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レポート

2007/8/21

日本列島がん対策・現地レポート(3) 〔高知県〕

患者による患者のための「がん患者サロン」オープン

 高知県はこのほど、患者による患者のための「がん患者サロン(仮称)」を10月に開設することを決めた。県が場所を確保し、運営は患者団体に委託する。患者団体がかねてから要望し、県の「がん対策推進条例」にも明記された施設がようやく実現する。これまで、患者団体がペースメーカーとなって、がん対策に関する「請願書」「要望書」「がん対策条例」と、高知のがん対策は進んできた。県の「がん対策推進計画」づくりも、患者団体が強力に後押しして進展していきそうだ。




高知県の「がん患者サロン」が置かれる「こうち男女共同参画センター ソーレ」
写真1●高知県の「がん患者サロン」が置かれる「こうち男女共同参画センター ソーレ」

 高知県はこのほど10月下旬に「がん患者サロン(仮称。以下、サロン)」を開設することを決めた。10月の県議会で補正予算を組んで費用を捻出する。サロンのスペースには「男女共同参画センター ソーレ」(写真1)の3階にある会議室を充てる。利用する患者さんの利便を考えて、土曜日、日曜日も開き、休みは水曜日と祭日とする。時間は11時から17時までだ。

 高知市に本拠を置くがん患者団体「一喜会」の代表である安岡佑莉子氏(写真2)は、島根県のがん患者サロンに触発され、高知にも同様の場所を実現しようと要望を続けてきた。「自分の娘が、がんになったとき、何でも相談できる場所がほしかった」(安岡氏)という経験から、他の患者に同じような苦労をさせずにすむように、との一念から取り組んできた。

 県は、サロンの運営を患者団体に委託する。安岡氏は県の担当者と打ち合わせを進めている。安岡氏はこれまで月間数十件の患者相談を実施してきた。親身に相談に乗り、患者の診察に動向することもしばしばだ。一人ひとりの患者に最適な選択をとことん追求しようとする。例えば、県内で治療法がないといわれた患者がいると、新しい抗がん剤を使う東京の医師を紹介し、次に、それと同じ治療をしてくれる高知の医師を見つける。「患者や家族には、できる限りの最善のことをやったという気持ちになれることがとても大切」というのが安岡氏の信念だ。

 高知県のがん対策担当者たちは、安岡氏から患者の相談内容について詳しく話を聞いてきた。6月に受けた58件の相談のテーマの内わけは、治療29件、不安19件、不満4件、セカンドオピニオン(別の医師の意見の取得)4件、その他9件だった。男女の割合は女性が8割で、相談時間はおおよそ30分から2時間程度で平均では1時間弱だった。分かってきたのは、がん拠点病院に設置されている「相談支援センター」だけでは、患者のニーズを十分に満たせないことだ。

一喜会の会長で、高知のがん対策をけん引する安岡佑莉子氏
写真2●一喜会の会長で、高知のがん対策をけん引する安岡佑莉子氏

 患者の立場からすると、受診している医療機関に相談するのは敷居が高い。また、相談すること自体が主治医に悪いという気持ちがあるから、患者に一緒に寄り添ったり、患者が一歩踏み出すことを手助けする人の存在が必要だ。そして切実なのは、「どこの医療機関に行けばいいのか」という疑問だ。一方、がん診療連携拠点病院にある相談支援センターには外来、入院の受診患者以外からの相談は少ない。また、他の医療機関に関する詳しい情報は持ち合わせておらず、他の医療機関や患者会などとの連携も満足に行われていない。相談に来る患者や家族が少ないからといって、悩みが少ないと考えるのは早計だ。

 こうした分析から、高知県は県として相談窓口を設けるに当たって、「気軽に相談できる窓口を提供することが県の役割」ということを強く意識するに至った。そして、患者の立場から患者や家族の悩みを傾聴すること、医療機関の視点からでなく公平な立場で患者と医療機関の間の調整を行うこと、どの医療機関がどんな治療法を提供しているか情報を集めて提供できること――などを重視することとした。

患者窓口の運営を患者団体に任せることを決断
 高知県健康福祉部健康づくり課の課長補佐である今井淳氏は、「県が窓口を設置するに当たり、どこに作り、どのように運営すればいいのか、ずいぶんと模索した」と語る。「患者さんの悩みや相談内容を聞くにつれて、とても県職員にできる仕事ではないと分かった。そんな度量とスキルがある人はいないし、担当者を決めたとしても、慣れたころに異動があったらまた最初から勉強しなおさなければならない。かゆいところに手が届くような対応をするには、これはもう患者団体にお任せするしかないと考えた。県が県として何をするべきかという発想の間は解決策が見つからなかったが、患者団体にお願いすればいいと考えると、ふっきれた」。

患者相談を患者に任せることを決断した、高知県健康福祉部長の畠中伸介氏
写真3●患者相談を患者に任せることを決断した、高知県健康福祉部長の畠中伸介氏

 ふっきれたきっかけは、健康福祉部長の畠中伸介氏(写真3)と安岡氏の2時間におよぶ会談だった。畠中氏は「患者さんが置かれた実際の状況をよく聞いてみると、県が形だけの窓口を開いて解決できるような問題ではないことが理解できた。患者団体に相談業務を任せるということは患者の視点が強くなる。だから、患者側と医療機関の間のあつれきも生むだろうが、それも覚悟してやっていく。患者さんの安全と安心を培っていくことは、県の役目だから」と、その心境を語る。

 8月上旬にサロンの概要が決まってからの安岡氏の強い関心事は、開設前に「相談員としての研修を受けておきたい」ということ。熱意と問題解決力には自信があるが、自分と相談に来る人の安心のためにも、相談員として心得ておくべき基本を習得した何らかの証がほしいのだ。

 国立がんセンターが実施している相談支援センター相談員講習会は、対象を拠点病院の係員に限定している。東京ではキャンサーネットジャパンが「認定がん情報ナビゲーター養成講座」と「認定乳がん体験者コーディネーター養成講座」を実施しているが、地元にはそうしたプログラムはない。そこで、地域の相談員のために講師を招いて講義を実施することを検討中だ。まず安岡氏が8月30日、31日に静岡がんセンターが実施する相談支援センター担当者向けのワークショップに参加。その後、同様の研修の高知での実施を考える。

 8月4日の夕方、高知市内で拠点病院相談支援センター、訪問看護ステーション、患者会の3つの立場で患者の相談に応じている係員が集まった意見交換会が開かれた(写真4)。安岡氏の呼びかけで行われたもので、行政も立ち会った。ここで一番大きなテーマになっていたのは、再発後の医療機関の連携についてだった。患者会や訪問看護ステーションからは、適切な治療を受けられず"がん難民"となっている患者が多数いることが指摘された。医師が次の医療機関を紹介せずに患者を退院させたり、技量がない医師による不適切な疼痛管理や輸液管理によって無用な苦しみにさらされている患者がいることが例をあげて説明された。

患者相談に関わる者たちが一同に会して自由に意見交換を行った
写真4●患者相談に関わる者たちが一同に会して自由に意見交換を行った

 安岡氏は、「地域の関係者が連携することが何より大切。切れ目がない医療を実現することが大切で、一部が頑張っていても、別の部分が不十分だったら、全体としては不十分。みんなが大きな輪になっていけば、高知のがん医療がよくなる」と訴えた。そして、10月以降、サロンの場を活用してこうした意見交換会を定期的に開催することを提案した。県健康づくり課の今井氏も、「解決策は患者さんが持っているかも知れない。患者同士の情報力も問題解決力もある。患者も医療関係者も相談員も集まって情報交換することで、いろいろ知恵も出るだろう」と呼びかけた。

 サロンは患者相談の拠点となるだけではない。相談業務が終了した後の夜の時間帯には、立場を超えて相談に関わる人が集う場所にもなる。今後、高知県内でも拠点病院の相談支援センターの機能が強化される。また、それぞれの拠点病院などでも患者が患者の相談に乗る「がん患者サロン」が作られていくだろう。県が設置するサロンは、病院の相談支援センターや個々のサロンをつなぐネットワークの要となることも期待される。

患者と議員のチームプレーが生んだ「がん対策推進条例」
 県がサロンを作ることになったのには、今年3月23日に制定された「高知県がん対策推進条例」の存在が大きい。この第7条に「県は、相談窓口の整備などのがん患者およびその家族または遺族に対する相談支援などを推進するために必要な施策を講ずるものとする」とある。ここが、県が病院外に相談窓口を設置するという根拠になっているのだ。

患者の熱意に打たれてがん対策推進条例の実現に力を尽くした山本広明氏
写真5●患者の熱意に打たれてがん対策推進条例の実現に力を尽くした山本広明氏

 この条例は議員提案によって成立した。提案したのは当時、自由民主党高知県連幹事長で現在、高知県議会議長の山本広明氏(写真5)だ。議会で提案理由を説明する際に山本氏は「一昨年(2005年)、一喜会という患者やその家族の会の会長である安岡佑莉子さん、そして昨年(2006年)1月に亡くなられました小椋智子さんのお二人にお話をお聞きし、熱意に動かされたことがこの条例提案につながった」と述べた。患者会の要望と山本氏の奮闘がなければ、この条例はなかった。

 条例の目玉は2点ある。第1に、県のがん対策を審議する「がん対策推進協議会」を設置して、委員にがん患者、家族、遺族を入れることを規定したこと。第2に、サロンを作ることを盛り込んだことだ。山本氏は、条例提案理由の中で、サロンの趣旨を次のように明確に語っていた。「患者側からすると不安や不満というのは病院側には言いにくいもの。県が相談窓口を整備してほしいという声が強くあるのを受けて、公平でだれからも相談しやすい相談窓口を整備できるよう、必要な施策を講ずるものとした」。

 この条例制定までには、患者会と山本氏によるホップ、ステップ、ジャンプの三段階の取り組みがあった。まず、第一段階として、一喜会は2005年に議会への陳情を行った。そして、これに基づき同年3月には県議会から国への意見書を採択してもらった。内容は、「抗がん剤治療を専門とする医師の早期育成」を求めるものだった。第2段階は、県への請願書で、2005年7月7日に可決された。内容は、高知県がん対策推進本部の設置、がん拠点病院の増設、抗がん剤専門医育成のため国立がんセンターへの医師派遣、拠点病院でのチーム医療体制の確立、治療成績や診療体制に関する情報の開示――などだ。

 この一連の流れを組み立ててきたのは、小椋智子氏の夫の小椋和之氏(写真6)だった。智子氏は胃がんと診断され2004年1月に手術した。スキルス性胃がんと呼ばれる治療が難しいがんで、病期は3B期にまで進行しており、再発の可能性が高い。補助的な抗がん剤治療などで懸命に闘病する中で、2004年11月ごろ、一喜会の存在を知り入会した。

これまでのがん対策への実績が買われ、県職員でありながら患者遺族代表委員となった小椋和之氏
写真6●これまでのがん対策への実績が買われ、県職員でありながら患者遺族代表委員となった小椋和之氏

 一連の議会対策は和之氏が司令塔となって企画立案し、智子氏が安岡氏と一緒に実行部隊として動いた。和之氏は、山本氏への陳情、県の担当部長との面会など、誰にどのタイミングで合うべきかや、請願書や条例の文案までアドバイスした。「患者にとっては望んでいること。議員にとっても功績になる。必ず話を聞いてくれるという確信のようなものがあった。できる限り書類をそろえて持っていけばスムーズに話は進む」と和之氏は語る。和之氏がこれほど政治プロセスを熟知し、具体的で的確なアドバイスができるのは、県庁の職員だからだ。請願書や条例の文案を書くのは、それほど難しいことではない。

 智子氏は国への意見書が採択された2005年3月の直後に、再発が分かった。再発後も東京へ抗がん剤治療の毎週通う中、請願書の可決のために奔走するなどの活動を続けたが、2006年1月に33歳の若さで他界した。しばらくは何も手につかなかった和之氏だが、2006年の夏ごろから2006年12月議会を目指して条例作りに取り組んだ。和之氏と安岡氏が連携プレーを行った。和之氏が作戦と条例文案をアドバイスし、安岡氏が山本氏に条例制定を依頼し、県庁担当者に条例の必要性を説明して回った。山本氏は県庁担当者と精力的に折衝し、自ら議員提案をし、2007年2月には無事に条例の制定にこぎつけた。

患者からの要望を、がん対策推進の追い風と認識
 県庁職員内に、当初、条例制定に心理的抵抗がなかったわけではない。高知県健康づくり課の課長補佐である今井氏は、「正直言って、最初は条例なんか作って何をやらされるんだろうか、という気持ちもあった。今では、条例で方針を明文化してもらったおかげで仕事がやりやすくなったと前向きに捉えている。患者からの強い圧力を感じるが、それを行政への後押しと思えるようになった」と笑う。

 健康福祉部長の畠中氏もその意義を次のように語る。「条例ができたことで対策を進めていかなければいけないという重みが生まれた。これまで県は医療に関しては国と民間に任せっきりのところがあった。医療に関して患者の声を聞くことも、あまりに少なかった。今の動きは、県として何がやれるか考えていくための、いいきっかけだ。患者さんの圧力が医療を動かす部分もある。新しい動きが、がんの領域ではじまって他の医療分野にも広がっていくだろう」。

 8月4日、高知ではがん対策推進条例に基づいて、第1回の「がん対策推進協議会」が開催されていた。そして、そこには遺族代表として委員に選ばれた小椋氏の姿があった。協議会委員に患者、患者家族、遺族それぞれ1人ずつ選ぶにあたって、人選を相談された安岡氏が小椋氏を推薦したことで実現した。県の職員である小椋氏だが、会議には県の職員でなく患者関係者委員として参加する。

 これまでは患者団体のブレーンという影武者だったが、今後は協議会委員としてがん対策の立案に直接関わることになる。協議会が始まる直前に小椋氏に話を聞くと、「妻もこんな形でがん対策が進むとは思っていなかったかも知れない。喜んでくれていると思う」と語った。協議会委員の席に座った小椋氏は、感無量だったことだろう。冒頭の事務局からの資料説明が終わったあと、小椋氏は最初に発言して議論の口火を切った。「がん医療が患者の満足につながっているかどうかの観点が大切。高知県では、患者満足度を計測し、数値目標にするとよい」と提案した。事務局の県担当者は「具体的に検討していきたい」と答えた。

NPO化でさらなる役割拡大を図る一喜会
 高知県のがん対策において安岡氏の存在は非常に大きい。第1回がん対策推進協議会の席上でも、「遅ればせながらここまでやっときた。みなさん、自分のこととしてがん対策に取り組んでください」と委員を鼓舞する発言があった。医療関係者や行政にも言いたいことをずばずばと言う。患者のためにいいことだと思ったら、どんなことでもやり遂げたいと強い意欲を示す。「強く思えば何でも実現できる。あきらめることは嫌い。一度ダメでも別の方法を考える。患者が強く声を上げないと何も変わらない」と信念を語る。

 協議会の委員だけでなく、「第5期保険医療計画策定に関するがんワーキンググループ」のメンバーとして医療計画のがん計画の策定にも関わる。拠点病院や主要な医療関係者が集まる「高知がん診療連携協議会」の委員でもある。カリスマ的な発言と持ち前の行動力で、高知のがん対策をけん引する。行政担当者も安岡氏とのコミュニケーションを密にするように心がけているのがうかがえる。

 そんな安岡氏が頼りにしている医師がいる。高知大学医学部の元助教授で、現在、高知県いの町にある「いの町立国民健康保険仁淀病院」の院長である松浦喜美夫氏だ。松浦氏は一喜会設立の発起人のひとりで、現在は顧問の立場にある。安岡氏は「松浦先生がいなければ今の一喜会も、私もなかった」という。松浦氏が安岡氏に向かって「医療者や行政の痛いところもたくさん突いているけど、言っていることが無茶で、無謀なときも多いよね」と、笑いながら語りかけると、安岡氏は、「先生、あれぐらい言わないと変わらないのよ」とやり返す。強い信頼関係が成り立っていることがうかがえる。周辺から松浦氏には、医療関係者と患者関係者の仲介者の役割も期待されている。

 高知のがん対策において一喜会と安岡氏の果たす役割は大きい。一喜会はNPO(非営利特定法人)となる本格的な準備を今秋にも始める。そして10月からはがん患者サロンの運営を担う。がん対策推進計画の策定にも多大な影響力を持つ。高知のがん対策は、しばらくは、一喜会と安岡氏の成長力に従って進展していきそうな気配である。

(埴岡 健一)

※「日本列島がん対策・現地レポート」は、随時、掲載する予定です。


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