大学病院教育センターの期限付き講師の「僕」 は、元外科医。ある医局を辞めてプライマリケア医を目指し、再研修後カナダへ。その後、この坂の街に流れ着き、在宅医療を通して研修医を指導している。


 「三津田さん、車、止めて!」
 黄色い若葉クリニックの往診車は、水しぶきを上げながら左折し、マクドナルドの駐車場に入った。僕は後部座席から外に出て車体にもたれかかり、目をつぶって深く息を吸った。白衣にポツポツと落ちる雨音を聞きながら、ゆっくりと6秒数える。

(イラスト:タテノカズヒロ)

 1…、2…、女の顔の輪郭が脳裏に浮かんだ。
 3…、4…、多分、別れた妻だと思うが、はっきりしない。
 5…、6…、それとも娘か……。2年も経つとすべてがぼやけてきている。
 数え終えた僕は、ゆっくりと息を吐きながら、ローソンのブルーの看板を見上げた。心拍数が徐々に下がっていき、梅雨空から落ちる小さな滴が僕の火照った顔を冷ます。店の入り口には、『6月の期待の新商品!』のポスターが貼ってある。
「期待しない、期待しない」
 僕は呪文のように5回小さく唱えた。すると、爆発寸前の怒りは徐々に収まってゆく。

 在宅医療実習中の車の中で、初期研修医鈴木アイの発した言葉に怒りをぶつけようとした僕がいた。しかし、何とか収まった。眼鏡についた水滴を白衣で拭いて、もうひとつ大きく深呼吸。後部座席のドアを開けた。
 心理カウンセラーから教えてもらったアンガーマネジメント(怒りのコントロール法)。ある程度の効果は発揮していると思う。ここ1〜2年、研修医に対して怒ったことはない…、と思う。もっとも、自分は怒っていないつもりでも、受け取り側が「怒られた」と言えば、それでお仕舞いなのだが……。

 カウンセラーが言うには、僕の『怒りのタイプ』は、相手に対する期待と現実のギャップから来るものだそうだ。なるほど。でも、誰かに何かを教えたら期待するのが当たり前じゃないか? それが悪いのか? 
「悪くはないんですよ。ただ、あなたの期待の仕方は、相手に圧迫感を与え萎縮させ、そして、あなたの失望と怒りを誘発する。そのことを覚えておいて下さい」
 カウンセラーの説明に僕は食い下がる。
「僕の期待の仕方と一般的な期待の仕方は、違うんですか?」
「多分、異なると思います。あなたは、いわゆる『熱心な教育者』です」
「そうかもしれませんね。仕事ですから。仕事は、手を抜かない主義ですから」
「それがいけない」
「一生懸命、教えることが?」
「そうです。ダメですね」
「どうして?」
 カウンセラー曰く、僕が陥った泥沼は、学校の新人の先生がよく陥る罠と同じらしい。

 生徒(僕の場合、研修医や我が子)に理想のゴールを設定し、親身に指導
→生徒は思うような方向に進んでくれない
→怒る
→生徒が萎縮(あるいは反抗)し、ますますゴールから遠ざかる
→再び怒る
→教える方、学ぶ方が共に失望してゆく
→怒りの負のスパイラルに陥る

 カウンセリングを受けるきっかけとなったのは、3年前に起きた小さな負のスパイラル事件だった。最終的にはうやむやな結果になったが、僕にとっては大きな転機となった事件だ。
 今日のような雨の日、朝から在宅研修だった。僕と三津田さんはロータリーでいつものようにある2年次研修医を待っていたが、来ない。在宅医療は患者さんの都合もあるので、「絶対遅刻するな」と、研修医にはオリエンテーションの時に口酸っぱく説明している。しかし、来ない。
 諦めて出発しようと、三津田さんがエンジンをかけたとき、15分ほど遅れで現れた。その研修医は平気な顔をして「渋滞でバスが遅れた」と悪びれず言った。かっとして「謝れ」と言う僕に対して、その研修医は「自分は悪くない」と開き直った。いつもより早く1時間前に家を出たがバスが遅れた……。理路整然と反論する。