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レポート

2009/2/10

「終末期癌患者に対する輸液治療のガイドライン」より

必要な点滴、害のある点滴とは?

 大規模なアンケート調査の結果、日本人に共通する望ましい死のあり方のひとつに「体や心の辛さが和らげられていること」があることが示されている。では、体の辛さを和らげるためには、どのような医療行為が選択可能なのだろう。医療行為として非常に身近な点滴の終末期における意味を考えてみたい。



 「終末期のがん患者さんにとって、点滴はすればする程、元気になるというものではありません。逆に、苦痛を増強してしまう場合があります」と語るのは、聖隷三方原病院緩和支持治療科の森田達也氏。

 森田氏は、「経口で食事や水分が取れなくなった場合、点滴が必要になると考える方も多いと思います。しかし、点滴という一見、非常に無害そうな医療行為も、場合によっては悪いことを生じることを、知っておくといいのではないでしょうか」という。

 点滴の弊害は、がんの末期などで体のなかの細胞が水分を取り込めない状態(がん性悪液質)で生じやすい。体そのものが水分を吸収できない状態になっているにもかかわらず、点滴により強制的に水分を入れることで、腹水や胸水、むくみが増え、呼吸が苦しくなるなどの辛い症状が出やすくなる。

 点滴による弊害をなくし、終末期がん患者のQOLを保つため、日本緩和医療学会は2006年10月に「終末期癌患者に対する輸液治療のガイドライン」を発行している。森田氏は、同ガイドラインの身体的苦痛・生命予後の部分の責任者だ。

 このガイドラインは、患者のさまざまな状態に合わせて、必要な点滴(輸液)量を記載している。

 例えば、腹水による苦痛があり、生命予後が1〜2カ月と考えられる終末期がん患者の腹水による苦痛を悪化させないために、経口的水分摂取が500mL/日程度可能な場合は、「輸液を行わない」(推奨グレードB)、もしくは「輸液量を500〜1000mL/日以下とする」(推奨グレードC)こと、経口水分摂取ができない場合には「嘔吐量+500〜1000mL/日以下とする」(推奨グレードC)ことが推奨されている。一方、1500〜2000mLの輸液は腹水を悪化させる可能性があるとも記載されている。

 胸水に関しても同様だ。生命予後が1〜2カ月と考えられ、経口摂取が可能で、胸水による苦痛がある場合には、胸水による苦痛を悪化させないために、「輸液を行わない」(推奨グレードB)、輸液量を500〜1000mL/日以下とする(推奨グレードC)となっている。既に大量の輸液を受けている場合には、大量の輸液が胸水を悪化させる可能性があるため、「輸液量を500〜1000mL/日以下に漸減・中止すること」が推奨されている(推奨グレードB)。

 森田氏によると、「一昔前までは肺がんなどで、経口で水分が取れる方にも、死亡直前まで2000mLもの大量の点滴が行われていることが多々ありました。しかし、最近は点滴の量を減らしている医師が増えたと感じています」とガイドラインが普及してきている現状を語る。

点滴依存が『丘で溺死』を招く
 なぜ、終末期に点滴の量を減らす、もしくは点滴を止めることが望ましいのだろうか。これはがんによる死の訪れ方から理解することができる。

 がん患者の約2割は出血や消化管穿孔、窒息、不整脈などの急性悪化を原因として死亡するが、残りの8割は慢性的な経過の後に最後を迎える。この慢性的な経過では、「腎臓を守るか、肺を守るかのどちらか」(森田氏)になるという。

 腎臓を守る、すなわち腎臓の負担を抑えようとすると、多くの点滴が必要になる。しかし、点滴量が多いと肺の負担が大きくなり、最終的には肺水腫になる。肺水腫とは、肺が水浸しの状態。「全身もむくみ、呼吸もゼコゼコと苦しくなります。俗に『丘で溺死』とも呼ばれるものです」(森田氏)。

 一方、肺を守る、すなわち肺の負担を抑えようとすると、点滴量を減らす必要がある。これは脱水状態を生じ、尿毒症となっていく。「尿が濃くなり、だんだん、出なくなります。そして、ウトウトと眠ることが増え、眠る時間が長くなっていき、最後が訪れます。苦しむことはなく、また、目が覚めているときには、普通に話をすることもできます」(森田氏)。

 「尿毒症が進行しウトウトしている状態は、『自然の麻酔(Natural Anesthesia』とも呼ばれています」と森田氏。「人の体には苦しみを回避するうまいシステムが組み込まれているのかもしれないですね」と、多くのがん患者の終末期を思い返しつつ語る。

点滴に効用ありの場合も
 ただし、森田氏は、ガイドライン普及の一方で、「ガイドラインの内容を誤解したケースが散見されるようになった」と、本来、点滴の量を減らすべきでないにも関わらず、十分な点滴が行われていない患者を散見するようになったと不安を口にする。

 ガイドラインでは、消化管閉塞のために経口摂取ができない患者で、数カ月の予後が見込め、活動量が落ちていない場合には、活動量に見合った点滴がQOLを改善させる可能性があると記載されている。

 例えば森田氏は、「頭頸部がんで経口摂取ができないものの、体全体の状態は決して悪くない患者に対して、点滴が非常に少ないケースを紹介されたことがある」と打ち明ける。この患者に対して点滴の量を増やしたところ、半年以上の生存が可能だったという。がんの発生部位によっては、体が衰弱する前から経口摂取ができなくなるが、そのような場合には点滴が体の衰弱を改善しうるのだ。

 森田氏は、過度な点滴が弊害になるか否かは、診断が難しいという。「まず、点滴を行ってみて、点滴によって体の状態が改善できるか否かで判断するしかないのが現状」ということだ。

 腹水や胸水、むくみなどの症状が2つ以上あり、点滴を行っても、体重減少が抑えられない場合には点滴は弊害となりうる。しかし、逆に、点滴により体重減少が抑えられるようであれば、点滴を行うことで生存期間を延ばせる可能性も出てくる。

 点滴という非常に単純そうな医療行為ですら、有益なときもあれば、弊害をもたらすこともある。微妙なさじ加減が必要なのだ。

(小板橋 律子)


●ガイドラインの推奨グレード
A 有効性を示す十分な根拠があり、十分な臨床的合意があると考えられる。患者の意向に一致し、効果が評価される場合、行うことを強く推奨する。
B 有効性を示すある程度の根拠があり、十分な臨床的合意があると考えられる。患者の意向に一致し、効果が評価される場合、行うことを推奨する。
C 有効性を示す根拠はないが、ある程度の臨床的合意があると考えられる。患者の意向に一致し、効果が評価される場合、行うことを推奨しうる。
D 有効性を示す根拠はなく、臨床的合意も不十分である。行うのは、患者の意向を十分に検討し、かつ、効果が十分に評価される場合に限ることを推奨する。
E 無効性・有害性を示す十分な、または、ある程度の根拠があり、十分な臨床的合意があると考えられる。行わないことを推奨する。

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