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レポート

2006/10/3

患者団体アメリカ訪問記 第11回 −がん診療改革のヒントを探して−

抗がん剤の登場は、ここで決まる

 日本のがん患者団体一行の米国視察旅行に密着取材した。狙いは米国から日本への教訓を得ること。ワシントンDCから移動して、ジョージア州アトランタで開催されている米国臨床腫瘍学会(ASCO)の年次学術集会を見学した。まずは、ASCOが抗がん剤の新しい使い方の震源地になっているようすを見る。



2万人以上の参加者が演題を聞く(写真提供 ASCO/Todd Buchanan 2006)
2万人以上の参加者が演題を聞く
(写真提供 ASCO/Todd Buchanan 2006)

 米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology=ASCO:アスコと発音)は、巨大な学会だ。今年の年次学術大会(右写真)には、世界各地から2万5000人が集まった。

 今年の大会で発表された演題は実に約4000本。本数もさることながら、この中には、世界の抗がん剤の標準治療を決めていく重要なものが多数含まれているのだ。先進国のがん治療の専門医の多くが、ASCO大会にタイミングを合わせて臨床試験の成果をまとめる。ここが一種の晴れ舞台になっているわけだ。

 抗がん剤の領域でASCOへの信頼は高く、その影響力は大きい。例えば、複数の抗がん剤を組み合わせる抗がん剤併用療法などでも、ここで発表される臨床試験において有効性が証明されれば、それによって実際の臨床現場での患者への投与の仕方も変わっていく。実質的に「標準治療を形成する」という位置づけを得た学会となっている。

 ASCOでは、毎年注目される発表がある。抗がん剤を扱う腫瘍内科医でしっかりと勉強を怠らない者たちは、そうした臨床試験が進行中であり、結果の発表があることもだいたい承知している。その結果次第で、新しい治療法が古い治療法に変わっていくのかどうかが決まる。参加する医師たちは、結果を自分なりに予測しながら、発表される内容に興味を抱いてやってくる。だから、標準治療を変えるようなインパクトがある発表があったときは、会場から大きな拍手が沸く。

展示会場も野球場のグラウンドのように広い
展示会場も野球場のグラウンドのように広い

 昨年の大会では、「ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)が、HER2陽性の早期乳がん患者の術後補助療法で生存率を大きく向上させる」ことが明らかになり、万雷の拍手が起こった。今年もハーセプチンがこうした療法で有効であることをさらに明確にする結果が発表された。全体傾向としては、今年は話題となる発表が比較的少なかった年だといわれるが、腎臓がんのスーテント(スニチニブ)の成績が分かったことによって、これが標準治療に変わっていくであろうことが決定的になった。また、タイケルブ(ラパチニブ)も、併用療法における有効性が明らかになった。さらに、多発性骨髄腫へのレブリミド(レノリドミド)なども有効性を示すデータが出た。以上は、注目された発表のごく一部に過ぎない。

 また、今年は新しい話題があった。米国で新薬を承認する政府機関の米国食品医薬品局(FDA)。患者委員も参加する「抗がん剤諮問委員会(ODAC)」が新薬の承認の方向性を決めることは、連載10で見たとおりだが、今回初めて、ASCO年次大会に合わせて6月2日にODACが開催された。ASCO会場に隣接するホテルで開催された会議を、世界中から来た多くの専門医が傍聴したのだ。そして、諮問委員会はスプライセル(ダサチニブ)という慢性骨髄性白血病に対する薬を承認すべきと答申(これを受けてFDAは6月28日に承認)。だから、ASCO会場でのスプライセルに関する発表も、高い関心を呼んでいた。

新薬動向知るには欠かせないASCOウォッチ
 このように、ASCOで明らかになる新薬承認のための治験や、併用療法の有効性を確かめる臨床試験などの結果が、米国FDAの承認や臨床現場の標準治療の変化を予想したり、日本の臨床試験の動向を占ったりする材料となる。だから、患者団体の中にも、ASCOをウォッチするところがたくさんある。日本でも、例えば血液疾患の患者会であるグループ・ネクサスなどが、新薬承認に関する情報を熱心に集めているが、新薬開発動向を探る際に、ASCO年次大会は重要な情報源となる。

ワシントンDC近郊のバーモント州アレキサンドリアにあるASCO本部。学会のスタッフ力は日本とケタ違いだ
ワシントンDC近郊のバーモント州アレキサンドリアにあるASCO本部。学会のスタッフ力は日本とケタ違いだ

 米国では腫瘍内科医の地位が確立している。米国の年間新規がん患者数は約140万人で、毎年約56万人が、がんによって亡くなるが、臨床腫瘍内科専門医が実に約1万人も存在する。ロンバルディ包括がんセンターで会ったロバート・ウォーレン氏も、その一人だ。ロンバルディのように腫瘍内科医、外科の専門医、放射線腫瘍医がチームでがん診療をするのが米国では一般的になっている。米国では、抗がん剤治療は腫瘍内科医が行う。一方、現在、日本の腫瘍内科医数は47人だけ。まだ専門性がはっきりしないし、外科医が“片手間で”抗がん剤を使用することも少なくないのが実情だ。

 米国では臨床試験に参加する患者の比率が日本より格段に高い。とくにロンバルディのような包括がんセンターでは、その比率が高くなっている。それも、医師たちのASCOへの関心の強さの背景となっている。
 
  ASCOでは、臨床試験結果のエビデンス(科学的証拠)の質を厳しく問うカルチャーがある。治療成績を比較する試験の方法には、その結果の信頼性によって、さまざまなレベルがあるが、ASCOでは無作為抽出比較対象試験と呼ばれる最もグレードが高いものなど、なるべく結果を証明する力が強い方法が尊ばれる。試験のデザイン、結果の吟味についても、厳しい批評にさらされる。日本の学会では、症例数が少なくて統計学的意味がない、既存の試験と目的がはっきりと区分されていない、その結果を受けて次にどんな試験をするかの計画がない――など、漫然とした研究が多いが、ASCOではそうした研究は採用されにくいし、発表しても問題点を厳しく指摘されてしまう。ASCO会場にいると、お祭り的な盛り上がりと同時に、厳しいカルチャーも感じさせられる。

 学会の組織力も日本の学会とは比較にならないほどだ。年間予算が約70億円あり、大きなビル(写真)を構えて、常勤事務局員も200人近くいる。組織の使命(ミッションステートメント)を決めて戦略計画を策定し(参考資料)、民間会社のようにそれを追及していく。国際戦略にも熱心だ。

日本臨床腫瘍学会理事長の西條長宏氏(右から2人目)とASCO会場で記念撮影。西條氏はASCOの理事を務める
日本臨床腫瘍学会理事長の西條長宏氏(右から2人目)とASCO会場で記念撮影。西條氏はASCOの理事を務める

 例年、ASCO年次大会に日本から医師が1000人ほど参加する。この期間は現場の治療体制が手薄になるとささやかれるほど。日本の医師たちは、学会で最新知識に触れ、日本人医師向けに医薬品メーカーが設定した勉強会で知識を補充して戻ってくる。日本からの演題は、1991年当時は10本程度だったが、現在では100本程度と大幅に増えた。だが、主会場のセッションで取り上げられることは少なく、ポスター口演と呼ばれる比較的地味な舞台が中心となっている。

 ただ、日本の臨床腫瘍学会はASCOの進歩的な考えを大幅に取り入れている。演題に対する厳しい相互批判、ASCOの教育プログラムの全面的採用、ASCOとの交流などだ。学会長の西條長宏氏(右写真)がASCOの理事を務めていることもある。日本の学会では独自性を重視するところが多いが、日本臨床腫瘍学会ではグローバルスタンダードをモットーとしている。米国などで新しい抗がん剤が承認されるとそのニュースは患者にもすぐに届く。抗がん剤という商品のマーケット自体がグローバル化してきているから、学会がそれを目指すのも当然かも知れない。

(埴岡 健一)

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