阿蘇全地区をカバーする感染制御チーム(ICT)立ち上げというミッションを受け、長崎大学病院にSOS発信した崎長ライト氏。感染制御専門家の到着を待ち焦がれながら、様々な課題が舞い込んできます。(編集部)

 このたびの熊本の地震で被災された方に心よりお見舞い申し上げます。
 このコラムは、完全なノンフィクションではなく、脚色を含んだ物語です。被災地における感染制御をテーマにしておりますが、執筆時点(5月3日)では、阿蘇地域に感染症のアウトブレイクは発生していないようです。
 これは、多くの方々や団体のご尽力によるものと思います。日本環境感染学会の賀来満夫先生(東北大学)、熊本県感染管理ネットワーク川口辰哉先生(熊本大学)、自衛隊、日本赤十字医療支援チームや国境なき医師団、地元の医療機関や保健師さん、高校生や中学生をはじめとするボランティアの皆さま…(全関係者のお名前を挙げられず申し訳ありません)。そして、長崎大学病院関係者の皆さま。物語では、阿蘇地域のICTの立ち上げに焦点を絞っていますが、その点をご理解いただければ幸いです。
 なお、文中敬称は略させて頂きました。


 SOSのメールを大学に打ち、あちこちに何本も電話して、のどがガラガラだ。コーヒーが飲みたい。今は何時だ?
 僕が、阿蘇地域の感染症の拡大を防ぐADRO(阿蘇地区災害保健医療復興連絡会議)のICT(感染制御チーム)の初代リーダーを言い渡されたのが4月24日午前10時前。長崎大学病院の感染制御専門家、泉川公一を引っ張り出すことに成功したのが14時だった。
「3時のおやつ。先生、朝、おにぎりひとつ食べただけでしょう」
 久志愛実(長崎大学災害医療支援チーム第2班、紅一点の看護師)が机の上にコーヒーとドーナツを置いてくれた。まだ、15時か。ずいぶん、時間がたったように感じる。長い一日だ。

やっちゃえ、おっさん
 飲む間もなく、ICTの猿田麻耶がやってきた。
「感染予防のグローブとマスク、簡易トイレと清拭物品などが大量に届きました。仕分けをお願いします。阿蘇、南阿蘇、西原で分けるので比率を教えてください」
「えっ、どういうこと?」
 もう一度聞きなおす。県が感染制御グッズをダンボールで送ってきた。それを避難所に配布するのが役目のようだ。
「配布するだけじゃ、意味ないよ。巡回して、使い方を教えてまわる?」
「40カ所以上あるから無理ですね」
「そうだよなあ〜」
 そこで久志が言った。
「それじゃあ、使用方法のマニュアルと一緒に配ればいいと思います」
 3年目の看護師、久志が頼もしく見えた。この数日で大きく成長している。

病院のトイレを借りて、感染制御グッズ使用法のマニュアルを作る。

 現場の保健師も使用方法の説明書が欲しいと言ってきた。ネットで調べたが良いものはなく、長崎大の田代将人に送ってもらった資料にも適当なものが見当たらないので、結局自分たちで作ることにした。病院のトイレを借りて、3人でマニュアル作りを始めた。久志がガウンを着たり、マスクをしたり、グローブを付け、猿田が撮影する。僕はときどき抜けて、ADRO事務局リーダーの伊藤宏保と、今後のことを綿密に打ち合わせする。

 「あと3時間ですね、ADRO会議まで。19時に始まるので、ICTの方針と対策を話してください。バ〜ンと打ち出すことが大事です」
「大丈夫です」
 そういうのは、得意である。ヘタレは本性を隠すため、よくハッタリをかます。

「やっちゃえ、おっさん!…ですね」
 その声は、長崎大2班の水田芳博。矢沢永吉の『やっちゃえ、日産』CMをもじったギャグに、矢沢ファンクラブ会員の僕は心で爆笑。ムードメーカーが阿蘇温泉病院の業務を終えて帰ってきてくれた。心強い。
「バリバリ、フツーの病棟業務こなしてきましたよ。向こうのスタッフから『安らぎと笑いを頂きました』と言われました」と、柄にもなくはにかむ。そして、休む間もなく、ICTの記録表を作成してくれた。白いシートに黒マジックで線を引き、
<発生時間><発><受><項目>の順で書いていく(これがお作法)。

17時30分|●●保健師|リーダー|●●避難所でインフルB発生
17時42分|●●医師 |リーダー|●●避難所からノロキッド要請

 そのシートをガラス窓に貼る。なるほど。これなら、皆が情報共有できる。とにかく電話や情報がひっきりなしに入り、その情報処理で追われていた。

 久志はマニュアルを作り終え、長崎大2班のリーダーの内科医、森良孝と共にER業務へ入った。その夜はそんなに忙しくなかったと森は後で言っていたが、訪れた症例は、イレウス疑い、狭心症疑い(救急車)→入院、腰痛(救急車)、発作性頭位性めまい、頭痛(MRIまで)、腹痛→入院、膝痛……。結構忙しかったことは想像に難くない。

「我々が責任を持ってやります」
 阿蘇地区災害保健医療復興連絡会議(ADRO)の第8回会議が19時より開催された。僕は真ん中の席に座らされた。緊迫した雰囲気で、誰も私語を発しない。後ろの方に山中克郎がいた。彼とは10年以上前から交流があるのだが、『スマイル山中』のいつものスマイルはなかった(関連記事)。