こんにちは、Cadetto.jp管理人の増谷です。みなさん、本日9月13日は世界敗血症デーWorld Sepsis Day)です。昨年、新たな定義が発表された敗血症は、早期に発見し適切な治療がなされなければショックや多臓器不全を引き起こし、死に至ることも多い疾患です(敗血症に新定義、SIRSよりも臓器障害を重視)。

 しかし、一般のみならず医療従事者の認識も十分とはいえません。そこで、医師を中心とした非営利組織の世界敗血症同盟(Global Sepsis Alliance)が、敗血症の啓発を目的として2012年に制定したのが、この世界敗血症デーなのです。日経メディカルでも、現在敗血症の特集を鋭意製作中です。今回は、急性扁桃炎から敗血症性ショックに陥ったものの、社会復帰を果たしたプロレスラーの大仁田厚氏のインタビューを、特集より一足先にお届けします。


大仁田厚氏●1957年、長崎県生まれ。ジャイアント馬場に憧れ、全日本プロレスに「新弟子第一号」として入門し、1974年にプロレスラーとしてデビュー。タレントや俳優、参議院議員(2001年〜07年)としても活躍した。1993年、九州巡業中に急性扁桃炎で倒れ、敗血症性ショックに陥るも生還し、社会復帰を果たした。

――1993年の九州巡業中、鹿児島での試合後に倒れられたとのことですが、その頃はどういう状況だったのでしょうか。

 当時は、自分の知名度を高めなくてはいけないと思っていて、かなり仕事を詰め込んでいました。試合だけでも年間250回くらいやって、試合がない日はバラエティー番組に出演したりしていたので、完全な休日は年2日くらい。そんな状況だったから、やっぱり免疫力が下がっていたんじゃないかと思います。

 何でもそうですよね、例えば糖尿病になればやっぱり免疫力が下がって、いろんな疾患を併発してしまうということがあるように、どうしても身体が弱っているとダメですね。心身ともに健康であることの重要性というのは、そのとき痛感しましたね。

――プロレスラーのような屈強な身体をお持ちの方でも、やっぱり休息は重要ですよね。

 まあ、僕はおそらく、一般の人よりは治癒が早いんですよ。試合で有刺鉄線が刺さって傷ができても、その日の夜中か翌日くらいにはかさぶたになって、1週間くらいで跡形もなく治っちゃう。でも、敗血症になったときもそうですけど、僕は敗血症になるなんて思っていないんですよ。ただのかぜだって思ってたんですから。それで休息も取らず、敗血症になる1週間前にはタッグリーグ戦とかやっていて、血だらけ、傷だらけのまま大阪の道頓堀に飛び込んだりしていたわけです。

――かなり感染リスクが高そう……。最初は喉の痛みを感じられたんですね。

 道頓堀に飛び込んでいたときから体調はあまり良くなくて、東京に帰ってきても、その後九州に入っても、かぜ気味の状態が続いていました。喉が痛くて熱っぽくて、市販の解熱薬なんかを飲んで紛らわせていましたが、宮崎県で試合をした後はもう本当に具合が悪くなって。ホテルで休んでいたんだけど、喉が触って分かるくらい腫れてきたんです。そこで病院で検査してもらうことになって、扁桃炎と言われました。明日、鹿児島に行って試合をしたら病院に行くように、と説明を受けましたね。

「こんな状態で試合なんて、バカッ!」と医師に怒られた

写真撮影:飯塚 寛之

――それで鹿児島で試合をされた後、倒れてしまったということなんですね。

 はい。試合の後、本当に息ができなくなっちゃって……。リングが逆さまに見えたんですよ本当に。控え室に戻って、救急車を呼んでもらいました。仕事柄、しょっちゅう救急車にはお世話になっていて、申し訳ないと思っています。僕は救急医療にめちゃくちゃお世話になっている人間の1人なんです。

――地元の救急病院に搬送されてからは、どのくらい覚えていますか?

 夜の11時くらいに鹿児島市立病院に搬送されて、担当していただいた女性の先生に「こんな喉が数ミリしか開いてない状態で試合なんかして、バカッ!」と怒られた記憶はあります。ファンが待ってる以上、こちらとしては試合をキャンセルすることってなかなかできないじゃないですか。まさか怒られるとは思ってなかった。その後、扁桃炎と診断されました。

 強烈に覚えているのは、そのときとってもお腹が空いていたので、付き人にチキンラーメンとポカリスエットを買ってきてもらったことですね。それで寝ている状態で、3mmとか5mmとかしか開いていない喉から流し込んでもらったんです。そこから意識がありません。チキンラーメンとポカリスエットはそのときのことを思い出さなくなるまで、その後3年間は食べられませんでした。

――意識がなくなった後は、扁桃炎だけではなくなっていたんでしょうか。

 自分では分からないんだけど、聞いた話によると、扁桃炎の菌が肺に行って肺炎になって、全身に回って敗血症になったと。敗血症の意味とかはよく分かっていないんだけど、ICUで15日くらい意識不明になり、目が覚めた時に「あなたは70%の確率で死んでいました」と言われました。実際、もう母親が呼ばれていましたからね。「いつ亡くなってもおかしくありません」って。マスコミは死亡記事を用意していたとも聞きました。