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レポート

2006/10/10

患者団体アメリカ訪問記 第12回 −がん診療改革のヒントを探して−

「サバイバーシップ」「がん診療の質向上」に注力する米学会

 日本のがん患者団体一行の米国視察旅行に密着取材した。狙いは米国から日本への教訓を得ること。ジョージア州アトランタで開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)で、米国の学会が、社会的責任を果たそうと努力している姿を目の当たりにした。学会が率先して、がん患者の生活の質の向上や、がん診療格差の解消に取り組もうとしているのだ。



 学会2日目の午前に、米国臨床腫瘍学会(ASCO)学会長のサンドラ・ホーニング氏の講演があった。約30分のスピーチで話したのは、サバイバーシップ(がん経験者・がん生存者の闘病術や生活術)、臨床医学の進歩、がん診療の質の向上――の3点だった。3つのテーマとも使った時間はほぼ均等。このうち、サバイバーシップとがん診療の質の問題は、直接患者に係ってくるものだ。

 このスピーチを聞いた日本がん患者団体協議会理事長の山崎文昭氏は、その内容にカルチャーショックを受けた。「会長講演の話のうち、これだけ多くの部分が患者や社会に向けたメッセージになっているとは、日本の学会ではちょっと考えられない」。

 「私も10年前に乳がんになったがん経験者です」と前置きしたうえで、ホーニング氏が冒頭に掲げたのは、「サバイバーシップ」の強化だ。サバイバーシップという言葉はいくつかの異なった意味で使われるし、まだ日本では定訳がないが、おおよそは次のような意味だ。「がんを経験し、治癒したと考えられる人が、その後、生活していく際に直面する課題を乗り越えていくこと」。晩期障害(治療を終えてから出てくる副作用や合併症など)といった身体的なことだけでなく、心理的な側面や、社会復帰などの経済的事象も対処すべき対象となる。

ASCO会長(開催当時)のサンドラ・ホーニング氏(右から2人目)と記念撮影
ASCO会長(開催当時)のサンドラ・ホーニング氏(右から2人目)と記念撮影

 なお、ASCOはこの言葉を、「がんが治癒した人」だけを対象にした狭義で使っているが、米国がん経験者連合(National Coalition of Cancer Survivors=NCCS)などの患者団体は、「がんと診断されたばかりの人や、治療中の人など、すべてのがん患者も含める」として、広義の意味を浸透させようとしている。

 従来のがん診療は、治癒を目指した治療に重点がおかれ、サバイバーシップには力が入っていなかった。だから、治療によっておこった障害や、こころの悩みを抱えていても、なかなかそれが取り上げられずに、一種の“がん難民”(患者の状況に合った適切な治療をしてくれる施設や医師が見つからない)の状態がしばしば起こっていたのだ。しかし、米国ではがん治療を終了して生存している人が1000万人を超えたと推定されるなか、がんサバイバー(経験者・生存者)の生活の質(QOL)を上げることが、ここ数年来の大きなテーマになってきた。

 ホーニング氏のスピーチには、患者や社会への口先だけのサービスや学会の宣伝のためだけと思わせないのに十分な、具体的な対策や行動が含まれていた。ASCOは昨年、サバイバーシップ・プロジェクト・チームを結成。今年の年次学術集会では、学術研究発表分野のひとつとして「患者とサバイバーへのケア」を新設。専門医教育カリキュラムでも、サバイバーシップに関し一定の時間を割くことを決めた。

 また、米国医学研究所(Institute of Medicine=IOM)が開いたサバイバーシップに関するシンポジウムに米国がん経験者連合(NCCS)と共に参加した。そのシンポジウムの内容はIOMから出版されている(『がん患者からがん生存者へ---移行で迷子になって』(From Cancer Patient to Cancer Survivor:Lost in Transition)。

 ASCOの会場で、大統領がん諮問委員会(President's Cancer Panel)の今年の報告書が配布された。この諮問委員会は2年前の報告書でサバイバーシップに焦点を当てたが、今年の報告書ではその進捗チェックとさらなる推進のために、全体の半分がサバイバーシップに割かれていた。サバイバーシップの診療計画を作成すること、青少年世代のがん患者に関する調査研究を強化すること、サバイバーシップの診療の保険適用を拡大すること――を進めるべきとしている。

 こうした流れに呼応して、ASCOはあるべき姿や進むべき方向を語るだけでなく、診療現場でも大きな変革を促そうとしている。まず、ひとつが米国がん経験者連合(NCCS)と共同で開発している「サバイバー・ケア・プラン」だ。これは、これまでの治療履歴を一望にまとめたコンパクトな「がん治療の履歴書」のようなペーパー。長期にわたってがんの治療や経過観察を行っていると、病院を何カ所か移ることも多い。すると、これまでに受けた治療の全体を把握している医療者がいないということがしばしば起こる。そして、晩期障害などに主体的にかかわってくれる医師が見つからないといったことになりかねない。“履歴書”があればそうしたことを解消するのに役立てることができる。ASCOはサバイバーが“難民”にならないように、患者団体といっしょになって運動に取り組もうとしている。

 さらにASCOは、「サバイバーシップ治療計画」の定型フォームの作成を進めている。これは、使っている薬品、量、副作用、さらには連携している医療者の連絡先などの情報も含めた治療関連情報をまとめたペーパーだ。いわば、“履歴書”とセットになる“生活設計図”といえる。これがあると、医療者の意識が高まり、患者とのコミュニケーションを深めて患者の不安を解消することにつながることが期待できる。また、他の医療者との連携もスムーズにいく。こうしたものが普及するのとしないのとでは、大きく患者のQOLが異なってくる可能性があるのだ。

 サバイバーシップの分野のガイドラインの作成も進めている。今年4月には、第一弾として「妊娠可能性の保持に関するガイドライン」を出した。今後は、「骨の健康」「2次がん(がんの治療に関連したがん)」「ホルモン失調と性機能障害」「不安とうつの対処法」「認知神経系分野の対処法と治療法」などが作成されることになっている。

がん診療格差問題に、学会から回答

●表1 「がん診療の質向上活動(QOPI)」に見られた標準的治療順守率の格差の状況
  ガイドライン標準治療順守項目 中央値(%) 最低値(%) 最高値(%)
1 終末期に疼痛コントロールされていたか
65.0
15.0
92.9
2 顆粒球増殖因子がガイドラインに基づいて投与されていたか
30.6
0.0
100.0
3 制吐薬がガイドラインに基づいて投与されていたか
97.0
84.1
100.0
4 ステロイド系抗炎症薬がガイドラインに基づいて加えられていたか
97.9
90.3
100.0
5 赤血球増殖因子がガイドラインに基づいて投与されていたか
72.7
36.7
94.7
6 カルテに病理診断書が添付されていたか
97.1
88.2
100.0
7 病期分類が治療の前になされていたか
96.1
70.2
100.0
8 抗がん剤療法が行われた際に流れ図が使用されていたか
99.8
97.3
100.0
9 プロトコル外の抗がん剤投与に関してインフォームド・コンセントの署名があるか
39.5
0.0
100.0
10 抗がん剤療法に関するインフォームド・コンセントが記録されていたか
88.7
73.6
100.0
11 乳がん患者への標準的な補助化学療法の実施
100.0
-
-
12 大腸がん患者への標準的な補助化学療法の実施
99.2
91.7
100.0
The Quality Oncology Practice Initiative(QOPI):Understanding and improving "Best Practices" by a community of oncologists. Poster discussion ASCO Annual Meeting .2005

 がん診療の質に関しては、会長のホーニング氏は、学会が進めているがん診療の質計測プロジェクトについて触れた。これは「質の高いがん診療推進活動」(Quality Oncology Practice Initiative=QOPI)と呼ばれる取り組みだ。がんの治療では各種のガイドラインなどによって、実施すべきとされている標準的なプロセス(治療や手技)がある。それが実際に行われているかどうかの、順守率を計測するものだ。

 表1(右)はその計測結果の一例。1番の「終末期の患者の疼痛コントロールがうまく行われていたかどうか」の項目では、参加施設の平均順守率は65.0%だった。ところが、参加施設のなかでの成績格差は大きく、順守率は15.0%から92.9%の幅があった。9番については、もっと格差があった。予定していたプロトコル(治療計画)と異なる種類や量の抗がん剤を使用するときは、別途、インフォームド・コンセント(説明のうえの同意)を取ることが必要だが、平均で39.5%しか実行されていなかった。しかも、順守率には実に0%から100%のばらつきがあった。

 こうした活動はベンチマーキング(成績比較)と呼ばれる。参加施設に成績の全体平均やばらつきと共に、各施設の成績を定期レポートで返してやる。すると、参加者が自分の成績を知って、特に平均以下のところが頑張って成績向上に向けて努力することが多い。ベンチマーキングは、全体の診療の質を上げるのに有効とされている。

 ASCOがこうした取り組みを始めたのには、きっかけがあった。1999年に米国医学研究所(IOM)が、『高い質のがん診療を保証する(Ensuring Quality Cancer Care)』という報告書を発行。そのなかで、がん診療の成績や質に大きな格差があることを指摘した。そして、(1)がん診療の質を測る(2)ベンチマーキングが可能な情報収集システムを構築する(3)連邦政府や民間が全国調査に必要な資金を提供する――などを提言した。

図1 乳がんの診療の質
乳がん診療では、副作用対策に遅れがみられる

 2000年当時のASCO会長であったジョセフ・ベイルズ氏はこの提言を正面から受け止め、約5億円をかけてASCO主導の調査を開始した。これが「がん診療の質の全国推進活動」(National Initiative for Cancer Care Quality=NICCQ)という調査だ。方法は先のQOPIと同様に、ガイドラインで標準とされている診療行為が実際に行われている比率(順守率)を計測するものだった。この調査の最終結果は、昨年のASCO年次大会で発表された。

 調査結果によると、図1、2、3のようにかなりの格差が発見された。乳がんでは副作用対策の実施率が7割強程度で、大腸がんでは正しい補助療法の実行が65%と、あまり守られていない領域があった。また、調査が行われた5つの都市を比較すると、都市1のように標準的ながん診療が比較的高い比率で行われているところと、都市2のようにそうでない場所の差が明確になった。

図2 大腸がんの診療の質
大腸がん診療では、補助療法が正しくおこなわれていないことが少なくない

 患者にとっては、質の低い領域が存在することが気になる。一方、ASCOの見解は、「心臓疾患領域などと比べると、標準的な診療の順守率は高く、全体としてがん診療の質は高い。ただし、問題がある領域も散見されたので、今後は特にそうした点を向上していくことが大切」というものだ。

 立場によって見方は違うにしても、ともかくASCOは、社会からの“疑念”に対し学会のプロフェッショナリズム(専門家職業集団意識)をもって回答したといえる。このNICCQはがん診療の質の実態を明らかにしたという点で画期的だったが、過去の診療記録を閲覧して調べていくために作業量と費用が膨大で、かつ、過去の診療の質を調査研究として調べて発表するものなので、診療の質を向上させることに直接つながるものではなかった。

 NICCQの結果をみて、一部の専門医が「日常的にガイドライン順守率を計測しよう」と立ち上がったのが、今回ホーニング氏が述べたQOPIだ。計測の方法論は先に触れたようにNICCQと同じ。ただし、過去の患者について調べるのでなく、現在、診療している患者に行っていることを記録して提出する。つまり、調査研究から、ベンチマーキングという医療の質改善運動の段階に進んだといえる。

図3 都市別:がん診療の質の格差
都市によってがん診療の質が異なる格差があることが分かった

 こうした医師グループの自主的な動きにASCOも応えた。QOPIを公式にサポートすることを決め、ウエブサイトからデータを簡単に入力して提出できるようにした。また、ASCOがデータの集計と加工をして、参加者に定期的にレポートを送付するようになった。さらに、QOPIを社会も認知し始めた。米国内科専門医学会(American Board of Internal Medicine、ABIM)は専門医資格更新の要件として、「医療の質カイゼン活動を実施する」という項目を加えたが、QOPIに参加している医師はこの条件を満たすと認められるようになったのだ。

ホーニング氏は、QOPIに続いて、ASCOと欧州臨床腫瘍学会(ESMO)がこの会場で発表した共同宣言(下:表2)について触れた。これは「世界中の患者が高い質の医療を広く受けられる」ことを理念とし、世界的ながん診療の質の「均てん化」(高い質の医療が広く浸透する)を目指しているものだ。これも学会のリーダーシップの示し方の一つと考えることができる。

 もちろん、ASCOがこうしたことに取り組む理由がすべて正義感だけに由来しているわけではなかろう。(1)抗がん剤がますます高価になってきており抗がん剤治療に関する社会的認知を得ることが必須(2)がん診療の質の格差に関して継続的に批判がある(3)臨床腫瘍医の業務範囲を拡大する(4)抗がん剤の販売市場を世界的に拡大する――といったことに対処しようとの動機もあろう。だが、積極的に社会的な役割を果たそうという意識が強いのも事実であり、患者団体とも共同でプロジェクトを推進しようという姿勢も前向きだと評価できるのではないか。

 今回の見学ツアーで、日本の患者団体がこうした米国の学会の姿を目の当たりにし、それを強く印象に焼き付けた。これからは患者団体の関係学会への要請や提案も増えるだろう。日本の学会がASCOのような姿勢を打ち出す日も、そう遠くないのかも知れない。


●表2
米国・欧州臨床腫瘍学会「がん診療の質向上・共同宣言10カ条」
1 情報へのアクセス(患者が、疾患、治療、メリット・デメリット、治療選択などの情報を得る)
2 プライバシー保護・守秘義務・尊厳(患者は、診断や治療に関するプライバシーを保護され、常に尊厳をもって治療される)
3 診療録へのアクセス(患者は自分の治療に関する診療録を閲覧したり、コピーを得たりすることができる)
4 がん予防サービスの提供(患者はがん予防とエビデンスに基づいた予防的介入に関する情報を得ることができる)
5 平等性(人種、宗教、性別、国籍、障害などによる不平等なしに医療が受けられる)
6 治療と選択に関する説明と同意(患者は治療や介護に関する意思決定に参加することを奨励される)
7 集学的がん治療(化学療法、手術療法、放射線療法、さらには緩和医療専門スタッフ、看護師、ソーシャルワーカーからなるチームによって、最適の治療が提供される)
8 先端的な治療(患者は臨床試験や先端的な治療に参加する機会をもつ)
9 サバイバーシップ診療計画(がん生存者は包括的な方針とフォローアップ計画を提供される)
10 疼痛管理・補助療法・緩和医療(患者は、モルヒネ系薬剤や補助療法を含む疼痛管理を受ける機会をもつ)

(埴岡 健一)

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