阿蘇保健所長の司会で、伊藤リーダーを中心に話が進む。参加メンバーは保健師、阿蘇医療センター院長の甲斐豊、医師会、歯科医師会、薬剤師会、警察、消防、自衛隊、日赤、DPAT(災害派遣精神医療チーム)、救護班リーダー、NGOなど。30人ほどか。
「110番通報が倍増しています。おそらく被災者の方がナーバスになっておられるのでしょう。通報は増えていますが、阿蘇地区の犯罪が増えているのではありません」と警察。
「市町村職員や医療スタッフには、自身も被災されていて業務に当たっている人が多く、精神的にも疲弊度が増しています」とDPAT(災害派遣精神医療チーム)。
「移動歯科診療が開始されました」と歯科医師会。
 様々な機関が様々な報告をして、時々議論をする。特に避難所における健康問題が中心で、保健師が大きな役割を果たしている。その代表が訴える。
「ノロやインフルエンザが拡大しそうで、非常に怖いです」

 伊藤が僕の方を見て、声をあげる。
「認識しています。そこでADROとしては、ICTを立ち上げました」
 僕は促されて立ち上がり、一人ひとりの顔を見るように話していった。
「被災者の方々の健康を守るために、阿蘇全域の感染症の対策を、現場のニーズを聞き、様々な医療機関と協力し、できるだけ統一したものにして……」
 長崎大の石本裕士や田代が用意してくれたマニュアル、久志や猿田が作ったポンチ絵を説明していった。大きな声でゆっくりと。皆、熱心に聞いてくれた。質問もたくさんあった。最後に僕はこう締めた。
「我々が、責任をもってやります。安心して、ご協力してください」
 伊藤が小さく拍手してくれているのが見えた。

 21時過ぎ、事務局のドアが開いた。
 熱気のこもった部屋に新しい風が入り、その風と共に泉川と感染管理看護師(ICN)寺坂陽子が入ってきた。この時を今か今かと待っていた僕は彼らと固く握手した。すこし涙腺が緩んだが、感傷に浸る時間はない。伊藤や猿田とともに、経過を順に並べたシートを使い説明した。ADRO会議での僕の締めの言葉を伝えると、泉川は苦笑した。
「先生、ハードル上げすぎですよ」
 そう言いながらも、凛とした顔つきにはやる気が漲っていた。彼はICNの寺坂、猿田とともに、猛烈な勢いで仕事を始めた。徹夜になりそうな熱気だったが、僕が制止した。
「帰ろう。明日から長丁場だから」

 その夜、宿では泉川と一緒の部屋となる。午前3時をまわっていたと思う。泉川は布団の中で何か資料を読んでいる。僕はリュックの底に忍ばせていたウイスキーの小瓶と炭酸でハイボールを作った。湯呑の中に氷はなかったけど、湧き上がる泡が破裂する心地よい音がした。ひとくち飲むと、のどの奥で炭酸がぷつぷつと鳴り、僕の中の何かがはじけた。すぐに意識は薄らいでいった。

ADRO会議で話す泉川公一

 翌日の4月25日、僕たちは早朝7時に事務局にいた。
 山のような仕事を目の前にしても、皆、気分は良かった。40カ所以上の避難所の感染状況を把握するためのアセスメントシートを誰がどのように記入し、回収するか。可及的速やかに行わなければならない大きな課題であったが、「やっちゃえ、おっさん」的な「ゆるゆる」2班のノリが、泉川の背中を押していた(と思う)。

ADRO-ICTが本格始動
 7:30からADRO会議。
 僕が泉川を紹介し、正式にICTリーダーを交代した。参加者の安堵感は増したように思える。会議では、若干の議論が巻き起こった。泉川が提案しようとしたアセスメントシートの回収方法が、現場では無理ということが分かったからだ。泉川はすぐに、保健師と話し合って現場に沿ったものにすると言った。柔軟であることの重要性を彼は知っている。もう、大丈夫だ。

自衛隊ICTの3隊、さくらチームの2隊が加わり、ADROのICTが本格始動。

 9時、迷彩服と半長靴に身を包んだ自衛隊員がドドドーと8人並んだ。並んで敬礼。こちらも敬礼。
 さらに、力強い助っ人も到着。愛知県のさくら総合病院から2チームが車から降りてきた。院長は小林豊。がっしりした大男だ。2班の水田と出来隆博がささやく。
「自衛隊が小さく見えるぜ〜」
「メルセデスベンツのAMGのG55、このドクターカー、すげー!」

 彼らは余震が続く状況を見て、自主的に乗り込んできた。阪神、東北でも救援活動をしたという。国立がんセンターでチーフレジデントも務めたことのある小林が男気のにじむ言葉を並べる。
「自分もICD持ってます。使ってやってください」
 深々と頭を下げる泉川に、水田がちゃちゃを入れる。
「泉川先生、この場面は、敬礼でしょ〜」
 とにかく、部屋には入りきれないほどの人が集まっていた。泉川の下に、寺坂ICN、長崎「ゆるゆる」2班、自衛隊ICTが3隊、さくらチームが2隊。あっという間に、20人を超えて、ADROのICTが本格始動した。
 僕の仕事は終わったようだ。