在宅患者のキヨさんからのコールは途中で切れた。精霊流しの渋滞の中、僕とアイがキヨさん宅にたどり着くと、トイレにうつ伏せに倒れているキヨさんを発見。僕は救急処置を行い、アイは救急車を呼んだ。


 人生はジグソーパズルのようなもの。
 変てこな形のひとかけら(ピース)にどのような意味があり、どこにはめ込まれ、最終的にどんな作品が出来上がるかは最後にならないと分からない。あなたが今こうしていることの意味がわかるのは、きっとずっとずっと後のことよ。人生には無駄なピースはない。だから、心配しないで。今を一生懸命生きなさい。

 ジグソーパズル好きのキヨさんがこんなことを話してくれたのは、僕がこの街に来て在宅医療を始めた頃だった。仕事のトラブルや家庭のトラブルはそれからも続いたが、「これは人生のひとつのピース。いつかは役に立つ」と楽観的に構えられるきっかけになったと思う。
 キヨさんには感謝している。だけど、研修医の鈴木アイにとって、今回のこのピースは重すぎたかもしれない。
 すべてが終わった後、僕はそんなことを考えながら、訪問診療車の運転手、三津田さんに電話していた。
「実は、キヨさんが……」

 数時間前。
 8月15日、精霊流しの夜、僕らは2度目の交通渋滞にはまった。1度目はキヨさん宅に向かうタクシー、2度目は救急車で。
 救急隊が到着する頃には、キヨさんの意識は、はっきりとしたものになっていた。
「いいのよ、病院なんて。大袈裟ね。ちょっと吐き気がして、息が苦しくなっただけ。もう、大丈夫。明日、谷河医院に行くから。家で寝かせてちょうだい」
「病院で検査して治療をしたら、もっと良くなりますよ」
 アイは廊下に横になっているキヨさんの手を握り、正座しながら何度もそう言った。
 搬送するかどうか、僕は最後まで迷った。
 ステージIVの癌で、可能な限りの家での治療を望んでいる患者だ。しかし、誰も面倒を見る人がいない状態で、急変した患者を放置して帰ることができるか? 放置して何かあれば責任問題になるのではないか? 鍵をこじ開けてまで入って、何の治療もしないのは医者としてどうなのか? いろいろ考えた。搬送しないと研修医のアイから訴えられるかもしれない……。要するに、自分の保身を考えていたのだ。
 キヨさん、ごめん。

 坂の街の救急隊は慣れた手つきでキヨさんをソリのようなシートに乗せ、4人がかりで坂を滑らせてあっという間に救急車に乗せた。数千の精霊船と数万人の見物客の中、爆竹に負けないボリュームのサイレンを鳴らして大学病院まで運んだ。
 救急隊員からは「大学?」と聞かれたが、キヨさんは数年前まで消化器内科で抗癌剤治療もやっていたのでカルテがあるし、身寄りがないので事情を知った僕らが勤める病院がいいだろうと思った。それともうひとつ、今日は8月15日だ。どの病院も開店休業の状態だろう。末期癌の患者を連れて行って、いい顔はしないはずだ。

 大学の当直は幸い、女傑と呼ばれる救急専門医、中谷温子だった。青いスクラブからトレードマークのピンクのシャツをのぞかせて、ニコリと言う。
「あら、アイちゃん。精霊船じゃなくて、救急車に乗ってきたの?」
 アイはペコリと頭を下げた。救急科の研修の3カ月で、彼女たちは師弟関係を結んだようだ。尊敬の眼差しと見守りの優しい眼差しを交差させて、彼女たちは救急室の看護師と共にテキパキと処置を進めていく。
 酸素マスクをつけ、ルートを取り、採血……。
 心電図の波形を見て女傑が小さくつぶやいた。
「あ〜、AMI(急性心筋梗塞)だね」
 そして、看護師に「循環器呼んで」と静かに告げた。
(え〜、AMI!)
 声には出さなかったが、僕とアイは目を見合わせ、
(胸が痛いなんて、一言も言ってなかった。吐き気と息苦しさだけだったはず)
 と無言で会話した。