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2009/5/19

再発がんを生きる−乳がん全身転移を生きる小倉恒子さん(下)

つらい治療もがんと闘うための味方とイメージ

 今年1月に『乳がんの女医が贈る 乳がんが再発した人の明るい処方箋』(主婦の友社)を出版した小倉恒子さんは、34歳で乳がんになり左乳房を切除する手術を受けた。13年後の2000年に再発、2005年には再々発し多発性骨転移、多発性腹腔内リンパ節転移、肺転移。2007年には全身転移が発覚したが、いまも抗がん剤治療を受けながら、現役の耳鼻咽喉科医として毎日患者を診察し、趣味のソシアルダンスも楽しむ。

軽やかなステップを踏む小倉恒子さん

 骨転移がわかったとき、まず受けたのは放射線治療でした。月曜日から金曜日まで5週間25回、転移のある部分にリニアックの照射を受けました。実は、私は祖母を乳がんで亡くしているのですが、昔のコバルト照射で祖母の皮膚が焼けただれたようになっていたのを覚えていたので、放射線治療にはあまりいいイメージを持っていませんでした。でも、2回目の放射線治療を受けたころから、ものすごく痛かった胸骨の痛みがすーっと消えたのですから、放射線の威力には驚きました。放射線治療を受けている間も、私はフルタイムで働き毎日踊っていました。

 それから、縦隔リンパ節まで転移があったので、放射線治療のあと、抗がん剤治療を受けました。私の場合は、ホルモン依存性ではなく、かつHER2陰性(いわゆるトリプルネガティブ)なので、ホルモン剤やトラスツズマブ(商品名・ハーセプチン)、そして最近認可されたラパチニブ(商品名・タイケルブ)も効きませんが、HER2強陽性の人は、トラスツズマブにほかの療法を足していくことになります。

 抗がん剤を受けているときにはにおいにも敏感になって、もう抗がん剤の点滴を受ける部屋に入るだけで具合が悪くなったり、嫌な気持ちになることもありました。そういうときには、頭の中を柔軟にして発想を転換するしかありません。治療がうまくいくためには、あれこれ考えず、つらい治療もすんなり受け入れて、副作用などは自分とは無縁だと考えることが大切です。

 どういうふうに気持ちを切り替えるかは人それぞれだと思いますが、私は、がんを私の体の中の内戦ととらえ、それに参戦してくれる放射線機器や抗がん剤など最強の味方たちに、大好きな映画俳優の名前をつけました。

 放射線機器であるリニアックは、最強の死なないヒーロー、アーノルド・シュワルツネッガーから「アーノルドくん」と呼んでいましたし、黄色の抗がん剤メトトレキサート(商品名:メトトレキセート)にはトパーズ・ソルジャー、ドセタキセル(商品名:タキソテール)にはダイヤモンド・ソルジャーという名前をつけました。いまも抗がん剤治療を受けるときには、どんどん味方が入ってきて内戦に加わり、たくさんの敵と闘ってくれているとイメージしています。

腹腔内リンパ節転移が消え、抗がん剤の威力を実感
 抗がん剤の威力を目に見えて実感したのは、2005年に再々発したときでした。多発性骨転移、多発性腹腔内リンパ節転移、肺転移があって、さすがに息苦しく骨折も怖いので、大好きなソシアルダンスも踊れない状態になりました。腹腔内にごろごろと転移があって、一番大きいのは7×6cmもあったのです。

 それで、ウイークリー・タキソテールを3クールやったときにCTを撮ったら、そのリンパ節転移が半分消え、残っている半分も真ん中が壊死していました。その画像を見たときに、なんて抗がん剤って効くんだろうと実感したのです。だから、余計に、がんが再発している方々が、抗がん剤を避けて代替治療に走るようなことはしてほしくないと思います。
 もちろん、私も人間ですから、2007年に多発性肝転移が見つかり、ついに全身転移となったときには落ち込みました。でも、意外と立ち直りが早いというか、ある意味、鈍感なほうなのかもしれません。渡辺淳一先生が、『鈍感力』という本の中で、複雑な社会を生き抜くには鈍感になる必要があるといったことを書いていますが、がんと共に生きるためにも鈍感力は不可欠だと思います。

 頭が痛い気がするとか、胃がキリキリするような気がするとか、年中そんなこと考えていたら、毎日寝込んでいなくてはなりません。私は体調が悪いとかいちいち考えないし、腫瘍マーカーがどんどん上がったりしてもあまり気にしないようにしています。患者自身が一番自分のことをわかっている主治医でもありますから、客観的にいまの病状を知っておく必要はありますが、ショックな数値とか画像を見たときでも、鈍感に構え、「え、誰のこれ、末期じゃん。自分のじゃないよね」といった感じで流せば、そんなに長く落ち込まないで済みます。

 全身転移になってからも仕事は続けていますし、日曜日は講演会活動で全国を飛び回っています。腫瘍マーカーの値を言うとびっくりされますが、がんになったお陰で既に90歳以上まで生きたのと同じくらい充実した人生を送れていると思います。

抗がん剤の副作用に悩むがダンスはできる
 乳がんの場合は、再発しても再々発しても、比較的たくさん薬物治療の選択肢があるのですが、抗がん剤は長く使うと耐性が出て効かなくなりますし、副作用がひどくてどうしても使えない薬もあります。私も、パクリタキセル(商品名:タキソール)、ドセタキセル(商品名:タキソテール)、カペシタビン(商品名:ゼローダ)が効かなくなって、いまはビノレルビン(商品名:ナベルビン)を使っています。

 ナベルビンに換えたときに、胸のところにポート(皮下に留置され、必要なときに対外から接続して薬剤などを投与できるようにするための小さな器具)を埋め込み、そこから抗がん剤を投与するやり方にしました。

 9年近く抗がん剤治療を受け続けていて血管がボロボロになっていて点滴がやりにくい状態でしたし、ナベルビンは太い血管にダーっと薬を入れなければいけないので、薬がもれて皮膚が壊死してしまったら大変だからです。ナベルビンの副作用としては、どの抗がん剤にも共通する副作用ですが骨髄抑制が出て白血球の値が下がってしまうこと、そして、足のしびれ感が取れないのが悩みの種です。

 足のしびれ感は常に続いていて、両足とも足首から下の感覚がありません。ずっと正座していて立ったとき足がしびれて感覚がなく、足がカクッとくじいてしまう、あの感じがずっと続いている状態です。いままではいつもハイヒールを履いていたのですが、安定感のある靴しか履けなくなってしまいました。しびれ感に効果があるといわれる漢方薬「牛車腎気丸」を飲んだりしているのですが、いまのところあまり変化はないようです。

 だけど、不思議なことに、ソシアルダンス教室へ行くと7センチヒールを履いて踊れるんですよ。再々発したときに一度ダンスは止めたのですが、2008年8月から週1回個人レッスンを受ける形で再開しました。普段はまともに歩けなくてひょこたんひょこたんという感じなのですが、先生の肩にがんと手を乗せてしまうと、早い曲でもスーッと踊れるんですよ。骨董カルチャーや英会話に通ったりして、踊れなくなったときの楽しみづくりも考えています。

ドラッグ・ラグ解消を
 ただ、もう本当に乳がんの薬として承認されている薬は全部使ってしまったので、ナビルビンが効かなくなったらどうしようかというのがいま最大の問題です。欧米では転移性乳がんの薬として認可されている血管新生阻害薬・アバスチンが使えたらよいのですが、日本ではまだ認可が先になりそうなので、もしアバスチンを使うのなら自費診療になります。

 そうすると、この抗がん剤の費用だけで1カ月60万円かかるそうです。混合診療は認められていないので、アバスチンの投与を受けると、その病院では、検査もほかの薬も全部自費になってしまうんですね。アバスチンを受ける病院と検査を受けるところと使い分ける形で対処したいとは思いますが、60万円以上かかる費用をどうやって工面したらいいのかわかりませんし、お金の切れ目が命の切れ目ということになりかねません。

 日本では、欧米で承認されてから日本で認可されるまでのドラッグ・ラグの期間が長いので、この問題をなんとかしなければと思います。この間、卵巣がん体験者の会スマイリーが厚生労働省に働きかけ、ドキソルビシン塩酸塩リポソーム(商品名:ドキシル)という抗がん剤が卵巣がんの薬として承認されましたけど、あの薬はアメリカでは10年くらい前から使われていて、東アジアで使われていない国は北朝鮮と日本だけだったんですよ。乳がん患者は卵巣がんの10倍ほどいるわけですし、第2のピンクリボン作戦のような形で、ドラッグ・ラグの問題にももっと労力とお金を使って、真剣に取り組んでもよいのではないでしょうか。(まとめ:医療ライター・福島安紀)

【訂正】5月19日に以下の訂正をいたしました。最終段落中「ドキソルビシン(商品名:ドキシル)」を「ドキソルビシン塩酸塩リポソーム(商品名:ドキシル)」にいたしました。

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