こんにちは、Cadetto.jp管理人の増谷です。みなさん、「ユマニチュードHumanitude)」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。ユマニチュードは、「ケアする人とは何者か」という哲学に基づく、認知症ケアの手法。見る、話す、触れる、立つというコミュニケーションの4つの柱を基本とし、150を超える技術から成ります。大声で叫んだり、暴力的になったりするBPSD(認知症の行動・心理状態)を呈した人でも、ユマニチュードを習得した人にケアされるととても穏やかな表情を見せることから「魔法のよう」と評されることもあるそうです。もちろんユマニチュードは魔法ではなく、具体的な技術に基づいた、誰でも学べる介護の方法です。

 今回は、フランスのジネスト・マレスコッティ研究所(Instituts Gineste-Marescotti)所長でユマニチュード考案者のイヴ・ジネスト氏と、日本にユマニチュードを紹介している国立病院機構東京医療センター総合内科医長の本田美和子氏らが講師を務めた、東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」の公開授業の様子をお伝えします。

「認知症の人には説明しても分からない」と思っていた
 まずは、本田氏が登壇。食べ物と間違えて睡眠薬を大量に内服してしまった70歳代後半の女性のケースを紹介します。初めに、シャワー用のベッドに寝かせてシャワーを受けている入院中の女性が「なんでこんなことするの!お湯が温かくない!」と大きな声で叫び、暴れる姿を前に担当の看護師が途方に暮れている様子を記録した映像を流します。「看護師は役に立ちたいという優しい気持ちを持ってケアを行っているのに、その気持ちが相手に受け入れてもらえないのです」(本田氏)。

 こうした状況をなんとか改善したいと考えた本田氏らは、ユマニチュードに着目。技術を習得してケアに当たった結果、先ほどの女性が「お湯、暖かいね」と穏やかにシャワー浴ができるようになった姿を映像とともに紹介しました。

 暴れていたときとは別人のような態度になったのは、本人の能力を再評価し、(1)座位でのシャワーが可能だと判断して実施したこと、(2)1人の看護師が本人の注意を一手に引きつけてコミュニケーションの4つの柱を駆使する一方で、もう1人が黒衣に徹して身体を洗うというように、2人の看護師が役割を分担してシャワー浴を行ったためだと本田氏は説明しました。

「ユマニチュードは、学べば誰でも習得できるテクニック」と語る国立病院機構東京医療センターの本田美和子氏。

 本田氏は、「この方は認知症がとても進んでいて、3分前の出来事も覚えていなかったり、知能評価スケールをしようにもまず問題の意図を理解すること自体が難しい方でした。なので、私たちも説明しても理解してもらえない、と思い込んでいたのです」と振り返ります。しかし、ケアの対象となる人に「あなたは大切な存在である」ということを相手が理解できる形で伝えるのがユマニチュードの基本技術。これを用いることで、より良いコミュニケーションと看護師が本来提供したいと思っているケアを実現させることができました。

 このように、ユマニチュードを実践した介護者たちは、清拭・入浴時の手間が軽減したりBPSDが低減すると実感しています。フランスでは、70人ほどの入所者がいる長期療養施設の職員がユマニチュードの研修を受けることで、認知症の人への向精神薬使用が約4割削減できた、施設から急性期病院への搬送が約6割減らせたなどの知見も蓄積しているそう。本田氏は、「日本ではまだ実践し始めて3年なのではっきりとしたアウトカムを示せていないが、今後継続して積み上げていきたい」と語ります。

BPSDは「問題行動」か?
 続いて登壇したイヴ・ジネスト氏はまず、会場に「そもそもBPSDというのは本当にあるのでしょうか」と問いかけます。「確かに、認知症の人が特有の行動を取ることは分かっています。しかし、それを問題行動と捉えるかどうかは私たちの方で決まることです」と切り出しました。

 ジネスト氏自身も、35年間介護現場での指導に携わる中で、認知症の人に叩かれたり噛み付かれたりしたそう。ですが、「アルツハイマー患者さんで本当に攻撃的な人には会ったことがない」と言います。つまり、本質的に暴力的な人は少ないということです。

 ジネスト氏は、ロゼット・マレスコッティ氏(Rosette Marescotti)とともにケアを教えるため、多くの滞在型ホームや病院を訪れてきました。その経験を通して2人が得た具体的なテクニックと、経験から生まれたケアに関する哲学を組み合わせてジネスト・マレスコッティメソッドは確立されました。

 日本のある医療機関に2カ月間入院している高齢女性を例に取り、ジネスト氏はユマニチュードの解説を始めます。女性は食事を取らないため、経鼻経管栄養を受けていますが、管を抜こうとするので両手が拘束されていました。寝たきりで腰や足に褥瘡があり、口腔内はカンジダ症を発症していましたが、目を閉じて周囲との関わりや治療を拒んでいました。ジネスト氏は、施設職員から「気難しくて周囲に近づくだけで怒る」と聞かされたそうです。