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レポート

2007/1/9

前立腺がんの早期発見に有益ではあるけれど

PSA検査に翻弄されないために知っておくべきこと

 科学的裏付けが無いまま普及が進んでいるPSA(前立腺特異抗原)による前立腺がん検診。今年6月に公開予定の新しいガイドラインにより、見直しの気運が高まりそうだ。一方、人間ドックでPSA検査を受けるか、受けないかについては、PSA検査を受けることの利益・不利益を理解した上で、自分で決める必要がある。




 「隣町が始めたので、うちでもやらなくてはならないと思いPSA検診を始めた」「女性には子宮がんや乳がんの検診があるのに、男性には無いのか?と政治家に詰め寄られて、PSA検診を始めた」――これは国立がんセンターで11月28日に開催された、日本対がん協会「検診精度管理に関する研究会」で次々に語られた各支部による報告だ。

PSA(前立腺特異抗原)とは?
 PSAは、前立腺上皮細胞が産生する糖タンパク質の一種。通常でも精液や血液中に見出され、PSA値4ng/mL以下が正常とされる。値が上昇するほど前立腺がんの可能性が高くなり、4〜10ng/mLの場合は前立腺がんの可能性は約25パーセント、10ng/mL以上では前立腺がんの可能性は50パーセント以上となる。
 ただし、良性前立腺肥大や前立腺炎でもPSA値は上昇する。加えて、かぜや飲酒、射精も一時的にPSA値を上昇させることが知られている。

 PSAはProstate Specific Antigenの略。日本語に訳すと前立腺特異抗原と呼ばれる前立腺がんの腫瘍マーカーだ(詳しくは囲み参照)。前立腺がんの早期発見に有効なため、日本では健康な一般集団を対象とした住民検診にPSA検診が導入されている場合が多い。そしてその決定は、日本対がん協会の各支部が報告しているように、政治的に決められる場合が多いようだ。

 この状況に警笛を鳴らしているのは、国立がんセンターがん予防・検診研究センター検診技術開発部部長の斉藤博氏。斉藤氏は、「一般集団を対象にしたPSA検診により、がんの死亡率が下がるという証拠はどこにもない。国際的にも一般集団に対してPSA検診の導入を推奨している学会はどこにもない」という。

 すなわち、現在の日本のPSA検診は、その急速な普及を危惧する専門家がいる一方で、政治的に導入が進んでいるのだ。

早期発見=死亡率低下とはいかない前立腺がんの難しさ
 なぜ、このようなことが生じているのだろうか。その理由としては、「早期発見、早期治療が前立腺がんによる死亡率を下げるという思いこみがある」と、斉藤氏は指摘する。

 PSA検査が前立腺がんの早期発見に有効な検査であることに疑問を呈する専門家は皆無。そのため、PSA検査を前立腺がんの検診に導入すれば、前立腺がんの死亡率を下げられると考えがち。

 しかし、「これまでの直感的な思いこみを捨てなければいけない」と斉藤氏。「早期発見できたとしても、そのがん検診により死亡率が下がるとは限らない。科学的に早期発見が死亡率低下につながるかどうか検証する必要がある」という。

 斉藤氏らはこれまでに、PSA検診により、前立腺がんの死亡率が下がるかどうかを国内外の様々な論文を元に検証している。その結果、これまでに発表された研究を統括すると、PSA検診が前立腺がんの死亡率を下げるという証拠は不十分という結論に至った。すなわち、PSA検診を導入した集団において、前立腺がんによる死亡率が低下するかどうか、これまでの研究では結論が出ていないというのだ(参考1)。

 早期発見が死亡率低下に直結しないのは、前立腺がんの性格に因るところが大きいようだ。前立腺がんは高齢になればなるほど発症しやすくなるがん。また、一般的に進行が遅い。例えば、80歳代の約4割が前立腺がんを持っているが、その半数は前立腺がんで亡くなることはないといわれている。すなわち、前立腺がんの一部は、発見、治療が不要なおとなしいがんなのだ。

 そのような高齢者を対象にPSA検査を行い前立腺がんを発見できたとしても、「前立腺がんの治療そのものが体に負担をかけてしまい、治療行為により死期を早めてしまう危険性すらある」と、斉藤氏は危惧している。

 現在斉藤氏らを中心として、前立腺がん検診の新しいガイドラインの作成が、今年6月の公開を目指して進められている(参考2)。この新ガイドラインには、『PSA検査が死亡率を下げるかどうか科学的な結論が出ていない状態であるため、PSA検査を一般的な健康診断(住民検診)で行うことは勧められない。』また、『個人が自己の判断で受ける人間ドックにおいては、PSA検査に死亡率を下げる証拠がまだないことやPSA検査の利益、不利益を説明した上で、各個人が検査を受けるか受けないかを選択する必要がある』、などの内容が盛り込まれることになりそうだ。

 PSA検査の利益としては、なんといっても前立腺がんの発見がある。

 一方、PSA検査の不利益としては、PSA値が高いとしても必ずしも前立腺がんではなく(PSA値異常の60〜70パーセントで異常無し)、逆に、PSA値が上昇しない前立腺がんも存在する(全体の2〜3パーセント)こと。また、PSA値が高い場合に必要となる確定診断(前立腺に針を刺す生検)で出血、炎症などの副作用が生じる可能性があり、前立腺がんを発見できたとしても、治療が不要ながんである可能性があることなどがある。加えて、がんを見つけて積極的に治療した場合、治療の後遺症として尿失禁やインポテンツなどが生じることもある。

 新しいガイドラインが公開されれば、これまで政治的に決められていた前立腺がん検診の内容は見直さざるを得ず、健康な人々を対象とする住民検診の一部としてのPSA検診の存続も再検討されるだろう。

 ただし、PSA検査が前立腺がんの早期発見に有効であることは、また事実。

 今後、個人が自己の判断で受ける人間ドックでは、PSA検査を受ける・受けないを自己決定しなければならなくなる。

 「個人的には、PSA検査は65歳を上限とすべきだと思う」と国立がんセンター中央病院泌尿器科の藤元博行氏がいうように、PSA検査を受ける年齢の上限を自分で決めるというのも一つの考え方だろう。

 ちなみに、米国最大の患者団体である米国がん協会(ACS)は、50歳以上の男性に対してPSA検査を受けることを勧めているが、PSA検査の意味をよく理解した上で受けるべきであり、かつ10年以上の余命が期待できる場合を条件に付けている。また、65歳前に前立腺がんを診断された家族(父親、兄弟、息子)がいる場合は高リスクとなるため、45歳からPSA検査を受けることを推奨している。

 自己決定が重要なのは、がんの治療だけではない。がんの予防においても自己決定が必要な時代なのだ。

(小板橋 律子)

参考1)PSA検査が死亡率減少につながるかどうかについては、現在、数万人規模の大規模臨床試験が欧米で行われている。その結果は数年先に出る予定。それまでPSA検査の有効性は結論がでない状態が続く。

参考2)国立がんセンターは、厚生労働省の研究助成を受けて、科学的根拠に基づくがん検診を推進するための活動をしている。その活動は『有効な検診を正しく行う』をキャッチフレーズにしたもの。これまでに、肺がん、胃がん、大腸がん検診のガイドラインを作成し、公開している。


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