みなさんこんにちは、Cadetto.jp管理人の増谷です。今年9月、国立がん研究センターが「情報提供:受動喫煙と肺がんに関するJTコメントへの見解」として、企業名を名指しした見解を公表したことが大きな話題になりました。

国立がん研究センターがん対策情報センターの若尾文彦氏

 国立がん研究センターの見解は、8月に同センターが公表した「受動喫煙による日本人の肺がんリスクは約1.3倍 肺がんリスク評価「ほぼ確実」から「確実」へ」と題したメタアナリシス研究の結果に対し、日本たばこ産業(JT)が「受動喫煙と肺がんに関わる国立がん研究センター発表に対するJTコメント」と題したコメントをウェブサイトに掲出して「本研究結果だけをもって、受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論づけることは困難」と反論したことを受けて出されたものでした。

 実はこの「情報提供」が出されたのは今回が2度目だというのはご存じでしょうか? 今回は、国立がん研究センターで「情報提供」の新設を提案し、癌に関する正しい情報の普及に力を入れるがん対策情報センターの若尾文彦氏に、反論を出した経緯や、医療機関が情報提供する際の姿勢、次回予告などについて伺いました。


反論に次ぐ反論の中身
 この件は、国の研究機関が1企業を名指しした異例の反論を行ったと話題になりました。きっかけとなった国立がん研究センターの発表は、日本人の非喫煙者を対象に受動喫煙と肺癌の関連を報告した研究のうち、適用基準を満たした9本の論文結果を基に行ったメタアナリシスの結果。日本人において、受動喫煙が肺癌リスクを上げることは「確実」であることが、科学的根拠を持って初めて示されたとしていました。

 これに対し、JTは「受動喫煙を受けない集団においても肺がんは発症する」「今回選択された9つの疫学研究は研究時期や条件も異なり、いずれの研究においても統計学的に有意ではない結果を統合したもの」などと反論しました。

国立がん研究センターの研究結果に反論したJTの声明に反論した国立がん研究センターの「情報提供」

 そのJTコメントに国立がん研究センターがさらに反論。例えばJTの「受動喫煙を受けない集団においても肺がんは発症する」という指摘に対し、「肺がんを含めて生活習慣病は単一の要因で発生するものではなく、多くの要因が複雑に影響して発生する。(中略)受動喫煙を受けていないと回答した者でも、唾液や尿などの生体指標を調べると、たばこの煙由来の成分が検出されることがあり、受動喫煙を受けていない者に発生する肺がんの一部はこのような誤分類が原因である可能性が指摘されている」と説明しました。

「メタアナリシスよりもひとつの大規模な疫学研究を重視すべき」のコメントに「最も信頼度が高いもののひとつ」と反論
 JTコメントの「今回の選択された9つの疫学研究は研究時期や条件も異なり、いずれの研究においても統計学的に有意ではない結果を統合したもの」という部分に対しては、「『9つの論文を選択し』との表現は恣意的に選択したような印象を与えるが、今回国立がん研究センターが報告したメタアナリシスでは(中略)メタアナリシスの国際的なガイドラインであるPRISMAに従ったものである」と指摘し、適切な解析であったことを主張。さらに、「受動喫煙による肺がんリスクの増加は1.3倍程度で能動喫煙に比べて小さいため、個々の論文では、対象者数の不足や偏り、受動喫煙有無の誤分類、受動喫煙以外の要因などで、見かけ上リスクが観察されないことがある。このような不安定性を取り除くために、複数の論文を統合して、結果が一致しているか、統合して有意な結果が出るかを調べる『メタアナリシス』が用いられる」とコメント。メタアナリシスの意義を強調しました。

 メタアナリシスについては、JTコメントで「今回用いられた複数の独立した疫学研究を統合して解析する手法は、選択する論文によって結果が異なるという問題が指摘されており、むしろ、ひとつの大規模な疫学研究を重視すべきとの意見もあります」とも指摘されていました。これに対して国立がん研究センターは、選択の恣意性や取りこぼしを避けるためにPRISMAを用いていることを改めて説明した上で、「メタアナリシスは、医学研究の中で最も信頼度が高いもののひとつとして位置づけられている。その理由は、個々の研究では対象者の偏りや不足、調整されていない要因などの影響で結果が不安定になるが、複数の研究を統合することでより確かな結果が得られるからである」と強く反論しました。

 ちなみに、そもそもJTが挙げていた指摘には、医学的な批判とは言いにくい部分も多くあり、それらに対する医学的な反論はかみ合っていないという印象も受けます。しかし若尾氏は、「医学的な批判でないということは分かる人には分かるが、『統計が』とか『正しいやり方ではない』といった表現を一般の人が見抜くのはかなり難しいのではないか。これらが明確な誤りであるということを、プロからアマチュアまで全員が理解できるように伝える必要があると思った」と語ります。センターの反論は、かなり難しい内容も含まれてはいますが、「今回はJTのコメントを部分ごとに区切って1つひとつに反論し、どこがどう間違っているのかが分かりやすく書かれている。丁寧に書いてあるというのは分かっていただいたようだ」と手応えを感じています。

 なお、JTなどたばこ企業に求めることとして若尾氏は、「国際的なたばこ企業であるフィリップモリスインターナショナル社などは、受動喫煙の健康被害を公式に認めた上で、健康被害について消費者に周知すべき旨をウェブサイトに記載している。今回のJTの声明は、受動喫煙の健康被害自体を認めないもので、さすがに無理がある。健康被害を認めた上で、適切な対策が講じられることを望んでいる」と話しています。

世の中にあふれる間違った情報に対し、正しいメッセージを迅速に出せる仕組みを
 この「情報提供」が出されたのは2度目でした。若尾氏は、「これまで、国立がん研究センターが何か情報を出す際のラベルには、『声明』や『研究報告』、『提言』とちょっと大げさなものしかなかった。しかし、2015年の夏ごろから、世の中には間違った情報があふれており、もっと正しい情報を出していかなければならないということからセンターとしてのメッセージを迅速に出せる仕組みを作ることになり、できたのが『情報提供』だった」と説明します。

 初めて「情報提供」が出されたのは、2015年10月に公開した「赤肉・加工肉のがんリスクについて」でした。内容は、WHOの下部組織である国際癌研究組織(IARC)が「加工肉を過剰に摂取すると大腸癌罹患リスクが上がる」と発表したことを受けて、「日本人の平均的な摂取の範囲であれば、赤肉や加工肉がリスクに与える影響はないか、あっても小さいと言える」という見解。このテーマが選ばれた理由として若尾氏は、「当時このIARCの発表が、メディアなどで非常に大きく取り上げられていた。このまま放置していれば世の中に大きな影響を及ぼし、混乱が広がると判断された」と説明します。当時は大変大きな反響があり、ウェブサイトへのアクセスは、普段の数倍にも上りました。