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レポート

2008/9/24

“がん家系”に挑む−−乳がん、卵巣がんの場合

がんの発症リスクに応じた対策が可能に

 「うちは“がん家系”だから」と何気なく口にする言葉。この“がん家系”−−科学的な解析が進んできていることをご存じだろうか。“がん家系”だからこそできるがん予防法や早期発見法、再発予防法が科学的に証明され、海外では活用されてきている。これまで、“がん家系”の研究や対策が大幅に遅れていた日本でも、ようやく、一部の医療機関がこの課題に積極的に取り組み始めている。血縁者に乳がんや卵巣がんがいる、いわゆる“乳がん・卵巣がん家系”について最新情報を提供したい。[9月26日に記事を一部訂正しました]



 「母親が卵巣がん、本人は乳がん」「母方の叔母2人が乳がんで、本人は卵巣がん」「母親が乳がん発症後、数年経ったときに自分も乳がんを発症」「自分が20歳代で乳がん、母親は自分の発症後、数年した後に乳がんを発症」−−乳がん、卵巣がんの患者さんに家族の病歴を聞くと、時々このような返事が返ってくる。

 血縁者内に乳がん、もしくは卵巣がんが多い場合、なんとなく自分自身も同じがん種の発症リスクが高くなると予想しやすいだろう。一方で、一見全く別の病気と考えられる乳がんと卵巣がん、この2つのがんが血縁者内に発症しているときはどう考えたらいいのだろう。実は、これら全ての場合の理由となる遺伝子が明らかになっている。

 その遺伝子とは、BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子(BRCA1/2遺伝子)。この2つの遺伝子のどちらかに変異がある場合、乳がん・卵巣がんの発症リスクが高まる。また、遺伝子の変異の種類により、血縁者内に乳がんが多い“乳がん家系”、乳がん・卵巣がんとも増える“乳がん・卵巣がん家系”に分かれることも明らかになっている。

 栃木県立がんセンター研究所の菅野康吉氏らは、これまでに多施設共同試験として、家族内にも乳がんや卵巣がん患者がいる乳がんや卵巣がん患者135人を対象に、BRCA1/2遺伝子の変異を調査した。その結果、調査対象者の27%にあたる36人に遺伝子変異を確認したという。その割合は「海外で報告されている割合よりも若干高い」と菅野氏。これまで日本人には、同遺伝子の変異は少ないという説もあったが、「日本人が特別という訳ではないようだ」(菅野氏)。

 毎年、日本では約4万人の女性が新たに乳がんを発症し、そのうち、5〜10%は血縁者内に乳がん患者が存在する家族性乳がんといわれている。そして、その2〜3割程度がBRCA1/2遺伝子変異があるとすると、「全日本人乳がんの数%は、BRCA1/2遺伝子変異により生じていると推計できそうだ」(菅野氏)。すなわち、毎年最低でも400人の乳がん患者は、これらの遺伝子変異が原因となって、がんを発症している可能性がある。

米国では遺伝子変異の有無で異なる予防、検診、治療
 現在、最もBRCA1/2遺伝子変異の研究と、その利用が進んでいるのは米国。

 米国では、BRCA1/2遺伝子検査が始まって、既に10年が経過している。2007年からは、米国NCCNの乳がん診療ガイドラインに、BRCA1/2遺伝子を有する閉経前の女性では、乳房内再発リスクが高いことから、乳房温存治療を控えることを勧める文面が登場した。NCCNとは、全米で代表的な20のがんセンターによって結成された組織。最新のエビデンスに対応したがん治療のガイドラインを作成している。米国では、遺伝子検査が普及し、変異の有無が治療選択に影響しうる因子となってきている。

 また米国では、乳がんが発症する前に、希望者に対して、乳房を予防的に切除する手術(予防的切除)も行われている。乳房の予防的切除は、一方の乳房にがんを発症し手術する際に、もう一方の乳房も切除するという方法と、どこにも乳がんが発症していない段階で両方の乳房を切除するという方法がある。

 一般的にこれらの遺伝子変異が原因となる乳がん、卵巣がんは、若い年齢で発症しやすい。そのため、遺伝子検査で変異ありとの結果が出ていない場合でも、家族内に乳がん、卵巣がんが多い場合には、乳がん検診の受診開始は、一般的に推奨されている年齢よりも若くなっている。具体的にNCCNは、18歳からの月に1度の自己検診、25歳からは年に1度のマンモグラフィとMRI検査を勧めているのが現状だ。

 一方、卵巣がんに関しては、遺伝相談・遺伝子検査の結果、卵巣がんの発症リスクが高いタイプの変異を有することが明らかになった場合に、卵巣がんの定期検診や妊娠を希望しない期間には経口避妊薬(ピル)の服用が勧められている。ピルは、一般的に卵巣がんの発症を抑制する効果が知られているが(関連記事)、BRCA1/2に変異を有する場合にも、卵巣がんの発症を半減させるという論文があるためだ。また、がんになる前に卵巣を予防的切除することも選択肢の1つだ。

 このように米国では、がんの発症リスクに見合った対策として、乳がん・卵巣がんの家族歴、遺伝子変異の有無により、推奨される治療法や検診内容が異なっている。また、がんの発症を予防するための薬物の投与や、予防的に手術を行うことも選択肢として呈示されている。

日本では非常に限られた医療機関が実施
 さて、日本の場合はどうだろうか。非常に限定されるものの、乳がん・卵巣がんの遺伝について相談でき、希望すれば遺伝子検査を受けることもできる医療機関が徐々に増加してきている(文末のリスト参照)。

 例えば聖路加国際病院は、現在、同病院の遺伝外来は、遺伝性の乳がん、卵巣がんの遺伝相談を受け付けている。同外来では、家系内にがんの発症状況などを元に、乳がんや卵巣がんの発症リスクを遺伝学の専門医に解析してもらうことが可能だ。また、希望する場合には、BRCA1/2遺伝子検査を受けることもできる。

 聖路加国際病院ブレストセンター長を務める中村清吾氏は、「今年から、遺伝カウンセリングに関するパンフレットを、新患の乳がん患者さん全員に配り始めた」と語る。

 そして、遺伝相談や遺伝子検査の結果、乳がんのリスクが高いと判断された場合には、「通常の乳がん検診である1年に一度のマンモグラフィにMRI検査を組み合わせ、かつ、半年に一度の超音波検査も追加している」という。

 加えて、がんの発症リスクの低減効果が期待される抗エストロゲン剤の処方も選択肢としていきたい考えだ。「これまでのところ遺伝子検査を受ける患者さんの大半は、乳がんの術後であった。そのため、NCCNのガイドラインのように、術前に遺伝子検査を行い、その結果如何で手術の方針を変えるということはやっていない」と中村氏。ただし、「将来的には、米国のように遺伝子検査の結果を術式選択に利用するようになるかもしれない」と語る。

 一方、遺伝子検査の結果、卵巣がんの発症リスクが高いと判断された場合はどうだろう。

 栃木がんセンターの菅野氏は、「定期的な検診、ピルの服用の推奨と並んで、卵巣の切除も1つの選択肢として呈示したい」と語る。

 「卵巣がんには、定期的な検診では早期発見が難しいタイプのがんも存在する。卵巣がんの発症リスクを下げる効果が最も高いことが証明されているのは、卵巣の切除」(菅野氏)であるためだ。とはいえ、卵巣を切除することで更年期障害が出るなどの弊害もある。また、出産を希望する患者もいるだろう。

 菅野氏は、「卵巣がんの発症が最も多いのは50歳前後。そのため、若い頃はピルを服用し、卵巣切除による更年期障害が起きにくくなる閉経に近い年代になってから、卵巣切除を行うという方法もあるだろう」と語る。

がん発症リスクに応じた検診・診療が可能に
 日本人は、概して“遺伝”という言葉にマイナスのイメージを持っているといわれている。しかし、遺伝情報を知ることで、より再発リスクの少ない治療法を選べる、また、検診内容も変わってくるとしたら、自分の持つがん発症リスクを正しく把握したいと思う個人もいるだろう。

 日本では、遺伝相談が可能な医療機関や医療者が限定されるなど、まだ越えなければならないハードルが多々ある。とはいえ、ようやく、全く新しい概念として、自らのがん発症リスクを科学的に分析したうえで、がんの治療法や早期発見法、予防法を選択できるようになってきたことは確かなようだ。

(小板橋 律子)



乳がんのシンボルカラーであるピンクと、卵巣がんのシンボルカラーのティール(緑青色)を組み合わせたバッジ

●米国では遺伝性乳がん・卵巣がんの患者団体も活躍中

 乳がん・卵巣がんの遺伝子検査が普及している米国においても、いわゆる“乳がん・卵巣がん家系”の疑いをかけられた多くの女性が、遺伝子検査を受けるか受けないかの決定、また、変異があるという結果を受けた後の治療法の選択で悩みを抱えている。

 「海外から見ると遺伝に関する情報が普及し利用も進んでいる米国においても、遺伝子検査を受ける・受けないは、非常に難しい重い選択」と米国の内情を説明するのは、お茶の水女子大学の田村智英子氏。田村氏は、米国で遺伝カウンセラーの資格を取り、帰国後、国内における遺伝カウンセラー育成に取り組んでいる。

 田村氏は、「米国では、そのような女性がお互いをサポートするため、遺伝性乳がん・卵巣がんを対象にした患者団体の活動が、3年ほど前から始まっている」という。また、「遺伝子変異を持つがまだ発症していない場合を現す言葉としてプレバイバーとう名称も考案し、自らをプレバイバーと名乗る、プレ患者さん(発症前患者)もいます」。

 これは、FORCE(Facing Our Risk of Cancer Empowered)という団体だ。乳がんもしくは卵巣がん患者であり、遺伝子検査で変異が発見された人、変異を持っているものの発症していない人、遺伝子変異を有する家族がいるが、検査は受けるかどうか悩んでいる人など、様々な立場の参加者それぞれが、不安や悩みを共有している。

 またFORCEは、乳がんのシンボルカラーであるピンクと、卵巣がんのシンボルカラーのティール(緑青色)を組み合わせたバッジ(写真:田村氏提供)も作成し、遺伝子が原因で生じる乳がん・卵巣がんの啓発活動も行っている。

 田村氏は、遺伝子検査の結果がどのような精神的影響を及ぼすかという、海外で行われた興味深い研究の結果も教えてくれた。「確かに、変異ありと言われた方はショックを受けます。ただし、その精神的なダメージは正常範囲内で、かつ、2〜3カ月もすると心の状態は元に戻るというものでした。がんの原因となる遺伝子変異を自分が持っている、また、その遺伝子を子供達に伝えかねないということが分かっても、対処法があり、きちんと対処すれば、その病気に命を奪われることがないことを理解していくからかもしれませんね」と田村氏は締めくくった。

[訂正]9月26日に記事を訂正致しました。
 お茶の水女子大学の田村智英子氏のお名前を間違って掲載しておりました。訂正の上、お詫び申し上げます。




●BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子
 これらの遺伝子に変異を持つ場合、一生のうちに乳がんになる確率は、5〜8割程度、卵巣がんになる確率は1〜3割程度。両親のどちらかが、このBRCA1/2遺伝子の変異を有する場合、2分の1の確率で子供が同じ変異を持つ。ただし、これらの遺伝子に変異を有することが、イコール、乳がんと卵巣がんの発症を意味する訳ではなく、何らかの環境要因も発症には関連する。ただし、その環境因子は明らかにされていないのが現状だ。
 国内では、遺伝相談や遺伝子検査は全て自費診療となっており、医療機関によるばらつきもあるが、遺伝相談・遺伝子検査の合計コストは約40万円程度が多いようだ。


●乳がん、卵巣がんに関する遺伝カウンセリングを提供できる施設一覧(家族性の乳がん・卵巣がんの疾患情報ポータルサイトを元に編集部が作成)
◆実施中
星総合病院外科
霞ヶ浦医療センター家族性腫瘍相談外来
聖路加国際病院遺伝診療部
日本医科大学付属病院遺伝診療科
国立がんセンター中央病院(遺伝相談外来)
癌研有明病院遺伝子診療センター
大阪中央病院
大阪大学医学部附属病院外科専門外来乳腺・内分泌外科学
兵庫医科大学病院臨床遺伝部
信州大学医学部附属病院遺伝子診療部
四国がんセンター家族性腫瘍相談室
◆準備中
栃木県立がんセンターがん予防相談外来
慶應義塾大学病院遺伝相談外来
宮崎大学医学部附属病院遺伝カウンセリング部
相良病院

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