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レポート

2008/1/15

がんサバイバーの本音

「本当に大変なのは退院してから、退院後も医療者の支援は必要」

4歳で髄芽腫となった太郎君(仮名)の母親より

 2003年春、当時4歳だった息子の頭痛が頻繁におきるため、都内の総合病院で検査を受けました。そして、髄芽腫があることが分かり緊急入院。入院2日目から1カ月の間で、4回の手術を受け、化学療法や放射線療法も受けました。

3歳年上の娘について
 息子が生きるか死ぬかという状態のなか、私も病院に籠もりきりとなり、夫も仕事が終わってから病院に看病に来て夜遅く帰るという生活。当時小学2年生であった娘には、「病院で検査してもらう」とだけ伝え、祖父母に世話を任せきりとなってしまいました。

 最初、娘は、大好きな祖父母と一緒に過ごせることを喜んでいましたが、1カ月経った頃から、「何かがおかしい」と異常な状態に気付き始めました。私たちも、娘に息子の状態を説明し、息子に会わせた方がいいのかどうか迷うようになりました。しかし、当時息子は、何の反応も無く、変わり果てた姿でしたので、息子に会わせることで娘がショックを受けることも心配でした。

 そして、入院から2カ月後、息子が車いすに座っていられるようになった頃に、娘を会わせました。変わり果てた息子に対して、娘は涙をボロボロ流しながら「がんばって」と話しかけていました。

 そして、4カ月後の初めての外泊のとき、私と娘が久しぶりに並べた布団の中で、「なぜ、私だけこんな寂しい思いをしなければいけないの?友達はお母さんがいてうらやましい。私が3年生になるまでに帰ってくる?」と号泣されました。これまで祖父母の前でも学校でも、寂しさ、悲しさは一切見せずに頑張っていた娘の初めての訴えでした。先の見えない闘病であったため、私は娘に何も答えることができませんでした。

 7カ月後の退院。弟の入院中の話を嫌がっていた娘が、突然泣き出し、当時の寂しさを話し始め、弟の病気について詳しく知りたがりました。私は、隠さず全てを説明し、治療は終わっても、今後も経過観察が必要なことを話しました。

 娘は、「髪の毛が生えてきたからもう良くなったと思った」と泣いてしまいました。

 息子が完治したと思っていた娘は、また、「一人になるかもしれない」という寂しさや不安を募らせてしまったのかもしれません。弟の入院時の寂しさの記憶や、退院後も親の心はいつも闘病中の弟に向いてしまうことで、娘は孤独に敏感になっていました。そして、これを境に、なにかにつけて「私なんかもういらないんでしょ」と反抗することが多くなりました。

息子が小学校に行き始めて
 息子は、闘病のため幼稚園に行けず、小学校が初めての集団生活でした。私もいろいろと不安だったので、小学校入学前に、学校に対して息子の病気のことを説明に行きました。そのときは校長先生から、「親の不安は子に伝わるもの。まずは学校生活が楽しいということを分からせてあげましょう」と励まされました。小学校に通い始めた息子は、日を追うごとに体力もつき、生き生きとしていましたので、順調な復帰と思っていました。

 しかし、二年生の後半、仲の良い友達に、外見のこと(息子の頭部には手術の跡が残っています)をからかわれたのをきっかけに、「学校に行きたくない」と言い始めました。一年生のとき、「どうしてこんなふうに(頭髪)なっちゃったの?」とポツリと言っていたこともあり、学校で嫌なことがあるのだと私も感じていましたが、息子はそのときまで、外での嫌なことは一切言わずに我慢していたのです。

 また、娘もいつもは男の子を負かしてしまうぐらい強い女の子なのですが、「お前の弟、ハゲだ」とからかわれ、反論できずに泣いて帰ってきたことがありました。娘は、自分も弟も辛くて、悲しくて、苦しい経験をすごく頑張ってここまできたと思っており、だからこそ、言い返せなかったのだと思います。娘は、友達に弟の髪型を聞かれても「病気をしたから」と本当のことがいえず、「生まれつき」と言い通していたことも後ろめたかったようです。

 これらのことを学校に相談しましたが、学校側は、過保護な母親とでも思っていたようで、あまりまじめに取り合ってもらえませんでした。そして、息子の件では状況はあまり変わらず、娘においては、「こんな事で泣かないで、もっと強くなりなさい」と逆に突き放され、娘はもっと傷つきました。

私自身のこと、看護外来との出会い
 入院中は、同じような病気と闘っている家族と励まし合い、悩みや不安を理解してくれる人が周囲にいましたが、退院後の生活では、周りの人達に理解してもらえない現実に戸惑い悩みました。学校では次から次へと問題が生じます。私は、どうしてよいか分からなくなり、主治医の先生に相談しました。そして、看護外来を紹介されました。

 看護外来では、周りの人に理解してもらえない辛さ、学校の問題、子供達への対応など、これまで思い悩んでいたことを、全て聞いてもらうことができました。自分が相談できる場所、理解してくれる人がやっとできたと感じることができました。

 そして私は、これまで隠していた息子の病気について、息子の友達のお母さんに話すことができました。話を聞いた友人は、「毎日学校に行けるっていうことはすごいことだよね」と言ってくれ、闘病体験は胸を張っていいことなんだと考えられるようになりました。また息子にも、病気のことを伝えることができました。

 娘は、息子の退院後2年ぐらい経ってから、辛い過去の経験がよみがえるフラッシュバックによる不眠症になっていました。この件も看護外来に相談し、娘も看護外来に通うようになりました。これまで病院に行くと息子ばかりが声をかけられていたのですが、娘も看護外来で話を聞いてもらう機会ができ、自分も相談できる場所ができたことをうれしく思ったようです。

●担任の先生からのメッセージ(概要)

 今日は、みんなに大切なお話があります。太郎君のことです。実は、太郎君は、命に関わる大きな病気をしました。  みんなが保育園や幼稚園で元気に遊んでいるとき、太郎君は、病院のベットの上で辛い思いをしながら病気と闘っていたのです。太郎君の頭に残っている傷は、『病気と闘かい勝った証』なんだよ。  先生は、みんなに友達の気持ちが分かる人になって欲しいといっているよね。太郎君は、お友達と遊べるようになったのが小学校に入ってからだから、一緒に遊ぶときにみんなはふざけたり少し乱暴な事が平気でも、太郎君は同じ様に思えないかもしれないね。でも感じ方の違いはどの人にも当てはまる事。みんなは他の人の気持ちを考えながら行動出来るよね。  先生は、みんなに病気が治った友達を応援できる三年生になって欲しいと思っています。

再び、小学校の話
 息子は三年生になりましたが、友達の対応は何も変わっていませんでした。このままではいけないと、病気のことを学校の友達に伝えた方がいいのではと思うようになり、学校に相談しました。しかし、学校の窓口である教頭先生は、「お母さん、あせらないで、あせらないで」と繰り返すばかりで、理解してくれませんでした。

 そこで、看護外来から「子供でもきちんと説明すれば、理解できる。病気に対する理解を促すことはこれからの学校生活にも重要」と学校側へ説明してもらいました。また私も、病気をしたからといって特別扱いを望んでいるのではなく、患者や家族の思いを説明したいだけなのだという話を繰り返しました。また、布団に入り息子の温かい体に触れるたびに、生きていてくれることに感謝の気持ちで一杯になるという私の気持ちを伝え、やっと学校側の理解を得ることができました。

 学校側から子供たちに対する説明は、三年生全員を集めて行われ、私も参加させてもらいました。子供たちは皆、担任の先生の話(囲み参照)を真剣に聞いていました。拍手をしてくれる子供や、「頑張ったな」と声をかけてくれる子供もいました。

 私も、その場で、入院中、息子がしたくてもできなかったことは友達と遊ぶことで、今、一緒に遊べることにとても感謝していると話をさせてもらいました。

 その日、息子はこれまで見たことのないようなとびきりの笑顔で家に帰ってきました。やっと、前に進めた。新しい出発点に立てたと、私は思うことができました。

医療者に望むこと
 今でも昔のことを思い出すと娘は泣いてしまいます。兄弟姉妹の心のケアの必要性をもっと早くに知っていれば、誰かが気付かせてくれたなら、これほどまで娘を傷つけずに済んだのではないかと悔やまれてなりません。

 また、周囲の子供たちや学校に病気を正しく理解して適切に対応をしてもらうためには、家族だけでは限界があり、医療者の支援が必要です。実際、私がどんなに説明しても思うような理解を得られなかった学校側に医療者から説明をしてもらうことで、理解を得ることができました。入院中だけでなく退院後も、病気のことだけでなく、病を背負い生きて行かなければいけない苦しみや兄弟姉妹のケアや学校への対応など、様々なことを医療者が支援してくれれば心強いと思います。

 今、息子は、学校に行きづらくなった友達を誘って登校しています。人を支える側になるほど成長しました。家族揃って生活できることを本当に感謝しています。

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