こんにちは、Cadetto.jp管理人の増谷です。今回は、「せりか基金賞」授賞式の中で語られた、筋萎縮性側索硬化症ALS)などを有する人の社会参加を支援する取り組みをご紹介します(『宇宙兄弟』から始まるALS完治への挑戦)。

 最初に登壇したのは、一般社団法人WITH ALS代表でコミュニケーションクリエイターの武藤将胤氏です。武藤氏は2014年、自身が27歳のときにALSを宣告されました。当時DJ(disc jockey)に挑戦していた武藤氏は、この宣告によって手を使ったDJを断念します。代わりに、ALS患者が発症後も機能を保てる眼球の動きでDJやVJ(visual jockey)の機器をコントロールし、音楽や映像で表現するためのシステムを開発しました。

 DJとVJの機器の操作は、眼球の動きに伴う「眼電位」で行い、その情報は人間の生体情報を測定するジェイアイエヌ社の眼鏡「JINS MEME」から取得します。眼電位とは、眼球の角膜側がプラスに帯電していることを利用し、角膜側がまばたきや視線移動の際に動くことで、周辺の皮膚に生じる電位の変化のこと。このシステムを使い、武藤氏自身が音楽フェスでプレイするといった活動もしています。


 武藤氏は他にも、このJINS MEMEを用いて様々な電子機器をコントロールするアプリ「JINS MEME BRIDGE」を開発しています。例えば、スマートフォンのカメラの操作を、手を使わずに眼球で行えます。「ALSになると手が使いにくくなるため、撮りたいと思った時にカメラを構えてシャッターを切るという動作が難しい。しかし、JINS MEMEをかけた私がまばたきをすれば、その瞬間、胸ポケットに入れているスマートフォンのカメラで写真を撮れる。日常の中で、FacebookやInstagramなどのSNSに投稿する写真を撮ることもできる」と武藤氏は説明します。

 今後は部屋の照明やエアコン、テレビなども、眼球の動きで操作できるようになるそう。「もうすぐ、AndroidスマートフォンとJINS MEME、それぞれのデバイスを購入すれば自宅で使えるようになる。全ての人に表現の自由を届けるというコンセプトで今後もやっていきたい」と武藤氏は話しました。

クラウドファンディングで集めた資金でパーソナルモビリティーを“カーシェア”
 また武藤氏は、「車椅子という言葉には、障害者の乗り物のイメージがある。わくわくできる新しい乗り物の方がうれしい」と考えていました。さらに武藤氏によれば、ALS患者は手が動かせなくなると電動車椅子を操作できなくなるため、短期間しか乗らないこともあるそうです。そこで武藤氏が注目したのが、4輪駆動のパーソナルモビリティー「WHILL」でした。ただ、WHILLは1台100万円程度で、どれくらいの期間使うか分からずに購入するには高額です。40歳未満の患者は介護保険制度を利用したレンタルもできません。

 そこで、武藤氏はクラウドファンディングで資金を集めてWHILLを購入し、40歳未満の患者に無償でレンタルする“カーシェア”のサービスを始めました。現在は4台のWHILLをレンタルしています。


 「僕はテクノロジーの力でQOLを少しでも上げることができると思っている。今、いろんな先生が、ALSの治療法を必死に模索してくださっている。僕自身、ALSは治せる病気だと信じているので、ALSが治せる日まで、自分らしく生活できるようにいろんなテクノロジーを見つけ、皆さんに使ってもらえるような製品や企画を作っていきたいと思っている」。武藤氏は最後にこう話しました。

孤独を解消し心を運ぶ分身ロボット「OriHime」
 次に登壇したのは、オリィ研究所所長の吉藤健太朗氏です。吉藤氏は、小学5年生から中学3年生まで、入院や自宅療養などもあり不登校だった時期がありました。「天井を見つめながら、自分は社会のお荷物なのではないか、存在しない方がいいんじゃないかと考えた辛い経験から、そういった人の孤独を解消するプロジェクトを手掛けてきた」と吉藤氏は振り返ります。

 吉藤氏は、工業高校に通っていた頃に新しい機構の車椅子を開発していました。「一人乗りのオープンカーというイメージで、乗りたくなるかっこいい車椅子を目指した。見た目だけでなく、シートの傾きを自分で修正できるような機能的な車椅子を作っていた」(吉藤氏)。しかし、そもそも車椅子に乗ることが難しい人がいることに気が付き、心を運ぶ「心の車椅子」を作ろうと考えました。

 「身体を運べないから学校や会社に行けず、社会に参加できない。しかし、身体が運べなければ参加できないのかと考えた。そこで、もう1つの自分の身体とすべく、2010年に『OriHime』という分身ロボットを作った」(吉藤氏)。分身ロボットと呼ぶように、このロボットは人が遠隔操作をするもの。リアルタイムでその場の景色を見て、話して、本人が行けない場に「参加」します。入院している人が友人のホームパーティーに参加したり、小学校の遠足に参加したりといった利用がされてきました。

 あるとき、「OriHimeを使いたい」という人に会いに行った吉藤氏は、その人がALS患者で、OriHimeを操作できないことを知りました。そこで、眼球の動きで操作できるシステムを作成し、ALS患者にも使ってもらえるようにしました。

身体が動かなくても会いたい人に会い、見たいものを見られる
 オリィ研究所では元メリルリンチ日本証券会長の藤澤義之氏(2017年没)が立ち上げ初期から特別顧問を務めていました。ALSを患っていた藤澤氏は、呼吸器を装着していて話すことはできませんでしたが、眼でコミュニケーションを取っていました。

 吉藤氏は「藤澤氏の頭脳や心は発症前と変わらず、ものすごく役立つアドバイスをたくさんくれる、大変ありがたい存在だった」と話します。この経験から、他の患者さんも十分仕事ができるのではないかと考え、身体が動かなくても働ける「ロボットテレワークプロジェクト」を2017年夏に開始しました。

 このプロジェクトは、初めに登壇した武藤氏と一緒に活動しています。ALSに限らず、重度身体障害を持つ子どもたちがOriHimeを通じてインターンシップを行ったり、寝たきりの人や移動が困難な人も働いて社会に参加できる仕組みを作りたいと考えています。


 現在は、ヒト型の大きい分身ロボットを開発中という吉藤氏。眼球の動きで大きい分身ロボットを動かせるようになれば、寝たきりのALS患者さんの家に遊びに行ったときに玄関まで出迎えてくれたり、冷蔵庫からケーキを取り出して振る舞ってくれるかもしれません。カフェでウエイターなどの接客業ができるようになるかもしれないし、自分の身体を自分で介護できるかもしれません。

 「ライト兄弟が空を飛び、人が空を飛ぶことは今や当たり前になった。同じように、自分の身体が1つしかないというのは思い込み。呼吸器を付けていても心が生きていれば、会いたい人に会いに行き、見たいものを見て、死ぬ瞬間まで人生を堪能できる。そんな未来が作れると確信している」。吉藤氏はこう話しました。