みなさんこんにちは、Cadetto.jp管理人の増谷です。心血を注いで発表にこぎ着けた研究結果が、多くの人に読まれ、社会をも動かしたら――。真剣にそう考えたことはあるでしょうか。

 今回は、医療ビッグデータを活用し、研究結果がメディアにも次々と取り上げられて注目を集めている医療政策学者で医師の津川友介氏(米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校;UCLA)と、健康保険組合などの保険者が有する健康診断・レセプトデータを解析し、保険加入者のヘルスケア対策を打ち出すヘルスケアベンチャー企業のミナケア(東京都中央区)社長で医師の山本雄士氏が、医療ビッグデータ研究について対談した模様をお伝えします。

米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の津川友介氏(左)と、ミナケア社長の山本雄士氏。

 さらに当日山本氏は、優秀者にはミナケアが医療ビッグデータを提供し、津川氏が指導するというコンテストを発表。リアルワールドのビッグデータを活用してあんな研究をしたい、こんな解析をしてみたいと考えている読者には、こちらも大注目です(詳しくは記事後半へ)。

 冒頭は、津川氏がここ数年で発表した医療ビッグデータ研究を振り返る講演から始まりました。自然科学・社会科学分野では、学術雑誌の影響度や引用された頻度を測る指標としてインパクトファクター(IF)が重視されます。しかし津川氏は、このIFに加え、社会へのインパクトを重視します。「学術雑誌の影響度だけでなく、どれだけニュースや新聞などに取り上げられたかということまで含め、社会にどんな影響を及ぼしたかを示す指標である『アルトメトリック』も、米国では重視されるようになってきている」と言います。

 例えば、2016年度にこのアルトメトリックが約8000点と最も高かった論文は、2016年7月11日付のJAMA誌電子版に掲載された、オバマ米大統領(当時)が「米国の医療保険制度改革」として自身の政策である医療保険制度改革法(オバマケア)の効果について書いたものでした。津川氏が発表した、「女性医師が担当したメディケア患者は成績良好」という論文も、約4000点で2017年度のランキングではトップ10に入る可能性が高いということです。この研究は、ビジネス特化型SNS「LinkedIn」の医師版サービスとも言えるスタートアップ企業「Doximity」が収集した医師の関するデータと、メディケアが持つレセプトデータを掛け合わせて解析したものでした。「論文のエンドユーザーがアカデミアなのか臨床医なのか社会一般なのかといったことを考えておくことも大事」と津川氏は言います。

 次に示したのは、「米国内において、海外の医学部出身の医師の診療の方が質が高い」という論文でした。実はこの論文が発表された1週間前に、トランプ米大統領がイスラム教徒が大多数を占める6カ国の市民を対象に、入国禁止の大統領令を出しました。米国で働く医師の約25%は、米国外の医学部で医師資格を取得しています。その25%の医師の中には、この6カ国の出身者も含まれており、米国外に出ていた医師が国内に戻れなくなってしまったというニュースがあったため、「社会的意義の高い論文になり、その結果として注目度が高くなった」と津川氏は振り返ります。

 3例目は、「若手医師の方が高齢入院患者の死亡率が低い」という結果を示した研究です。津川氏は、「担当が若い医師だと、患者が心配そうな顔をしたりします。同様に、女性医師だとがっかりする患者さんもいる。そのステレオタイプのイメージが正しいなら仕方がないが、偏見による間違った思い込みならきちんとエビデンスに基づいた評価に正すべきだと思う」と話します。

 対象にした若手医師は外科医ではなく、内科医です。「この研究の場合、高齢医師が若手医師よりも成績が悪かったのは、医学の進化が早すぎるから。若手医師はそもそも学んだ時点で最新の知識や技術に基づいているのに対して、例えば10〜20年前に医学部を卒業した医師は医学部で習った内容が古いため、自身で最新のエビデンスをキャッチアップしなくてはならない。これがなかなか難しいのではないか」と津川氏は考察します。

 津川氏は、これらの研究で、約120万人分の入院データを使っています。「これがビッグデータかと言われれば、ビッグデータで間違いない」と言いつつも、「ビッグデータとはそもそもマーケティング用語なので、明確な定義はない」とも言います。ビッグデータという言葉を押し出せば起業ができたり投資家のお金が集まったりする現状に、「ビッグデータが期待されるのは良いことだが、できることとできないこと、ビッグデータの限界についてはきちんと理解しておいてほしい」と話しました。

 例えばビッグデータでよくある誤解の1つとして、「データが大きいから何でも有意差が出る」というものがあるそう。「ビッグデータだから何でも有意差がつくという人は統計を勘違いしている。推定値がより真実に近づくだけ。ただ、バイアスには気を付けないといけなくて、交絡因子の適切な補正はデータが大きくなればなるほど重要になってくる」と説明しました。

 次ページからは、津川氏と山本氏の対談をお届けします。