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レポート

2006/12/12

患者団体アメリカ訪問記 第18回 −がん診療改革のヒントを探して−

米国がん患者リーダーが贈る、日本への「10の教訓」

 日本のがん患者団体一行の米国視察旅行に密着取材した。狙いは米国から日本への教訓を得ること。今回のツアーのガイドをしてくれたのは、PanCAN(すい臓がん行動ネットワーク)の共同創設者であるポーラ・キム氏。米国で名を知られたがん患者のリーダーだ。人脈のつくり方やロビイングの仕方など、10年の経験から編み出した活動の秘訣を、特別に披露してくれた。


 ごく普通の家庭人だったポーラ・キム氏(写真1)の人生は1997年に一変した。父親がすい臓がんと診断された。すい臓がんが治りにくいがんと知り、懸命に臨床試験を探そうとしたが、父は診断後75日で他界した。知りたい情報をすぐに得ることができなかった、体験を分かち合う場所が見つからなかったという苦い思い出が残る。

米国で有名ながん患者リーダーの1人、ポーラ・キム氏。よくしゃべり、よく笑う
写真1 米国で有名ながん患者リーダーの1人、ポーラ・キム氏。よくしゃべり、よく笑う

 すい臓がんは難治性であるが、他のがんに比べて新しい研究があまりされていないことも知った。「こんな状況を何とか変えなければ」と、キム氏は強く深く心に誓った。高校を卒業してから長年、建設業界で働いてきたが、「すい臓がんのことにすべての時間を使おう」と、きっぱり仕事を辞めた。

 1998年11月、すい臓がんの研究費を集めるため、ネット上で知り合った友人とビバリー・ヒルズに住む有名人を集めるチャリティー・イベントを行って12万ドル(約1400万円)を集めた。そして99年2月には連載14で紹介したPanCAN(Pancreatic Cancer Action Network、すい臓がん行動ネットワーク)を設立した。相談できる相手の必要性を痛感していたキム氏は、さっそくPALS (Patient and Liaison Services、患者連携サービス)と呼ばれる電話相談窓口を設置した。また、すい臓がん研究費を増やすため、政府研究費の増額を要請するロビイング活動と、募金集めを精力的に進めた。

 キム氏らの活動の成果はすぐに現れた。2000年、米国がん研究所(NCI)は、すい臓がん進捗管理グループ(Pancreatic Cancer Progress Review Group)を設置して、すい臓がん研究の進め方を検討、それに基づいて翌年(2001年)、すい臓がんを対象とした5年間で2億ドル(約230億円)の研究費新設を決めた。SPORE(Specialized Program of Research Excellence、重点研究特別助成金、スポア)と呼ばれる大型助成金だ。

 キム氏は、がん対策に関する様々な要職を歴任している。NCIの科学諮問委員会委員、NCIすい臓がん進捗管理グループ委員、NCI所長・消費者連携グループ委員などである。また、ネブラスカ大学、アリゾナがんセンター、M.D.アンダーソンがんセンターにおける、すい臓がん・消化器がんのSPORE資金による研究に関しての外部諮問委員も務める。2004年には、米国臨床腫瘍学会の年次学術大会で、患者支援者賞を受けた。

 キム氏とASCO会場、NCI、FDA(米国食品医薬品局)、ワシントンD.C.にあるがんセンターを同行したが、キム氏の人脈の広さと博学ぶりには驚かされる。いずれの訪問先でも、旧知の人に玄関や廊下で出会い、親しげな会話が始まる。今回のツアーでは、これまでの17回の連載で見てきたように多くの人とのインタビューを行ったが、その前後にシャープで的確な解説を付けてくれる。よくしゃべり、よく笑う、社交的な性格。そして、しばらくそばにいると、常に頭の中には「患者のために医療を良くしたい」という信念があることが伝わってくる。今や、押すに押されぬ、対がん戦略の有力な有識者であり、影響力も大きい。

「原点を忘れずに生きよ」
 そんなキム氏が日本のがん患者団体のために、「活動を活性化させるための10カ条」()を教えてくれた。

●キム氏が日本の患者に贈る
「10の教訓」
(基本)
1:大志を抱け。やれば道は開ける。「患者の生命のため」を口癖に。
2:こまめなコミュニケーションで、信頼関係を築こう。
3:患者ならではの、がん患者向けサービスを提供しよう。
(がん研究・がん対策)
4:がん研究の仕組みと研究者を理解しよう。「郷に入っては郷に従え」の精神で。
5:議会やがん政策立案のプロセス、がん研究所の仕組みなどを勉強しよう。
6:がん研究のための資金を集めて、研究者や医療者を助成しよう。
7:学会会場などで有力ながん研究者に顔を売ろう。
(戦略と作戦)
8:戦略的思考を心がけよう。効果と労力によって、優先事項を決めよう。
9:ロビイングのターゲットを絞ろう。政治的日程を熟知しよう。
10:「北風」と「太陽」をいっしょに使おう。

 キム氏の原点は明確だ。家族が病気になったとき、感じたことだ。「こんなに治療が難しくて、こんなに多くの人が亡くなっているのに、どうしてすい臓がんの研究はこんなに少ししか行われていないのか。すい臓がんも他のがんのように多くの研究者がたくさんの研究をして、新しい治療法が見つかるようになってほしい」。この目標のためにひたむきに、やってきた。

 あまりに無謀で大きな目標に思えるかも知れない。しかし、キム氏はそれを疑ったことはない。キム氏は映画『フォレスト・ガンプ』のあるシーンを挙げる。ある日、主人公が米国中を回るマラソンを始める。ただ、ひたすら走り続ける。すると、ある日、突然、多くの人が後をついて走るようになっている、という場面だ。「懸命にやっていたら、偶然とは思えない幸運が次々と起こってくれた」と振り返る。

 また、患者団体としての役割意識もはっきりとしている。「学者や医師は、組織の立場や研究の事情があって、ときに、『患者のため』ということを言えなかったり、おろそかにしてしまったりする。でも、みんな患者のためにやっているのは、同じ。『患者の生命のため』という言葉を繰り返し述べて、それを思い出させてあげることが大切」。当たり前のことを、忘れずに繰り返す重要性を強調する。

 キム氏は臨床現場や政府機関の研究者、学会幹部などに幅広い人脈を持つが、それは一朝一夕にできたものではなく、影には、実に細やかな配慮と手間がある。「家の植物に毎日水をやるように、人間関係を育てる」と言う。「先生、いい資料があるから送りますね」といった風にちょっとしたきっかけを作り、交流を開いていく。「小さなことでも有言実行。それが信頼関係を作る」。なかには、すぐに心を開いて対話してくれない研究者もいるが、粘り強く連絡を取り続ける。「常にこちらが本気で真剣であることを示すこと。研究者は患者団体と話すことに慣れていない人が多い。分かってもらうのに、時間がかかるのは当然と思いましょう」。

 キム氏の勉強量は相当のものだ。専門家と会話をしていても、科学的細部は別としても、そのテーマの意味や方向性、対策については対等以上に話しているように見える。もちろんこれは、科学的にも要所を押さえているからこそできるわけだ。抗がん剤のメカニズムの基礎だけでなく、新薬開発の初期から発売までのプロセスをよく理解している。そして、NCIの組織や、政府研究費助成金決定方法も熟知している。「がん患者が高いレベルの知識を持つこと。そして研修を行って学びあうこと」。これがキム氏のモットーだ。

 「相手のマナーに合わせよ」というコツも教えてくれた。がん研究に関する委員会などに出ていると、患者団体の者としては違和感を覚えることも多い。専門家集団独特の雰囲気があったり、患者代表メンバーには距離を置かれたりすることもある。しかし、そこは感情はぐっと押さえて、その場の雰囲気に合わせたふるまいをすることが大切という。そのためには、服装などにも気を使う。

 専門家集団がジャーゴン(仲間うちだけに通じる特殊用語)を使うことを指摘することも大切だが、むしろ自分も積極的に意識的にジャーゴンを使ってみる。そして、勉強を活かして同じようなしゃべり方で会話に入ってみる。「おや、自分たちと同じ共通言語を使える人じゃないか、と思わせることが大切」と、教えてくれる。

 キム氏の強みは、研究資金を誘致したという立場であることだ。すい臓がん対象の政府大型研究費(5年間230億円)を実現するのに功績があったし、PanCANは政府研究費増額のためのロビイングをしている。臨床医や研究者もそれを知るにつれ、態度も丁重になる。「自分たちが持ってきたお金の使い方に、関心があるのは当然」というわけだ。また、要望も強いが、汗をかき、お金をもってきてくれると、医療者側も納得してくる。

 政府、学会、医療機関の委員会のメンバーになって影響力を確保することは重要なポイントだが、メンバーに選ばれるためには、第一線の医師・研究者と親しくなり、信頼関係を築いておくことが大切だ。政府や研究機関がメンバーを選ぶとき、最高幹部たちは自分では適任者が浮かばないので、有名な研究者に「どんな人がいるか」と打診が来る。そんなときに、名前をあげてもらえる関係になっておくことが重要だというのだ。

"北風"と"太陽"を駆使して
 米国の患者団体は活動を一種のビジネスと捉えて、戦略的に考えて、事業計画を立てる。キム氏にもその発想は染み付いている。NCIで多くのインタビューをこなすちょっとした合間に、キム氏の活動戦略に関するレクチャーが始まった(写真2)。

キム氏は教えることに熱心だ。ツアーメンバーに、戦略立案のコツを伝授
写真2 キム氏は教えることに熱心だ。ツアーメンバーに、戦略立案のコツを伝授

 「やりたいことはたくさんあるでしょう。でも、自分たちの人、もの、カネの資源や時間も限られている。何を優先するか、どの順番で取り組むか考えることが大切」。そう言いながら、すばやくボードに図を描いていく。要望事項や事業項目ごとに、「実現したときの患者救命効果」を縦軸に、「実現するための労力」を横軸にして、配置していく。

 まず、いろんな活動案を出して、グラフ上に並べてみる。それぞれについて、効果を検討する。一方で、阻害要因や対処方法を考えながら、労力や実現可能性を考える。グラフ上の場所が定まったら、「効果が大きく、労力が小さい」ものから取り組む。「効果が大きいが、労力が大きい」項目と、「効果は小さいが、労力は小さい」ことのどちらを優先するかが、判断と決断にかかってくる。

 ロビイングも漫然と動き回って自己満足しているだけではいけないと指摘する。キーパーソンを把握し、年間日程を頭に叩き込むことが重要だ。連邦政府にはがん対策予算への影響が大きいいくつかの委員会がある。その委員会の名簿をチェックし、委員長や有力議員を把握する。そして、そこに説明にいき、人間関係をつくる。「下院議員435人、上院議員100人全員に分かってもらうことも大切だが、本気でがんばってくれる1人、2人の議員がいることがカギになる」。また、委員会の開催日程などを把握して、タイミングよく連絡したり情報提供することが、結果を大きく左右すると指摘する。

 最後にキム氏が興味深いアドバイスをしてくれた。イソップ物語の「北風と太陽」の寓意からの教訓だ。ネット上の辞書「Wikipedia」では、この寓話は次のように紹介されている。

 「あるとき、北風と太陽が力比べをしようとする。そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとするが、旅人は寒くなったので かえって上着をしっかり押さえてしまい、脱がせることができなかった。次に、太陽が燦燦(さんさん)と照りつけると、旅人は暑くなって今度は自分から上着を脱いでしまう。これで太陽の勝ちとなった」。

キム氏の豊富な人脈と知識を背景にしたレクチャーで、参加者の理解が進み、意欲も高まった
写真3 キム氏の豊富な人脈と知識を背景にしたレクチャーで、参加者の理解が進み、意欲も高まった

 求めるがん対策を実施してもらうには、厳しい批判と要望を繰り広げる「北風路線」と、努力に感謝を表明しつつソフトに必要性を説明する「太陽路線」のどちらが有効か。キム氏は「東洋思想の"陰陽"のように、両者は表裏一体となっている。どちらも必要で、そのバランスと使い方が重要」と語る。

 「北風」と「太陽」を両方使ってこそ、有効なロビイングができる。それには、いくつかの注意点がある。まず、キム氏は、「北風を使いすぎてはいけない。これまで築いてきた人間関係を壊し、がん対策に影響力を与える橋頭堡(きょうとうほ=軍事用語で上陸作成をする際の足がかりの場所)を失う」と警告する。そして、「北風の使い方」があるのだと付け加える。「厳しいことを言いたいときは、こわもてのロビイストと同行する。ロビイストが厳しいことを言って、自分は少し優しいことを言う。相手にもその作戦は見破られているにしても、自分が太陽役をしておけば、後々、対話を続けることはできる」。

 キム氏は10年間、脇目も振らず患者支援のために走り続けてきた。その経験からの教訓は、いずれも国境を越えて説得力を持つものばかりだ。日本の患者や患者団体も、この10カ条を活用してみてはどうだろうか。

(埴岡 健一)

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