関東の医学部を卒業して坂の街にやってきた研修医・鈴木アイ。在宅医療研修で親しくなり、可愛がってくれたキヨさんの容体が急変した8月15日の夜、アイは救急車を要請して大学病院に搬送。自宅での最期を望んでいたキヨさんを病院で看取ることになった。あれから1カ月、坂の街も秋を迎えようとしている。


 鈴木アイは来なかった。
 在宅医療研修でいつも待ち合わせる大学病院のロータリー。風が出てきたので、僕と三津田さんは病院の中へ入る。彼女のPHSにかけても反応はない。どうした、アイ? 今度は教育センターの事務室にかけてみる。
「アイちゃんなら、今日は体調不良で休むって、朝から電話がありましたよ。先生、連絡用のホワイトボード見てくださいよ。ちゃんと書いてありますよ。なんで、男の人はダメなんでしょうかね〜。うちの旦那も冷蔵庫のホワイトボード見ないもんなあ〜。小学生の娘は見るのに、息子と旦那は見ない。アイちゃん? 電話では、まあまあ元気そうでしたけどね〜。とにかく、ホワイトボード、ちゃんと確認してください!」  
 ヨシヨシこと吉山良子係長から、いつものようにまくし立てられた。
 
 僕らは車に乗り込み、クーラーを入れた。9月も終わりに近づいているのだが、台風のためか風が蒸している。
 出発。車は順調に坂を走る。研修医がいない場合、仕事は半分の時間で済む。10軒程の患者宅を回ると、僕らは坂を下り、コンビニに寄って芝生が広がる海辺の公園で休憩した。
 芝の上にコンビニの白い袋をそれぞれに敷いて座るが、時々強い風が吹き、袋が飛びそうになる。正面の小高い山の上には、雲が少し。左手には、どこから来たのだろう、ビルを何棟もくっつけたような巨大な客船が浮かんでいる。右手には、カニの爪のようなクレーンが並び、タンカーを造っている。目の前の海辺にはトンビが飛び、白い波を立てて進む観光遊覧船の船内放送が聞こえてくる。台風はまだ遠くにあるが、海はなんとなく荒れてゆく感じを漂わせている。三津田さんは昼を食べそびれたようで、おにぎりを頬張っている。
「アイ先生、どうしたんでしょうね。今、どこの科で研修ですか?」
 三津田さんも心配している。
「4月から6月が救命で、7、8、9月は外科の予定だったと思うけど」
「忙しい科ばかり回って……」
「うん、彼女はドMコースだからね」
「ドエム?」
「忙しく、厳しい規律や患者が多いハードな診療科ばかりを選択する研修医」
「なるほど、マゾってことですね」
「そう。打たれることに喜びを感じる研修医。沢山はいないけど、毎年何人かね」
「今時、素晴らしいじゃないですか。研修医の鏡でしょう」
 ドM研修医は、いろんな意味で輝かしい経歴の持ち主が多い。サッカー部キャプテン、学園祭実行委員長、世界30国を回ったバックパッカー、学年トップクラスの成績、TOEIC 900点、母子家庭でバイト経験20種以上、薬学系大学院卒業、元トップ営業マン、国際結婚、コスプレイヤー……。研修というスイッチが入っても、飽くなき向上心とむき出しの競争心で一心不乱に突き進む。働くこと、勉強すること大好き研修医。
「いいじゃないですか。ゆとりとかさとりとか揶揄される中で、そんなガッツある先生」
「うん、でもね。ポキッと折れるんだよ」
 燃え尽きて休職したりドロップアウトするケースが多いことも、彼ら彼女たちの特徴だ。
 そもそも様々な診療科を回る初期研修のシステムでは、研修医にストレスがかかりやすい。数カ月ごとの職場変更で、しかも命を扱う仕事。初期研修医の多くがうつになるという報告もある。

スライド提供:長崎大学病院こころとからだの健康相談室の福原視美氏(臨床心理士)
*画像クリックで拡大します。

 僕はジャンボチョコモナカを半分に割って、三津田さんに渡した。割れ目が傷跡のようにぐちゃぐちゃになってバニラアイスがこぼれそうになるモナカを、三津田さんは「ありがとうございます」と言って急いで頬張った。
「若い時は、何度も折れていいんじゃないですか? 折れて、折れまくって、バラバラになって、それを組み直すのが人生なんじゃないですか? 医学生は、偏差値で言えば日本のトップ5%らしいですよ。その5%の中の、さらにトップを目指して頑張る人たちがドM研修医でしょう。いいじゃないですか。折れても。早めに挫折を経験しておかないと、人の痛みが分からない、変な医者になりますよ」
 三津田さんが珍しく人生を論じるのは、見晴らしのせいか、モナカのせいか。
「そうだな。俺なんか、中年になっての挫折続きだから、歪んでしまったよ」
 三津田さんはモナカを吹き出しそうになった。
「先生のパワハラ事件とか離婚とかは、挫折とは言えませんよ」
「え〜、そうなの。じゃあ何?」
「まあ、『身から出た錆』ですね。挫折とは、努力しても報われなかった結果ですから。先生、全然努力してなかったもんね〜、ホントに」
 僕が落ち込んでいた時も見守ってくれていた三津田さんだからこそ、言えるコメントだ。僕は久しぶりに大笑いした。笑えるようになった自分に気づき、さらに笑った。おっしゃる通りなのだ。自分が変わろうという意識はなかった。今は、なんとか錆は出尽くした…と思う。
「安心してください。錆は磨けば光りますから」
 なぜか何でも話せる。何だろう、この人の不思議な力は。