病人から言わせてもらえば、医師だってちゃんと休んでほしい

――そのときのことを振り返ってみて、どんなことを感じられますか?

 もともと自分だけじゃなく母も祖母も喉が強くなくて、扁桃腺が腫れるってことはよくあったんですけど、扁桃炎は大変でしたね。扁桃腺が少し腫れてるだけと軽くみないで、ちゃんと医者に診てもらうことだなと思いました。東京でかぜ気味だなって思っていたときに、市販薬じゃなくてちゃんと病院に行ったり、休息して体力を取り戻しておけば、ここまで大変なことにはならなかったかもしれない。毎日忙しいからって忙しさにかまけていると、どうしてもこういう病気になってしまいますね。

 あれ以来、「休むときは休まないといけない」と意識しています。どうしても人間って無理をするから。医師だって無理をしてますよね。死にそうになった立場から言わせてもらえば、医師だって「かぜかな」と思ったら、しっかり休み、検査もすべきだと思いますよ。

 ただね、頑張ることを否定するつもりはないんですよ。マイペースがいいとは思わない。頑張りたいときは頑張るべき。それで自分の能力以上のものを引き出したり、ハードルを越えたりする経験って必要だと思うんです。大事なのは、アフターケア。頑張った分、その後しっかり休むのが大事ですね。

――免疫が低下していることをちゃんと自覚して、ということですね。

 そう。免疫が低下しているときは、やっぱり何らかの危険信号が身体から出ているはずなんです。疲れを感じるとか、テンションが下がるとか。そういう危険信号をしっかりキャッチして対策しないとね。

 だから今でも、喉が痛いなーと思ったらすぐにうがいする習慣がついたもんね。だって、入院中は朝昼晩と1日5回くらいうがいさせられてましたから。気管切開の跡もあるしね。予防医学って本当に必要なんだなと感じてます。

いくつもの幸運が重なり救命された

――致死率70%だったと言われたとのことですが、大仁田さんが生還された理由については何か医師に説明されましたか?

 先生が、医師としてのプライドを捨ててくれたことですね。最終的に13人の医師が関わって、いろいろな抗菌薬を使ったそうなんですが、あまり効果がなく、熱が下がらないとかいろいろ問題があったみたいなんです。そこで、全国の医師に対して、「これこれこういう症状の患者なんだけど、この人に適正な抗菌薬はないでしょうか」と発信してくれたそうなんですよ。医師としてのプライドがどうしてもあるところ、これは本当にありがたいと思っています。それでアドバイスをもらった治療法を試して、うまくいったみたいなんです。

1993年3月、鹿児島市立病院ICUにて(提供:東京スポーツ新聞社)

 あとは、「酒を飲まない人だったから生還した」とも言われたな。酒の席にも行くし酒を否定するわけじゃないんだけど、僕はまったく飲まないんです。15歳から馬場さんに付いてるんですよ。酒なんか飲もうもんなら、「てめぇ、この野郎、酒なんか飲みやがって」と16文が飛んできますから。だから今でも、ビール1杯飲んだら手は痛むし、心臓はバクバクするし、ですよ。ちょっと飲むくらいならいいけど、深酒はやっぱり良くないみたいね。

 それから、運が良かったっていうのもある。助けてくれる病院に運ばれたのもそう。あと、目が覚める前日に、夜中ICUで何か覚醒しちゃったらしくて、身体にたくさん入っていた管を無意識のまま全部抜いちゃったらしいんですよ。そのとき、たまたま専門医の先生が当直されていたから全部入れ直してくれたらしいんですけど、入れられる先生と入れられない先生がいるって後で聞いて、本当に運が良かったなと。