図1 アプリ「おなかナビ」の起動画面(提供:田中氏、以下同)

 こんにちは、Cadetto.jp管理人の増谷です。みなさん、過敏性腸症候群IBS)を診断したり、患者さんに出会ったことはあるでしょうか? 日本には800万人ほどのIBS患者がいると考えられていますが、血液や画像などの検査で診断できる疾患ではないため、適切な治療につなげることが難しいという課題があります。現場の医師のこうした問題意識から、2018年1月26日、IBSの可能性を調べられるiPhoneアプリ「おなかナビ」がリリースされました。

 IBSは、腸管に炎症や腫瘍といった器質的な疾患がないにもかかわらず、腹痛などの腹部症状と、便秘や下痢を慢性的に呈する機能性腸疾患です(過敏性腸症候群は「心の病」ではありません)。日経メディカルOnlineが総合診療医と一般内科医987人を対象に行った調査では、IBSを疑う症例に出会った回数として、約7割が「年に10例未満」と答えました。また、IBSを疑った患者に対して何らかの薬剤で対処しているものの、対応に苦慮するケースが少なくないこともうかがえます(過敏性腸症候群にどう対応していますか?)。

「IBS患者を適切な治療につなげたい」思いからアプリを開発
 日経メディカルOnlineの連載でもおなじみの東北大学大学院医学系研究科行動医学分野助教の田中由佳里氏は、「IBSに対する一般の人の認知度はまだ高くないが、医師に限定して言えば、新規治療薬の登場などによって年々認知度は高まっている。ただ、専門家が診ればIBSと分かる場合でも、全ての医師が短い外来時間で正確にIBSを診断できるとは限らない。血液やX線で異常が認められなければ『異常なし』と帰されてしまうことがあり、問題意識を感じていた」と話します。

図2 自律神経活動の測定画面

 そこで今回、東北大学大学院医学系研究科行動医学分野と、同情報科学研究科生命情報システム科学分野の学生を含む共同チームで、iPhoneアプリ「おなかナビ」を開発しました。20歳以上のiPhoneユーザーなら誰でも使えるアプリで、利用者は腹痛時の自律神経活動を測定することで、IBSの可能性を調べることができます。

 脳にストレス刺激が加わると、視床下部室傍核から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が分泌され、ノルアドレナリン系の活動を刺激するとされています(「ストレスでお腹が痛くなる」を科学する)。この活動は、自律神経活動で間接的に観察できるとされているそう。特にIBS患者は、大腸刺激時の自律神経活動が非IBS患者とは異なるという特徴も報告されています。自律神経活動の記録には、iPhoneのLEDとカメラを利用し、カメラに90秒間指先を当てて脈拍を測ります。日常生活における自律神経活動の変化を記録することで、IBSの可能性を調べられるというアプリです。

腹痛時の自律神経活動を測定
 アプリでは、「基本情報」として利用者の参加地域や年齢などを入力します。他に、Rome基準に則ったIBSの症状についてのアンケートに答える機能や、腹痛度やストレス度、ブリストル便形状スケールを選択して記録する排便ログの機能などもあります。

 自律神経活動の測定は、安静時、腹痛を伴う便意があるとき、通常の便意があるときの3パターンを選んで行います。安静時の自律神経活動も日々の状況によって変動するため、「朝起きたときに1度計っておくと、自律神経活動の変化がより分かりやすい」と田中氏は言います。

図3 排便ログ(左)と自律神経活動の過去の記録

 少し難しいのは、腹痛でトイレに駆け込みたいときかもしれません。「測定は無理のない範囲でお願いしたいが、排便後だと自律神経活動のデータも変わってしまうため、測定する場合は必ず排便前でなければならない」(田中氏)。大変ではありますが、最も症状が出ている排便前の腹痛時に医師の診察を受けることはほぼ不可能。90秒間我慢して自律神経活動を測定することで、利用者はより正確に症状を把握できるようになる可能性があります。もちろん、病態解明のための貴重なデータの収集にもつながります。

 こうして記録した自律神経活動のデータによって、交感神経活動度が安静時より高ければストレスを感じている状態と判断します。田中氏は、このアプリで利用者がIBSの可能性に気付いて受診につなげるだけでなく、自律神経活動の記録や排便ログなどを見て、「昨日は飲み会だったから今日はお腹を壊すかもしれない」「こういう行動をするとお腹が痛くなるから回避しよう」といった行動変容が起こることを期待します。

 また、「血圧や血糖値のようにアプリ上で日々の記録を見ながらであれば、時間が限られた外来で効率的に診断したり日常生活の指導ができ、診療がより円滑になるのではないか」と田中氏は考えています。

データを収集してIBSの臨床研究にも活用
 「おなかナビ」は、米アップル社がリリースした医学研究用ソフトウエアフレームワークの「リサーチキットResearchKit)」を用いて開発されました。リサーチキットは、同意を得られた利用者のiPhoneから得られるデータを、医療の研究に役立てるための基盤を提供するもので、「おなかナビ」でもバックグラウンドでは、IBSの腹痛時の自律神経活動を調べる臨床研究が動いています。利用者は臨床研究の参加に同意してからアプリの使用を開始することになります。「iPhoneを使えば、居住エリアや時間などに関わらず、インターネットがつながる場所であれば24時間いつでも研究に参加できる。倫理上も、管理が難しい氏名など個人を特定する情報は大学側が収集せずに臨床試験を行えるため、進めやすい」と田中氏はメリットを感じています。

 田中氏は研究について「まずは数万人の利用を目指したい。研究の期間は5年間と設定しているが、状況によって前後する可能性はある。結果は5年を待たずに社会に還元していきたい」と話しました。

■App Store 「おなかナビ」