• 矢野 浩二朗氏 Kojiro Yano, MD, PhD, MA.
  • 年齢 : 38歳
  • 現在の職業 : 大学教員
  • 現在の勤務先 : 大阪工業大学情報科学部
  • 出身大学・学部・卒業年度 : 千葉大学医学部医学科・1999年卒
  • 臨床専門分野 : なし
  • +αの道に入る前の臨床経験年数 : 3ヶ月(病理)
  • +αの道に入った後の臨床経験年数 : なし
  • +αの道に入った際の年齢 : 25歳
  • +αの道の種類 : 情報生命科学

何故+αを選んだのか

 元々はコンピュータが好きだったのですが、結局開業医の親の意向に流されて医学部に入りました。大学に入ってからは、臨床医になるための勉強に集中し、コンピュータとのかかわりはほとんどありませんでした。しかし、コンピュータにかかわる仕事をしたいという夢を捨てきれず、大学卒業後は医学と情報科学の間ということで情報生命科学の勉強をすることにしました。また、当時の日本の医学部や大学病院における教育システム、臨床医の仕事環境に失望感を抱いていたのも理由のひとつです。

どのようにして+α道に入ったのか

 情報生命科学の大学院コースは当時の日本になく、イギリスの大学院に進みました。私の周りには、海外の大学院に留学経験のある人がいなかったので、雑誌や本を調べながら、手探りで留学先を探し、駿台のTOEFLコースに通って英語の勉強をしました。その際、ある留学雑誌から名前を見つけた東京医科大学のバロン先生は、こちらからいきなり押しかけたにもかかわらず、いろいろなアドバイスを下さり、感謝しております。学費は、伊藤国際教育交流財団からの奨学金でまかないました。

+αの道はどうであったか、何を学んだか

 私の分野に限らず、医学部出身者が臨床医学以外の分野で生きていくには、さまざまな困難を乗り越えるだけの情熱と粘りが必要だと思います。私が専門にしている情報生命科学は、生命科学にかかわる様々なデータ(ゲノム配列、遺伝子発現パターンなど) を定量的に解析するための技術開発を目的にしています。この分野は、殆どが理工系出身者で占められており、医学部出身者が仕事をしていくのは大変難しく、それが海外ならなおさらです。

 私は大学を卒業してから12年間イギリスで研究生活を送りましたが、その道程はまさに山あり谷ありでした。しかし、自分が選んだ道であるからこそ信念を曲げずに前に進めますし、その中から得られるものも大きいです。とくに、イギリスの大学は研究者の独立性が高く、自由に研究テーマを選べますので、自分なりのビジョンを持って研究を進め、その結果に責任を持つという、研究者の楽しさと厳しさを学びました。

現職に+αはどう生きているか、または現職が+αそのものの場合は、臨床経験が現在どう生きているか

 現在私が所属する大阪工業大学情報科学部はIT技術者の養成を目的としており、私はその中で生物学教育を担当しています。学生の多くはシステムエンジニアの道を選びますが、その一部は電子カルテの開発、医療機器の組み込みソフトの開発など生命科学関連分野に携わることもあります。それゆえ、授業や卒業研究では、イギリスで学び、自ら実践してきた生命科学と情報科学の融合について、具体例を挙げながら、教育指導しております。

今後どのようにキャリアを形成していくか

 私はケンブリッジ大学で5年間教員として勤務しました。その間に生命科学分野で5つのノーベル賞がケンブリッジ出身者に授与されたのに対し、日本では受賞候補者が一人いるかいないか、という程度です。

 私は、この差は日本の大学における不合理な教育システムにあると思っております。少子化が進む中で、医学に限らず、幅広い分野で国際的に活躍できる人材を養成するには、今までのマスプロ的なアプローチではなく、学生一人ひとりを大切にする教育が必要になります。それゆえ、まずは私自身がそのような教育を実践し経験を積んだ上で、日本の目指すべき大学教育システムについて、社会へ発信できればと願っております。

ブログ・ホームページなど
・Twitter:Yano_at_OIT
・ホームページ
https://sites.google.com/site/oitbioinfo/home

 

※「臨床+α」の詳細はこちらをご参照ください⇒http://rinsho-plus-alpha.jp/