在宅医療研修に熱心な初期研修医・鈴木アイ。研修で知り合った末期癌患者キヨさんとは特に仲が良いようだ。そのキヨさんが紫陽花まつりに行きたいと言い出した。


 昨日の午後はアイと在宅研修。最後はキヨさん宅(第2話参照)だった。
 診察中、街の各所で開催中の紫陽花まつり特集をケーブルテレビでずっと見ていたキヨさんは、帰り支度をする僕たちに願い事を切り出した。
「三津田さん、紫陽花まつりに連れてって」
 運転手の三津田さんが困惑した様子で、ケアマネジャーと教会のボランティアに連絡したが、さすがに介護タクシーやヘルパーはつかまらない。普通は1〜2週間前に頼まないと無理。そんなことはキヨさんも知っているはずだが……。
「お願い、どうしても行きたいの」
 キヨさんは珍しく引き下がらない。腕組みをして唸る三津田さんの横で、アイが満面の笑みで言った。
「大丈夫よ、キヨさん。あたし、明日当直明けだから、連れてゆきますよ」
「勘弁してよ〜」
 思わず声に出してしまった。
 僕は結局、今日、3時間の年休を申請し、三津田さんは知り合いの施設からワゴンを借りてきた。末期癌患者を、研修医ひとりの付き添いで外出させるわけにはいかない。

 祭りの会場に向かう車中、元気なアイは紫陽花まつりの宣伝記事を大声で読んでいる。
 紫陽花まつりは、この街で6月に行われる小さな祭りだ。

あじさいは、出島のオランダ商館医・シーボルトのお気に入りの花でした。この地で運命の女性・お滝さんと出会い、イネという娘をもうけながら、国外追放の身となって最愛の人と引き裂かれたシーボルト。彼は、大好きなあじさいに愛する人の名前から『オタクサ』と学名をつけ、ヨーロッパに紹介しました。シーボルトとお滝さんが再会できたのは、安政の開港の年。実に三十年の歳月が流れていました。 彼らにまつわる場所を訪ね、再会を信じて耐えた日々とその愛の軌跡に想いを馳せながら、2人の愛の証「あじさい」の花々をお楽しみ下さい。
ながさき旅ネットより引用)

(イラスト:タテノカズヒロ)

「男と女の30年ぶりの再会か〜。どんな感じだったんでしょうね〜」
 アイは車椅子を押しながら、誰に聞くでもなく思いを巡らせていた。
 紫陽花まつりの会場は川沿いの公園で、石橋がいくつかかかっている。この街の観光名所のひとつだ。平日の昼間なのに、今日が最終日だからか、かなり賑わっていた。大きなカメラを抱えサングラスをかけてゆっくりと歩く西洋人たち、自撮り棒 を振り回す東洋人たち、制服を着て黄色いカステラの袋を下げた修学旅行の一団、しっとりと寄り添うカップルたち……。そんな風景の中でも、ふたりは目立っていた。黄色のチューリップ帽を乗せた車椅子をピンクのスクラブが押してゆく。救命センターの夜勤明けで着替える暇がなかったそうだが、皆、ちらりちらりと振り向く。ガン見する人もいる。
 僕はポロシャツ姿で、少し離れたベンチに腰掛けて相変わらず足をもんでいた。三津田さんは途中で携帯が鳴り、脇のビルの日陰に入って話し込んでいるようだ。

 車椅子は大きな石橋の前で停まる。
 橋のたもと、石畳の広いスペースにはテントが立っていた。スタンプラリーをしているのだろう。キヨさんと同じチューリップ帽をかぶった人たち(ほとんどが高齢者)が何人か、テーブルの上でハンコを押したり、パンフレットを配ったり、道案内をしている。主催者側のボランティアなのだろうか。あれっ、知り合いなのか? 数名がキヨさんを囲み、テントの中に引き入れて、楽しそうに話し始めた。弾けるような笑い声が聞こえてくる。アイは所在なさげに車椅子から手を離し、こちらに歩いて来てベンチに座った。

「知り合いなの?」
「そうみたいですね。キヨさんは毎年来てるようです」
「そうなんだ。だから、同じチューリップ帽なのか」
「市内のあちこちに、紫陽花を植える活動をしてたらしいです」
「へ〜、そうなんだ」
 僕は入道雲になり切れてない中途半端な雲を見つめて遠い昔に思いをはせたが、自分が生まれる前の話で、想像すらできなかった。アイはそれ以上の話題もないようで、僕と並んで座るのが気まずくなってきたようだ。
「じゃあ、あたしもぶらぶらしてきます」と、いつの間にか離れて行った。

 キヨさんの方に目をやると、ひとりの男性と話し込んでいる。しばらくして、彼がキヨさんの車椅子を押し、こちらに向かってきた。
 僕はなぜだか、座っていた川面の見えるベンチから離れ、低木と紫陽花の花で仕切られた隣のベンチへ逃げた。なぜ、逃げる? 見てはいけない、聞いてはいけない患者のプライバシーと判断したからか? それとも、男女の密会を見てしまう好奇心と恐怖感の入り交じった感情か?

 紫陽花の壁の向こうから女になったキヨさんと男の会話が聞こえてくる。
「何年ぶりに会いましたかなあ」
「20年ぶりくらいでしょうかね。小学校の還暦の同窓会」
「ああ、あれか〜。忘れてたなあ」
「あたしも忘れました。ご家族も東京?」
「はい、妻は10年前に逝きました。娘夫婦と一緒に暮らしています」
「そう、それは……」

 低木を通り越して聞こえて来る会話を聞きながら思った。
 男女の恋とか愛とかが、80歳を超えたキヨさんに存在するのか? 人は何歳まで恋ができるのか? 何歳まで性的欲求があるのか? 高齢者の体と気持ちは……。
 在宅医療で老人ホームやグループホームを回っていて、時々相談を受ける。80歳を越えた男性入居者が夜中に女性の部屋へ入る(逆の場合もあるらしい)。職員へのセクハラ。入居者同士の三角関係からの喧嘩。そういえば、最近高齢者の結婚詐欺、殺人に加え、後妻業とかも話題になっている。
「どうすればいいですか?」と困り果てる職員さんに、
「恋は生きる活力ですからね〜」などと、曖昧に答えるしかない。
 75歳のゲーテは19歳の娘に恋したし、瀬戸内寂聴は95歳にして「青春とは恋と革命だ!」と言っている。人はいつまでも恋をして、自分の中に変革を起こしたいのかもしれない。
 バツイチの人間にもまだチャンスはあるということか……。