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レポート

2008/3/25

がん専門医が、がんになって

「患者への遠慮や配慮が、患者を傷つけることもある」

米国M.D.アンダーソンがん研究センター・上野直人氏

 米国の有名がんセンターに勤務するがんの専門医で、『最高の医療をうけるための患者学』を執筆するなど患者相談にも力を入れてきた。今年1月にがんと分かり手術を受けて患者になった。自分を「がん経験者+がん臨床医+がん専門家育成教育者+がん研究者」と位置づけ、これまでにも増してがんとの闘いに力を注いでいくつもりだ。



編集部 -- 米国テキサス大学 M. D. アンダーソンがん研究センター(MDACC)に勤務して15年。診療から先端研究まで忙しくこなす順風の日々に、突然、がんが襲いましたね。

がんになっても、「これまでと変わらず、臨床も研究も患者相談も続けたい」と語る上野直人氏
がんになっても、「これまでと変わらず、臨床も研究も患者相談も続けたい」と語る上野直人氏

上野 -- 昨年12月23日に家でシャワーを浴びているとき右太もも(大腿部)にある腫瘤に触れました。年を越して1月14日の月曜日に、自分が勤める病院を受診しました。超音波診断装置によると2.8cmの腫瘤があり、その細胞を取って検査をする生検をしたところ、がんと告げられました。悪性線維性組織球腫というまれながんです。

 私は再発や進行期などの患者さんを、主に診ています。自分がどう死を迎えるかについても、日常的に考えてきたつもりでした。しかし、よもや43歳の若さでがんになるとは想定していなかった。このがんの5年生存率が、病理組織だけから判断すると50%であると知っていたので、内心「これは厳しい」と思いました。

 その日は眠れませんでした。でも、翌日の火曜日の朝になったら「これも運命だろう」という気持ちになり、仕事に行きました。水曜日にMRIを撮ると大腿部に別の腫瘤が見つかり、これも生検が必要になりました。肺のCTでも影があり、PET/CTもすることになりました。転移があると、予後(その後の経過の見通し)はとても厳しくなります。この検査結果を待つときが一番つらかったですね。幸い転移はありませんでした。

 次の土曜日から水曜日は、予定していたスキーに家族や友人たちと出かけました。そして、木曜日の朝に手術を受けました。筋肉にも皮膚にも浸潤しておらず、年齢も考慮すると、ある論文のデータでは遠隔転移(がんが発生した場所から離れたところで再発すること)が起こる可能性は3.2%と低く、予後がかなり良いことも分かりました。

編集部 -- 2006年に『最高の医療をうけるための患者学』(講談社+α新書)を出版されました。新聞やチームオンコロジー.Comで患者相談も行っていますね。

上野 -- 日本に来るようになって、日米の患者の違いに気が付きました。一般的に米国の患者は自分の病気のことをよく知っています。日本の患者では、そういう人はまだ少ない。それで、患者向けに「賢い患者になる方法」を語ってきました。がんになって、患者の気持ちがさらに分かるようになりました。「患者の視点をもっと考えろ」という試練が与えられたのかもしれません。

 生検のために、がんと疑われる組織を専用の針などで採取する際に、「がん細胞をまき散らしたり、広げることになるのではないか」と質問する患者さんがいます。私は「そんなことはありませんよ」と、いつも丁寧に説明するようにしています。ところが自分が生検を受けるとき、「これって、がんを広げることになるんじゃないの?」と、同じ質問をしている自分を発見しました。患者の不安というのは、そういうものなのですね。

 患者になって一番つらかったのは、ほかの人が、「上野はもうあまり仕事ができないだろう」と決め付けているのではないかと感じたときです。がんと分かったとき、がんであることを日本の仕事の関係者や知人にメールで知らせることに決めました。

 ところが、半分ぐらいは返事がない。心配してくれているのでしょうが、「上野はもうだめだ」と思われているのではないかと想像すると、気持ちがいいものではありません。また、日本の仕事の相手も、私が来日できなくなった場合の段取りを考えているようでした。担当者としては当然の対応かもしれませんが、私が今までどおり働く意思があるのに、当人抜きで物事を決めてしまうことは、本人を無力感に陥れることになります。「どうしたいのか」と、まず尋ねてほしいのです。

 これはすべての患者さんの仕事、家事、趣味、旅行などの日常のことにおいても同じです。周りが勝手に決め付けてしまうと、患者をとても傷つけます。米国では腫瘍内科専門医は、抗がん剤を適切に投与できるだけでなく、患者の心もトータルに見られることが当然とされています。

編集部 -- 2000年以降、頻繁に来日し、がん診療にかかわる医師、看護師、薬剤師にチーム医療のあり方を教えていらっしゃいます。これまでの受講者は約400人。日本のがん医療現場に大きな影響力を与えていますね。

 

上野 -- 大学卒業後、横須賀米海軍病院で研修を受けました。指導医が問診と病歴から論理的に鑑別診断(いくつかの病気を念頭に置き、最も妥当と考えられる病名を判断していくこと)を明快につけていく姿にあこがれ、「自分もこうなりたい」と1990年に米国に渡りました。米国で一人前の医師になりたい一念でした。米国有数のがんセンターに職を得て、米国腫瘍内科(抗がん剤治療を主に行う医師)専門医の資格を取り、診療と研究に明け暮れてきました。正直、日本のことは眼中にありませんでした。

 ところが、2000年に製薬企業の招きで来日し、当時新たに脚光を浴び始めていた分子標的薬(がんの発生や増殖に関係しているある特定の分子に対して作用する医薬品)に関する講演を、数カ所でする機会がありました。このとき、気持ちが変わりました。日本のがん診療に携わる医師は優秀で、知識や技量では米国と遜色ない。でも、何でも一人で抱えてしまって忙しく、臨床試験や論文にかける時間が取れていません。日本でチーム医療を発展させる手伝いをしたいという気持ちが生まれました。ずっと、継続していこうと考えています。

 これまで400人が私たちの教育プログラムを修了し、30人はMDACCで研修を受けました。年6、7回、合計30日程度は日本での教育活動などに費やしています。米国から私が属しているチームのメンバー8〜10人が講師として来るのが特色です。

 看護師がどれだけ重要な役割を担っているか、薬剤師は医師にどんなアドバイスをするか、チームの動きをつぶさに見てもらいます。個々人がどんな専門性を持ち、どのように情報共有をし、意見を戦わせ、患者の治療に当たるかを理解してもらいます。ここ3年は、受講生は1つの医療機関から医師、看護師、薬剤師の3人一緒に来てもらうようにしています。一人だけでは現場を変えることが難しいからです。

 もちろん日本と米国の医療現場は異なりますから、米国のやり方をそのまままねをしてもうまくいかないでしょう。参加者には、自分の病院の中で、同じようなことを、自分たちのやり方でどうやったらできるか、自分の頭でまたみんなで考えてほしいのです。

 2000年に始めたころと比べると日本のがん診療の考え方は劇的に変化しました。当時はチーム医療というと、うさんくさい顔をされました。今では日本癌治療学会、日本乳癌学会など多くの学会の学術総会のセッションで、熱心に多職種が連携したチーム医療のあり方が議論され、私もたくさん話をする機会ができました。私なりに貢献できたと思います。ただし、本当に現場に定着するかどうか、勝負はこれからですね。

編集部 -- 分子標的薬の感受性を予測する研究で、今年度、米国立衛生研究所(NIH)から5年間で200万ドルの研究費を得られました。審査ではトップクラスの研究計画との評価を受けたそうですね。

上野 -- NIHや米国がん研究所(NCI)の科学研究費が、主任研究者としてコンスタントに獲得できるようになってきました。臨床もチーム医療研修も全力で取り組む中、なかなか科研費が取れない時期もあり、研究以外のことをやりすぎているのではないかと悩んだこともありましたが、今はすべてが順調です。

 自分ががんになって感じたのは、患者の立場にたったコミュニケーションや心のケアの大切さと同時に、研究の大切さです。悪性線維性組織球腫に関する論文検索をし、主治医に根拠となるエビデンスを求めましたが、データはわずかしかなかった。

 考えてみたら、乳がんや肺がんなどでも同様なのです。たくさんのエビデンスがあるように見えますが、これも本来知り得るはずのごく一部。患者としても、もっと臨床試験に参加しがん組織を細胞バンクに提供し、後の患者たちのために研究を進める必要があると、改めて強く感じました。

 がんを経験したからといってこれまでと特段変わることはありません。米国での臨床と研究、そして日本での教育。むしろ、もっと焦点を絞りつつ力を入れていきたいですね。


(敬称略、聞き手:埴岡 健一)

■上野 直人(うえの・なおと)氏略歴
京都府生まれ。89年和歌山県立医科大卒。横須賀米海軍病院での研修を経て、93年にM.D.アンダーソンがんセンター医師となる。93年に米国一般内科専門医取得、95年に米国腫瘍内科専門医取得、2003年准教授に就任。

〔参考サイト〕
患者さん中心のがんチーム医療のために:チームオンコロジー.Com

※この記事は、日経メディカル2008年3月号の『ヒーローの肖像:上野直人氏』を、がんナビレポート用に再構成したものです。


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