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レポート

2007/6/19

アメリカ乳がん事情レポート:連載4 〔電話相談サービス〕

「ひとりで悩まないで」〜互いに助け合う精神に学ぶ

「ブーゲンビリア」代表 内田絵子氏

 約1週間の米国への乳がん患者団体などの視察旅行では、米国の乳がん患者団体である「米国乳がん連合 (National Breast Cancer Coalition、以下NBCC)」の年次大会に出席し、さらには、そこに参加するさまざまな患者団体の方々と交流した。米国でも最大クラスの乳がん患者団体である「Y-ME(ワイ・ミー)」が提供する24時間の無料電話相談サービスは、相談する患者さんの立場に立ち、行き届いた数々の制度を持っていた。スローガンに「ひとりで悩まないで(You’re Not Alone)」と掲げるように、そのサービスの中には電話相談に関わる乳がんサバイバーの温かい心が通っていた。(乳がん患者支援団体「ブーゲンビリア」理事長 内田 絵子)




●Y-MEの歴史
・1978年 設立
・1989年 ホットライン(電話コールセンター)を設置し、訓練を受けた乳がん経験者による相談を実施
・1994年 スペイン語によるホットラインを開始。乳がん患者の配偶者同士の紹介制度を開始
・1999年 10代の若者への教育啓蒙活動を全国に拡大
・2000年 乳がん専門医による講義の後に患者からの質問を受け付ける、月例電話カンファレンスを開始
・2002年 ウエブサイトを全面改修して増強
・2003年 ホットラインを150カ国語対応可能に拡充。経済困窮者向けに2つのサービスを開始
・2004年 電話相談員認定制度を開始
・2005年 ウォーキングラリーを展開。各国語の情報提供冊子を作成

 連載1、2でも報告したとおり、米国乳がん連合(NBCC)は、米国の乳がん患者団体が集う連合である。Y-ME National Breast Cancer Organization(以下、Y-ME=ワイ・ミー)もそのうちのひとつである。Y-MEという名前は、「Why me?」(どうして私が乳がんに?)という言葉から付けられた。シカゴに本拠を置き、全米に展開する米国でも最大クラスの乳がん患者団体である。

 1978年に2人の乳がん患者さん、アン・マーコーさんとミミ・キャプランさん(ともに故人)の、食卓でのおしゃべりから生まれた団体だという。40代だった2人は、それぞれソーシャルワーカー、図書館司書として働いているところに乳がんに罹患した。米国でも30年前は、がん患者に対する偏見に満ちていたらしい。

 しかし2人は、若くして乳がんになるという人生のアクシデントに、悲劇のヒロインとしてただ泣くだけではなく、社会の偏見に勇敢に立ち向かう戦士となった。自分のがん体験をただの個人の体験として終わらせるのではなく、乳がん患者として、がん患者の苦しみを取り除き、がんを撲滅するために社会にメッセージを発信し、社会貢献していこうと立ち上がったのだ。キッチンの会話から始まった活動が、30年後の現在では、NBCCに加盟する団体の中でも大きな影響力がある組織へと成長した。ロビイングはもちろん、乳がんに関する情報提供など、幅広い分野に手を広げている。特に無料の電話相談サービス(ホットラインサービス)に関しては、特筆すべき充実度を誇っている。

Y-MEの政府ロビイング担当のケイ・ウィスマンさん(右から2人目)たちと夕食を楽しんだ
Y-MEの政府ロビイング担当のケイ・ウィスマンさん(右から2人目)たちと夕食を楽しんだ

 私は今、東京都がん対策推進協議会に患者代表として参画し、東京都がん対策推進計画の内容に患者の視点から声を上げている。また、東京大学の医療政策人材養成講座を受講しているが、そこでは「医療を動かす」がスローガンとなっている。がん医療を変えるべく私が選んだテーマは、がん拠点病院の患者相談支援センターの現状を、体制や実績などから検証する調査を行うというものだ。いずれにおいても、患者に役立つ情報提供をどのように実現していくかが関心事である。そのためには、患者さんが気軽に安心して悩みを吐き出せるような敷居の低い相談窓口であることが必要だ。また、患者の目線を大事にすることが欠かせない。

 そう考える私は、Y-MEが実施する電話相談サービスがどのようなものか、ぜひ詳細に話を聞きたかった。ちょうどNBCCの年次総会中に親しくなったY-MEの政府関係部門の部長であるケイ・ウィスマンさんと夕食をともにする機会に恵まれ、お話を聞くことができた(写真右上)。

訓練を受けたがん経験者が相談窓口で対応
 この電話相談サービスはまったくの無料であり、米国内であればフリーダイアルを利用できるため電話料もかからない。年間4万件の電話がある。相談内容について個人情報はしっかりと保護されている。電話相談にあたるのはトレーニングを受けた乳がんサバイバー(経験者)で、相談者の相談内容や診断された疾患の状況などにより、似た経験をもつサバイバーをカウンセラーとするマッチング制度もある。これによって相談者は自分の悩みにより適したアドバイスを受けることができるようになる。相談員に対するトレーニングシステムも充実していて、オリジナルプログラムを作成し、その内容は5年に1度改定され、1年に1度質のチェックを行い、エビデンスを重視した乳がん最新知識や情報を提供している。

 ウィスマンさんからいただいた名刺には、24時間電話サービスのフリーダイアルの番号が記載されていた。あわせて、スペイン語専門のフリーダイアルの番号も記載されていた。米国に居住する人々のうち、3000万人は英語を母国語としない。特に、スペイン語を話す人は多いため、このサービスが提供されている。また、英語、スペイン語以外の言葉を話す人のためには、150カ国の言語に対応できる通訳サービスも提供されている。米国に居住する日本人が、このサービスを利用すれば、日本語の通訳を介して相談を受けられることになる。英語以外の言語サービスに携わるスタッフは2000人にのぼるという。乳がんにかかった人が抱える悩みや不安は、人種や話す言語は違っても同じ。Y-MEは「ひとりで悩まないで(You're Not Alone)」とスローガンに掲げているが、その懐はとても深い。

Y-ME理事のジェイン・パールムッターさんが電話相談サービスを立ち上げた
Y-ME理事のジェイン・パールムッターさんが電話相談サービスを立ち上げた

 ウィスマンさんご夫妻もナイスカップルでとっても温かいお人柄だった。日本からNBCCに参加している私たちを応援したいと、いろいろと配慮をしてくれた。NBCC年次総会2日目の夜には、Y-ME主催の懇親会があるということで、私たちも招いてくれた。そして、Y-MEの電話相談サービスを立ち上げたジェイン・パールムッターさん(Y-ME理事)と引き合わせてくれた。懇親会でワインやビールを片手に、気さくにお話しをして打ち解けあうことができた(写真左)。

 Y-ME独自の研修や実地トレーニングを修了してからテストを受け、パスすると活動部隊として活躍できるようになるとのこと。「何を質問してもいいですよ。こわがらなくてもいいですよ、大丈夫。乳がんを体験した人に聞いてほしいのね」と語って心を開いていくという。不安や恐怖感一杯の患者のために、何より支えになるのは患者会ならではのぬくもりだ。それが大事なのは世界共通だと感じた。また、患者支援の形は多岐にわたり、経済的に支援を望む患者さんには抗がん剤情報や副作用対応を伝えるだけでなく、かつらや術後用パットのプレゼント制度も設けている。大組織だが、きめ細やかだ。

「病気であっても、病人ではない」と、がんを生きる
 NBCC年次総会期間中に、さまざまな患者さんとの出会いがあった。ステキな珍しいピンクリボンバッジをつけている患者女性に声をかけたら、翌日、会場で私を探して、シカゴ限定というそのピンクリボンバッジをくださった。シカゴにある患者団体の方だった。

 たまたまエレベーターに乗り合わせて会釈をしたとてもキュートな若い女性は、まだ30歳になったばかりだが、IV期の乳がんと診断され、骨転移があるという。このステファニー・ラルーさんは、「私はがんに負けない。自分の経験を伝えることで、同じような状況の人たちを助けたい」と、ウエブサイトでの情報発信、資金集めやスピーチなど、精力的な活動をしていた(ラルー財団、http://www.myspace.com/cancerwarrior)。別れ際には「日本にも若い乳がん患者さんがいたらサポートします」と言ってくれた。

 NBCC年次総会初日のオリエンテーションで出会った、乳がんと診断されて手術を受けたばかりの方とも言葉を交わした。言葉は多くなくとも、肩に手をそえるだけで、「乳がんサバイバー」ということで共有できる何かがある。一緒にがんばっていこう、という心の絆が生まれる。「ひとりじゃない」と思える心地よさを感じた。

45歳で2度の乳がんをわずらったものの明るく輝いている患者さん(左から2人目)に出会った
45歳で2度の乳がんをわずらったものの明るく輝いている患者さん(左から2人目)に出会った

 NBCC年次総会3日目の夜のダンスパーティーで、カラフルなバンダナを巻いて踊るサバイバーの姿はかっこよく、ひときわ目立っていた(写真右)。25歳で乳がんに罹患し片胸を切除し、その後、結婚し3人のこどもを生み、母乳で育てあげたと誇らしく笑顔で語った。現在45歳だが、再び乳がんをわずらい、両方の乳房を失った。今はハーセプチンで治療中だと話した。そのエネルギッシュな姿は、がんにけっして負けていない。がんであっても、生き方に強さがある。そして、彼女の周りにさわやかな風が吹いている。「病気ではあるが、彼女は病人ではない」と思った。こういう人を人生の達人というのだろう。

 がん拠点病院の相談窓口、民間のコールセンターなど、日本ではこれらの取り組みが小さな一歩として始まったばかりだ。「がん」という疾患の悩みや不安には、世界中で共通するものがあるだろう。だれかのアドバイスを求めるがん患者さんや家族の方に、「ひとりじゃない」と思ってもらえるような制度ができるよう、私も力を尽くしていきたい。

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