がん患者の家族は、患者同様うつ病になりやすいという報告がある。家族は、看病という身体的な負担だけでなく、精神的にも非常にたいへんな状況に置かれている。患者家族の心のサポートに詳しい埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の大西秀樹氏に、家族の心について語っていただいた。
様々な調査研究から、がん患者家族の10%〜50%に不安や抑うつがあるといわれています。以前、緩和ケア病棟で行った調査では、入院患者の高齢配偶者の4%が自身もがんを抱えていました。また、配偶者が入院することで死亡率が上がるという論文もあります。そのため、私たちは、患者の家族を“第2の患者”と呼び、家族の診察もしています。
がんは、患者だけでなく家族の心と体の両方を巻き込んでしまうたいへんな病気なのです。しかし、多くのご家族は、自分の辛さを言ってはいけないと思っています。日本はガンバレの国だからでしょうか、患者を取り巻く家族は、自分自身を大切にすることに後ろめたさを感じやすく、無理してしまうように思います。
とはいえ、精神的ストレスが強くなると、疲れているのに眠れなくなります。ちゃんと眠れているかを指標に、自分自身の精神的な管理をしていただければと思います。眠れない状態が続くのであれば、躊躇せず、一度、専門家に相談してください。医療者は守秘義務がありますので、プライバシーは確保します。また、同様な悩みを抱えた患者さんをたくさん診察してきた経験から、いいアドバイスを提供できると思います。
精神的ストレスを抱えた状態が長く続くと疲れ切ってしまいます。重度のうつ病になると、立てない・動けないといった状態になり、看病もできなくなってしまうのです。自分のことは二の次として無理を続けると、共倒れになる危険性もあることをご理解いただければと思います。看護を続けるためにも、自分自身を大切にする時間を取ることを心がけて欲しいのです。
家族の死は人生のなかで最大級の危機的状況
英国における研究で、配偶者を亡くした男性は死別後半年の間、死別を経験していない同様の集団と比較して、死亡率が4割上昇するというデータがあります。また、死別後1年では遺族の15%がうつ病に罹患しているという論文があります。配偶者との死別というのは本当にたいへんな出来事なのです。
しかし、多くの方は、危機的状況であり辛いのは当たり前の状況にいながら、『自分が弱いから』と思ってしまうようです。でもそうではないのです。弱い・強いの問題ではなく、死別というたいへん危機的状況に遭遇し、対処法が分からないだけなのです。恥じることはありません。
一昔前の多産多死の時代には、死が隣り合わせであり、誰かの死を経験する機会は多かったでしょう。そのため、大切な人の死への心の対処法を“経験”から学ぶことができました。しかし、現代社会では、死は身近な出来事ではありません。50代後半まで死を見たことがない。経験したことがない方がたくさんいらっしゃる時代です。この時代では、大切な人の死に対処するためには、死に関する知識が必要かもしれませんね。
例えば、遺族の心のプロセスには、一般的にあるパターンがあることを知っておくのもいいかもしれません。
まず、“衝撃”を受けます。そして次に、理不尽さや腹立たしさという“怒り”の段階を経て、“抑うつ”が生じます。そして、徐々に心のエネルギーが蓄えられ、“立ち直り”へとつながっていきます。“立ち直り”までの時間は人それぞれですが、だいたい1〜2年程度は必要のようです。また、それより長いことも多々あります。
そして、“立ち直り”に向かうまでに多くの方が感じられるのが、“社会からの見捨てられ感”です。
自分は大切な人を失ってとても辛い状況にあるのに、社会は普通に動いている。電車もバスも時間通りにやってくる。こんなに自分はショックを受けて大変な思いをしているのに、社会はそのことに気付かない。社会から見捨てられたと思うのです。
この感情を誰かに打ち明けることができず、孤独感が募ると、とても辛い状況となり、うつ病などが発症しやすくなります。
そのような場合には、専門家に相談していただければと思います。我々は、治療を行う者というよりも相談相手です。精神腫瘍科というと身構えられる方もいるかもしれませんが、我々は遺産相続の相談にも乗っていますし、生活指導もしています。そしてなによりも、“自分は一人じゃない”と思えるようになるはずです。
【参考資料】
<大西氏推薦の書籍>
・「おかあさんががんになっちゃった」(藤原すず著:メディアファクトリー発行)
--- 「がん患者の家族の心の軌跡をとてもよく表した漫画だと思う」(大西氏)
・「家族のがんに直面したら読む本 知っておきたいケアの心得」(逸見晴恵、基佐江里著:実務教育出版発行)
---「家族の一員が、がんになったときどうすべきか、逸見政孝さんをがんで失った逸見晴恵さんの思いがこもった本です」(大西氏)