そこで、ジネスト氏がユマニチュードのテクニックを用いたケアを行いました。テクニックは見る、話す、触れる、立つという4つの柱を基本とし、150を超える技術で構成されています。そして全てのケアは、5つのステップを経て行います。

  • (1)「出会いの準備」
  • (2)「ケアの準備」
  • (3)「知覚の連結」
  • (4)「感情の固定」
  • (5)「次回の約束」

 まず「出会いの準備」というステップで声掛けをしながら患者のプライベートな領域に入る許可を得て、「ケアの準備」で相手とともにいる時間が心地よいものであることを表出しながらケアの導入へと進めます。実際にケアをする際は、清拭する部位の順番にも根拠があります。例えばこういう女性の場合、感覚が比較的鈍い足から拭き始めるそう。次に背中、そして前面へと拭いていきます。最も敏感な顔と手は最後に行います。「車を洗うように、ただ患者を洗えばいいというものではない」とジネスト氏は言います。

 ケア中は、触覚や視覚、聴覚の全てにポジティブなメッセージを伝える「知覚の連結」を行います。「自分が発する言語的・非言語的メッセージが同じ意味を持つことが重要です」(ジネスト氏)。優しい言葉を掛けていてもアイコンタクトが成立していなかったり、腕をつかんでしまっていては、「あなたを大切に思っている」というメッセージを調和を持って発しているとはいえないのだそうです。

「赤ちゃんや恋人などと良い関係を築こうとするときに使う技術と同じ」と話すユマニチュード考案者のイヴ・ジネスト(Yves Gineste)氏。

寝たきり女性が箸で食事を取れるまでに回復
 ケア終了後に行うのが、「感情の固定」です。「認知機能が低下し、3分前の出来事を覚えていなかったとしても、感情記憶は残ります。ケアしてくれた人の名前は分からなくても、私はこの人が好き、嫌いということは覚えているのです」とジネスト氏は説明します。「この人は優しい人だ」という感情を覚えておいてもらうのが、「感情の固定」です。

 具体的には、ケア後に患者をなでながら「さっぱりしたね」「気持ちいいね」とポジティブな言葉を掛け、「また来るね」と「次回の約束」をします。「このなでるというテクニックも正確な技術が必要です。指を開いて肩のあたりをなでます。顔と顔を20cmまで近づけ、目と目をずっと合わせて前向きな言葉を発し続けます」(ジネスト氏)。すると、次回会ったときもケアした人の顔を覚えており、スムーズにケアを行うことができるようになると言います。

 この高齢女性は、顔を覚えたケアスタッフが行くと素直に口を開けるようになり、そのうち自分で薬を塗布できるようになりました。管を抜こうと暴れることもなくなり、両手の拘束が不要になります。そして次の段階とでは、女性の好物である苺を用意しました。2カ月半ほど食事を取っていないので、急に食べることはできませんが、5日後には車いすに座って箸を使い、食事を取れるまでに改善しました。ジネスト氏は、「ケアしてくれる人を友達と認識し、人間同士の絆を感じたことで意欲が沸いたのです。私も、友達と一緒に食事をすると食べ過ぎるし飲み過ぎてしまいます。人間の食事とはそういうものです」と語ります。

 さらにこの女性は、歩行のトレーニングをすることになりました。最初は大変ですが、補助しながらゆっくり歩を進めます。「立位を取ることで、人間の尊厳を取り戻してもらいます」(ジネスト氏)。そして迎えた退院の日、女性は鏡を見ながら髪の毛をくしでとかし、自分で選んだアイシャドーでお化粧をして病院を後にしました。このような変化が、ユマニチュードを「魔法」と評する人がいるゆえんでしょう。