こんにちは、Cadetto.jp管理人の増谷です。皆さん、「超高齢社会」という言葉を聞いて、どんなイメージを持ちますか? 今回は、超高齢社会を創造的に生きる次世代リーダーの育成とコミュニティー形成を目指すHEISEI KAIGO LEADERSが8月に開催したイベントにお邪魔してきました。24時間対応の在宅医療ネットワークを構築する医療法人社団悠翔会(東京都港区)理事長の佐々木淳氏が登壇し、「在宅医の覚悟」について語りました。

「老い」のイメージがネガティブなのはなぜか
 講演は、佐々木氏が冒頭の問いかけをして始まりました。「会場には医療・介護の仕事をしている人がたくさんいるので、暗いイメージを持つ人が多いかもしれません。でも、私たちがそんなイメージを持つような現状でいいのでしょうか?」(佐々木氏)。

 医療・介護に携わる人が暗いイメージを持つであろう理由として、佐々木氏は社会保障の課題、そして「老い」へのネガティブなイメージを挙げます。

 人には、加齢とともにゆっくり衰えていく身体的機能と、社会的な居場所ややりがいのある仕事によって得られる社会的機能、心の成長である精神的機能があります。身体的機能と精神的機能は、子どもから大人になるにつれ、成長していきます。40歳代、50歳代になると、身体的機能は低下していきますが、社会的機能が上がっていくので楽しみが増えていきます。

 しかし、雇用されて働いていた人は、60〜65歳で仕事を失います。そうすると、一気に社会的機能が失われ、身体が元気でもすることがないという状態になってしまいます。この定年後も精神的機能は成長が進みます。やがて、身体的機能と社会的機能は最低に近づくのに、精神的機能だけ成長が続くというタイミングが訪れます。佐々木氏は、「この状態が、高齢者です。例えば認知症と診断された人でも、完全に自我を失うまでは心の成長はあると思っています」と言います。この状態になっている高齢者を目にすることが、老いへのネガティブなイメージにつながっていると佐々木氏は考えています。

身体の健全よりも大事なのは、人生の健全
 ここで一度、健康について考えてみます。WHOの健康の定義は、「身体的、社会的そして精神的にも満たされた状態」であること。「大事なのは、身体が健全なこと以上に、人生が健全なことなのではないか」と佐々木氏は言います。

 日本の医師にとって、疾病や障害、死因を国際比較しやすくするための国際疾病分類(ICD)は身近な統計分類でしょう。一方で、WHOが2001年に採択した国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health;ICF)では、単純に疾病ごとに障害を考えるのではなく、生活機能が何らかの理由で制限されている状況を「障害」と捉えます。

 例えば、佐々木氏は自身が掛けている眼鏡を例に取り、「旧石器時代なら、視力の悪い私は大きなハンディを持つ人だったかもしれません。しかし、現代の日本社会で、視力が悪いことをハンディと思う人はいないのではないでしょうか」と話します。

 つまり、障害がハンディになっているかどうかを決めるのは障害そのものではなく、所属しているコミュニティー。視力が低下しているという事実はありますが、視力の低下を診断する技術と、眼鏡のような補正機器があり、視力低下を大きなハンディと思う人が少ない現代では、視力が低下しても生活機能が制限されないのでICFの考え方では障害にならないかもしれません。

 一方で、「現代の日本では、足が動かないことはほとんどハンディではなくなっていると私は思います。しかし、足が動かない人を見て障害者だと思わない人はまだまだ少ないでしょう」と指摘。障害者かどうかを決めるのは、「自分は健常者だ」と思っている人たちなのだと続けます。

8割以上の人は障害者として過ごす期間がある
 とはいえ、「自分は健常者だ」と思っている人も、いつかは障害者として過ごす人がほとんどです。現代の死に方を見てみると、理想の死に方として語られることも多い「ピンピンコロリモデル」で人生を終えられる人はわずか5%ほど。何らかの疾患や事故による「突然死モデル」は15%ほどです。つまり、他人の手をあまり煩わせずに死ねる人は2割程度。残りの約8割は、健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間である「健康寿命」を終えてから、身体の調子が良くなったり悪くなったりを繰り返し、ゆっくりと死に向かっていく「疾病モデル」になっているのです。

 健康寿命と寿命には男女ともに約10年の開きがあるといわれています。佐々木氏が「療養の時期」と呼ぶこの期間は、ほとんどの人が生活機能を制限された障害者なのです。だからこそ、佐々木氏は「健康寿命が終わり、障害者として過ごすことになったとしても楽しく生きていける仕組みを作らなければならない」と話します。

 障害者や高齢者になっても楽しく生きていく仕組みを作るために、医療には何ができるのでしょうか。

若年者と高齢者では医療の役割が違う
 そもそも、若年者と高齢者では、疾病のパターンが異なります。若年者の場合、疾患はシンプルなもの。原因は外因性、疾患は単発、発症パターンは急性です。高齢者の場合、原因が老化など内因性の疾患が多発し、発症パターンも慢性です。大腿骨頸部骨折を例に取ると、若年者の場合、事故など外力によって起こることが多く、手術した後にリハビリを行って社会復帰を目指すことになります。高齢者の場合も転倒などの外力によって起こることが多いのは同じですが、入院・手術の後の退院は、若年者に比してかなり困難になります。

 「同じ疾患でも、高齢者の場合は自宅に帰ることすらできなくなるかもしれません。自宅に転倒リスクがあったり、栄養状態が悪いなど、骨折の背景にいろんな問題が隠れていることも多々あります。ですから、骨折を治すことだけを考えて入院させていると、廃用症候群や認知症が進行してしまうことがあります」(佐々木氏)。

 ここで、佐々木氏は若年者と高齢者では医療の役割も変化すると言います。「若年者の場合は病院で、救命と治療を目的とした治療が行われます。高齢者の場合は地域で、予防と改善を目的としたケアとサポートを行うべきです」(佐々木氏)。高齢者は疾患を治すことが難しい上に、治すことがそもそもできない場合もあるため、「治るまで入院させておこう」と考えると退院させることができなくなってしまいます。「だから、地域で診ていく在宅医療のような仕組みが必要なんです」と佐々木氏は訴えます。