みなさんこんにちは、Cadetto.jp管理人の増谷です。ものすごくお久しぶりになってしまいました…。冬本番、みなさまかぜなど引かれていないでしょうか?今回は、まだ暑かった今年8月に行った医学生の渡部寛史さんと野中沙織さんの対談をお送りします(遅くなってごめんなさい)。お2人は、ともに東日本大震災の被災地に関わる活動をしてきました。震災から3年以上経過した被災地の現状や医療について思うこととは?


渡部寛史さん(岡山大学4年、休学中)
 東日本大震災が起きた2011年に、自らが立ち上げた学内の勉強会でのテーマが「復興」だったことから、「被災地の街作り」に興味を持つ。休学して相馬中央病院で内部被曝検査の補助業務などに携わりながら、医療から離れて被災地の人々から話を聞いたり複数のNPO法人の活動に参加したりしていた。2015年1月から復学予定。(本文中では渡部

――渡部さんが休学を決意されたのは医療者「以外の視点」を失いつつあると思ったからとのことですが、お2人ともそういう危機感を抱いているのでしょうか?

渡部 例えば、法医学の授業では、遺体の写真などを見る機会がありますよね。そのとき、教室にいる120人全員が全く動じず、普通の顔をしている。これは医療者としては当然のことではありますが、自分はそこに違和感を覚えたんです。医療者としての視点が少しずつすりこまれて、それ以外の感覚を失っている自覚がない。私は医学部1年の頃から、医療系以外の団体と交流したりしていましたが、今のうちに全く違う感性と触れ合っておきたいと考えました。

野中 その違和感は私も分かります。ときどき、「医療にがっつり染まっているな」と思います。この1年、福島県の子ども達を対象に、外で思いっきり遊んだり学校以外で多彩な学びを経験させる「アカデミーキャンプ」という団体のスタッフをしています。預かるお子さんについては、万が一の病気やケガに備え病歴や服薬歴を書くパーソナルシートという書類を親御さんに書いてもらっています。このシートに、「常用薬」と「頓服薬」という項目を作ったら、医療系ではない学生スタッフから違いが分からないという指摘があって、カルチャーショックを受けました。私たちの常識は世間の常識とは違うかもしれない、と気付かされることがあります。

野中沙織さん(久留米大学2年)
 2011年にスタートした「アカデミーキャンプ」に運営スタッフとして携わる。2013年7月には被災地でのフィールドワークにも参加し、被災地への提言をまとめた(体験リポート「被災地で考えた、日本の健康の作り方」)。「医師のキャリアを考える医学生の会」代表も務めている。(本文中では野中

渡部 そうなんですよね。普段、病院内で医師と会話するときは問題ないかもしれないけど、地域に入っていくには様々な住民の考え方も理解しなければならないと思うし、医療の力だけでは解決できない問題にぶち当たることとかあると思うんです。この人とはどんなスタンスで接すればいいのか、どんな話ができるのか、毎回違うと思います。

野中 地域のある問題を解決するためのカギを握る人が誰なのかは、実際に地域に入ってみないと分からないですよね。役場に働きかけるのがいいのか、地区長にお願いすべきなのか。地域によっても、内容によっても違います。これは地域公衆衛生活動として、島しょ部で戸別訪問などをする活動に関わったときに感じたことです。例えば、住民にどういう食生活をしているのかアンケートを取りたいと思った場合、保健師さんに仲介を頼んだ方がいいのか、近所の方にお願いした方がいいのかというようなことです。

渡部 私は医師になったら、医療技術を磨くことに全力を注ぎたいということもあり、医療以外の感覚は今のうちにめいっぱい育てておきたいと思って休学を選びました。ただ、休学して福島県に向かうことを決めたとき、ある人に「実際の地域医療の現場と、医療から離れた現場の両方を見られる機会は今しかないよ」と言われ、それもそうだなと思いました。そこで、医療とは全く無関係のNPO法人の活動などにも参加しつつ、相馬中央病院で内部被曝検査にも携わったりして、医療にも関わる日々を送っていました。

 相馬中央病院での業務は、主に内部被曝検査と、検査に来られた方への聞き取りでした。内部被曝検査は、機械の中で2分くらいじっとしていないといけません。この間に、色々お話させてもらいました。そこで話してくれる内容は、被曝への不安にとどまらず、被災地でこれからどうやって暮らしていくか、どうやって復興するかなど、とても考えさせられるものでした。