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2008/6/10

妊娠中の乳がん治療

妊娠継続しつつ積極的治療という選択肢も

 女性の出産年齢の上昇に伴い、乳がんの好発年齢と出産年齢がオーバーラップしてきている。そのため、欧米では乳がん患者1000人に1人が妊娠中に発見されるという推計データがあるほどだ。乳がん患者が増加してきている日本でも、妊娠中に乳がんが発見される女性が今後、増加すると予想される。一昔前であれば、即、中絶といわれていた"妊娠中の乳がん"に、母親を救いかつ子供も救うという、新しい選択の道が開かれ始めている。

 1999年――聖路加国際病院が"妊娠中の乳がん"患者に対する治療を初めて行った年だ。治療は、手術と抗がん剤の組み合わせであり、母体と共にその治療を乗り越えた胎児は、現在8歳になる。母となった患者は再発もなく、子供も元気に成長しているという。

 その後、これまでに聖路加国際病院が妊娠中の乳がんとして治療を行った患者数は10人。全員、無事に子供を出産し、これまで皆、無再発、母子共に元気だ。同病院のブレストセンター長を務める中村清吾氏の元には、家族の元気な笑顔が溢れる年賀状が毎年届くという。

 「前院では妊娠中絶を勧められた」「妊娠中の抗がん剤治療はできないと前院では断わられた」「某がんセンターで乳がんの診断を受けたが、産婦人科がないことから紹介された」など、彼女達が日に日に大きくなるお腹を抱えて聖路加国際病院にたどりついた経緯は様々だ。治療時の平均年齢は35歳。当時、27歳から44歳の女性であった。

 「ぎりぎりの選択としても、治療することで乳がんの治癒が期待できると判断できたときは、妊娠中であっても治癒を目指して積極的な治療を行っています」と力を込めるのは、同プレストセンター乳腺外来の猿丸修平氏。治療対象となっている患者の病期は、早期であるステージ1や2が多いものの、ステージ3aも存在しているという。

 「ただし、どのような患者さんでも、妊娠を継続しつつ積極的に治療を行う訳ではありません。遠隔転移があることから、子供を諦めてもらったこともあります」と、現実の厳しさも語る。

 妊娠中の乳がんに対して聖路加国際病院が選択している治療法は、手術と抗がん剤(アントラサイクリン系抗がん剤を中心としたもの)の組み合わせだ。アントラサイクリン系抗がん剤を用いた治療は、乳がんの標準的な治療法であると当時に、妊娠中の患者に投与しても、胎児に奇形を生じるなどの悪影響がないことが海外の研究などで証明されているためだ。

 実際、米国NCCNのガイドラインでは、妊娠中の乳がん患者への抗がん剤投与が、カテゴリー2Aで推奨されている。カテゴリーとは推奨レベルを指し、推奨レベルが最も高いカテゴリー1に続く推奨レベルがカテゴリー2A。カテゴリー2Aは、エビデンスの信頼度は低いものの、推奨することにガイドライン作成に関わった全員が一致して賛成したもの。

 猿丸氏は、「もちろん、妊娠初期の抗がん剤投与は行うべきではありません。妊娠初期で乳がんが発見された場合、米国NCCNのガイドラインでも妊娠中絶が1つの選択肢として呈示されています」という。一方、中絶を希望しない場合には、妊娠を継続したうえで手術を行い、妊娠中期に入ったところで抗がん剤治療を行うという選択肢がある。

 「患者さんは、非常に厳しい選択を余技なくされている訳ですから、こうすべきだというようなことは一切言えない」と猿丸氏。妊娠を継続する決断をした患者は、治療の困難さに耐える決意をしているはず。逆に、妊娠継続を諦めた患者も大きな痛みをその胸に抱えていることだろう。どちらを選択したとしても、それはそれぞれの決心。

 ただし猿丸氏は、「妊娠を継続したいと強く希望される場合には、そのお手伝いはできる」と患者の選択を最大限サポートする姿勢を見せる。納得できなくても中絶の勧めに従うしか選択肢がなかったという時代ではなくなっているのだ。

 そして、患者にとって幸いなことには、「吐き気止めの薬も妊娠中に利用できるというエビデンスがあるので、抗がん剤投与時の吐き気のコントロールはしやすくなっている」(猿丸氏)という環境も整っている。

 もちろん、全ての治療薬が利用できるという訳ではない。猿丸氏は、「妊娠中には、ホルモン療法や放射線療法を行うべきではありません。タキサン系抗がん剤や分子標的薬のトラスツズマブも、安全性のデータが不足しているので、投与すべきではないでしょう」と注意を喚起する。これらの治療が必要な場合は出産を待ってから行う。妊娠中にどのような治療法が行えるか、エビデンスの有無を確認しつつ、慎重に治療法を選択しているのだ。

子供に対する長期的な影響は不明
 アントラサイクリン系抗がん剤を用いた妊娠中の乳がん治療は、日本に先行して海外では更に長い歴史がある。世界的に見て最も多くの患者を治療し、患者やその子供達の健康状況をフォローアップしているのは、米M.D. Anderson Cancer Centerだろう。同センターでは、これまで75人の治療を行い、全員、母子共に元気に過ごしているということだ。

 ただし、課題もある。

 実は、アントラサイクリン系抗がん剤は、小児がんの治療にも利用されている。そして、大量に投与を受けた場合には何年も何十年も経過した後に心筋症などの心疾患の発症リスクが高まることが知られている。晩期障害、もしくは晩期合併症と呼ばれるものだ。

 そして、アントラサイクリン系抗がん剤が、胎児の心臓に対して長期的にどのような影響を及ぼしているかは、現段階では残念ながら不明。胎児と小児では抗がん剤に対する感受性が大きく異なる可能性もあるため、長期的影響は皆無である可能性ももちろんある。

 ただし、長期的影響が明らかになっていない現状では、母親のフォローアップと共に、母と共にがんと戦った子供の長期的なフォローアップが必要だろう。その際に、最も貴重な情報は治療内容の記録。妊娠中にどのような薬剤をどれほど投与されたかは、子供の成長記録と共に大切に保管しておくことが必要だ。(小板橋 律子)

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