少し間が空いた。
 チームにはいろいろ事情がある。今日帰るチームもいれば、僕らのように遠くに宿を取るチームもある。ERは何が来るかわからないが、基本は内科系が多い。外科系チームは躊躇するかもしれない。もしかしたら、誰もやらないかもしれないと思ったとき、前の方で手が上がった。
「やります」
「ありがとうございます、えっと〜」
「長崎大学第2班です」
「それでは、17時から0時までのERをお願いします。詳細は、医療センターのERで聞いてください」
 よくぞ言ってくれた、森良孝。と、拍手を送りたかったのだが、すぐに不安がよぎった。僕は普段から週に2回はプライマリケア外来をやっているので、ERをすることにやぶさかではないのだが、電子カルテの問題があった。紙カルテで育った人間が、他の病院のカルテ操作にすぐ慣れることができるだろうか……。
「先生はいいです。17時に帰ってください」
 控室に戻った森は、結構強い口調で僕に言った。
 役に立たないと思ったのかもしれないが、たぶん、僕の体調を気づかってだろう。どうも、森の上司の代謝内科チーフ、阿比留教生から言い渡されたような節があった。「あいつは年だから無理させるな」と。

 阿比留とは幼馴染である。だから、優秀なスタッフを送ってくれたのかもしれない。立派な後方支援だ。小説「フルマッチ」に登場した女傑・長谷敦子(救急医)も派遣メンバーの代わりに長崎でたくさん当直をこなしている。小畑陽子(医療教育開発センター、内科医)たちも僕の代わりに50人ほどの研修医の世話をしてくれている。総務課をはじめ事務スタッフもいろいろ調整してくれた。沢山の人たちの後方支援で、僕らのチームだけでなく全国のチームがここに立っている。
 その人たちのためにも、何かの役には立ちたい。しかし、森の「帰ってください」に対して、「いや、俺も一緒にやるよ」とは言わなかった。基本、僕はヘタレの変わり者である。これだけの人がいたら、医者としての出番はない。全国の精鋭部隊だ。僕の臨床能力は下から数えて何番目……。それに統制された組織にいる以上、勝手にボランティアに行くことも御法度だし……。何ができる?
<あれだ! 「崎長ライト、熊本へ」>
 すぐに医者から崎長ライトに変身し、取材を申し込んだ。

ADRO事務局リーダーの伊藤宏保(厚生連高岡病院救急科医長)

仕事の半分は待機
 伊藤宏保。ADRO事務局リーダー、厚生連高岡病院救急科医長。
 銀縁の眼鏡をかけた細身の人で、甲高い声を出しながら、縦横無尽にフロアを動き回る。
「伊藤先生、すいません。今日一日、先生の後ろに張り付いて取材させてください」
「え〜、いいんですか? こんな僕でよかったら!」
 彼はにこやかに笑うと、また向こうの方で2〜3人と話し出す。僕は「また後で」と言って、控室に戻った。チームのムードメーカー水田には、手配師が別の仕事をくれていた。
「阿蘇温泉病院で、看護業務」
 どうやら、病院の支援も多いようだ。
 阿蘇の医療機関で働く多くのスタッフも当然被災している。スタッフは減り、患者は増える状況にあるのかもしれない。
「マンパワーと笑いを届けてきます!」
 水田は引き締まった顔つきになり、やや緊張して出て行った。

 チームの紅一点、看護師の久志は先輩が出ていったためか、準夜のER業務について考えてるのか、不安げな表情で引き継ぎメモを読んでいた。出来は淡々と、お金の計算やら、僕たちの後に続く第3班との連絡をしていた。
「森君、ふたりを連れて、一度宿に帰ったら? 休憩しないと夜がもたないよ」
 森は頑なに拒んだが、ここは僕が押して、お昼に休憩で宿に戻らせることにした。しかし、森も出来も久志も結局は一度も宿に帰ることなく、日付が変わるまで休まず働くこととなる。
 チームは次々に出動していったが、フロアには、まだいくつかのチームが残っていた。中にはイライラして、携帯の向こうに大声で愚痴る人もいた。無理もない。テンションマックスで看板を背負ってきたのに、何もせず待つのだから。