「手術する部分を拡大して見ることができる」「傷が小さい」というメリットと、開腹手術の「自由に手が使える」というメリットの両方を取り入れたことから、この手術は「ハイブリッド手術」とも呼ばれる。「長期的な予後については経過を観察していく必要がありますが、全例に安全に手術を行うことができており、今後も全てのドナーにこの手術は可能と考えています」(若林氏)。

国内での実施は1施設のみ
 腹腔鏡によるドナーの肝切除術は2002年にフランスで初めて行われ、その後米国でも開始された。両国の症例数は各40〜50例となっている。一方、国内でも数施設で開始されたが、現在、腹腔鏡補助下肝切除術を行っているのは岩手医科大学のみ。若林氏のもとには国内の20以上の施設、さらには韓国からもこの手術の研修に訪れているという。

 生体肝移植では、ドナーの手術および入院に要する費用はレシピエントが負担する。保険適応ではなく、全額自費となる。レシピエントの手術の費用は、肝細胞がんが「直径5cm以下で1個」または「3cm以下で3個まで」の場合、保険の適応となる。レシピエントの手術も保険の適応外で自費となった場合、ドナーとレシピエントの手術の合計金額は約700〜1300万円である。

 腹腔鏡下での肝切除術に対する保険制度が整えば腹腔鏡補助下肝切除術の普及につながり、さらにはドナーに対するこの手術が普及し費用も低減できる可能性がある。腹腔鏡補助下肝切除術を担当する医師は、腹腔鏡下での肝切除術だけでなく、その後の移植に最適な形で肝臓を切除するために生体肝移植の経験も積んでいる必要があるが、「若い世代には最初から両方を経験している医師が出てきているため、今後の広がりが期待できます」と若林氏は述べている。

(森下 紀代美=医学ライター)

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